第8話

「くそっ!」


 ボクは荒い息の下から、悪態をついた。


 炎で攻めても風で切り刻んでも、『巨人』には一向にダメージが蓄積されている気配が感じられない。


『こいつはヤバいかもな』


 ヤタさんの思念が飛んでくるが、ボクは無視した。そんなの初めから、……戦う前から分かっていたことだ。


『瑠架、ひょっとしてこいつにも、』

『……ボクたちが、詩音お姉ちゃんにかけたのと同じ種類の『力』が作用しているかもって?』

『ああ、その通りだ』


 それなら、手段はたったひとつしかない。


『ヤタさん』

『やるのか?』

『うん』

『……分かった』


 ヤタさんの返事を確認したボクは息を大きく吸い込むと、


「うわぁぁぁぁ!」


 隠れていた物陰から飛び出すと、一気に『巨人』へと肉薄した!






「瑠架くん!」


 何故だか私には、はっきりと分かった。


 瑠架くんが捨て身で攻撃に出たことを。


「無茶よ! 逃げて!」


 聞こえはしない。でも、叫ばずにはいられなかった。

 私のために、瑠架くんに傷ついて欲しくない。でも、きっと、彼は言うのだろう。


『詩音お姉ちゃんのためなら、どんなことだってするよ』と。


「瑠架くん……!」


 私に出来たのは、祈ることだけだった。






「ボクはここだよ! 鬼さんこちら~」


 ボクは『巨人』を馬鹿にするかのように、舌を出しておどけて見せた。


「ほらほら~。こっちへおいで~、『角』なしさん!」


 ……そう。


 ボクは帽子を取っていた。

 その方がオトリ効果が高いと考えたからだ。

 この『巨人』には、自分の意志というものが残っているように見えたし、それに、確か、『巨人』に対して『角』なしと言うのは最大級の侮辱なはずだ。どちらも『巨人族』なのだが、『鬼』とは反目しあっているからだ。


 案の定、


「グオオオオ!」


 びりびりと大気を震わせて、『巨人』がボクを追ってきた。


「へへ~ん! 鬼さん、こちら~」


 来い! そのまま、来い……!


 ボクは必死で『巨人』の足元を逃げ回りながら、やつを誘導した。






「くうっ!」


 ボクは追い詰められていた。四方は建物の残骸に取り囲まれ、もう、どこにも逃げ場は、ない。


「くっ!」


 悔しそうな表情を浮かべるボクに『巨人』が厭らしい笑みを浮かべて、


「グオオオ!」


 足で蹴りに来た!


「うわぁぁぁぁ!」


 何とか直撃は免れたけど、完全には避け切れなくて、ボクの身体は蹴飛ばされた小石みたいに地面の上を転がった。


「ぐふっ……!」


 内臓にまでダメージがきたみたいで、ボクは血を吐いた。体中がバラバラになったみたいで力が入らない。……もう、動けそうに、ない。


 決着の時が近づいていた。






「瑠架く~~~ん!」


 「巨人」の蹴りを避け損なって地面に叩きつけられた瑠架くんの口から大量の血があふれ出すのを見て、私は思わず目を逸らした。


「逃げて、瑠架くん! 助けて、ヤタさーん!」


 私は必死で暴れて叫んだが、誰も答えない。何も起こらない。その先に待っているのは、永遠の沈黙たる、“死”。


 『巨人』が止めを刺すべく空いている方の手でボロボロの瑠架くんを摘み上げた。






 朦朧としながらも、ボクは『巨人』の口が間近に迫っているのを見た。――これが、最後のチャンスだ!


『行くよ!』


 ボクはタイミングを合わせるようにみんなに号令をかけ、『カード』を使用した!


『我、風を槌と為さん!

 吹き付けるものよ、

 留まらぬものよ、

 渡るものよ!

 我が命に答えて敵を打ち据えよ!

 《ウインド・ブラスト》!』


 『声』と共に手の平を前方に突き出す!


 ドウッッッ!!!


 ボクが放った衝撃波は、「巨人」の口の中へと吸い込まれ、拡散した。


 「巨人」は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐさま、ボクを丸呑みにしようとする行動を再開、


「ウオオ?!」


 ――出来なかった。


「グォォォォ?!」


 何が起こったのか、まるで理解できないといった表情で血を頭のあちこちから噴出しながら、


「ウオオォオオ………」



 ズウウウウウン!!!



 『巨人』は、死んでいった……






「!?」


 何が起こったのか理解できなかったのは、私も同じだった。いったい、何をどうしたのだ? 


 とにかく、瑠架くんの『カード』を使う声に気がついて目を開けた時には、もう全ては終わっていて、私を手にしたまま、頭中を血まみれにした『巨人』が倒れていく所だったのだ。

 そして、本来感じるべき衝撃というものを瑠架くんが『力』によって防いでいてくれたおかげで体感せずに済んだことに、私は地面の上でようやく思い至ったのだった。


「お、お待たせ。詩音お姉ちゃん」

「瑠架くん!」


 あちこち傷だらけの瑠架くんが足を引きずりながら、いまだに『巨人』の手に掴まれたままの私の元に近寄ってくる。


「今、助けるからね……」


 ボロボロの身体でも、瑠架くんは私のことを優先してくれる。『巨人』の指を威力を調節した《ウインド・スラッシュ》で切断して私を解放してくれた。


「瑠架くん!」


 私は、崩れ落ちそうな彼を抱きとめた。


「……ごめんね。待たせちゃって……」

「ううん。ううん……!」


 私はしゃがみ込みながら、血まみれの瑠架くんのことをぎゅっと抱きしめた。


「こんなにボロボロになって、こんなに血まみれになってまで戦ってくれたんだね。ありがとう、ありがとう……!」

「い、痛いよ。詩音お姉ちゃん」

「あ、ごっ、ごめん!」


 思わず身体を離す私のことを照れたような顔で、ちょっと名残惜しそうに見つめた彼は、何だか、すごくかっこよかった。


「あ、……ね、ねぇ、瑠架くん?」

「何? 詩音お姉ちゃん?」


 照れ隠しに私は咳払いして、


「どうして、《ウインド・ブラスト》一撃であいつが倒せたの? ほとんどこっちの攻撃は効いてなかったみたいなのに?」

「そいつは、な」


 ばさりという羽音と共にヤタさんが姿を現した。


「ヤタさん! お疲れ様!」

「おう」


 ヤタさんは右翼を上げて私に答えると、


「実はな、『力』の【共鳴】を利用したんだ」

「何、それ?」

「複数の術者が同時に同じ術を行使することによって、その術の威力を何倍にもすることですのよ~~」


 カマちゃんがのっそりと姿を現す。


「ボクとヤタさんとカマちゃんの三人で同時に『巨人』の頭に《ウインド・ブラスト》を叩き込んだんだ……」


 沈痛な面持ちの瑠架くんが解説してくれた。


「本来、《ウインド・ブラスト》はあまりダメージのない術なんだけど、共鳴作用を利用することで“超振動”を引き起こして、『巨人』の脳に直接ダメージを与えたんだ……」


 悲しそうに瑠架くんはうつむいた。


「直接的なダメージに対する防御はほぼ完璧だったけれど、それに付随する効果の方までは対策してないかもしれないって思って、一か八かでやってみたら、……推測が当たっていたみたい」

「み、みたいって」


 私は呆然とした。


「も、もし推測が外れていたら、」

「死んでただろうな、瑠架は」


 あっけらかんとヤタさんが言う。


「ちょ、ちょっと!」

「他に打つ手がなかったし。……あんまりにもダメージが与えられなかったから、きっと、その他の、直接ダメージ系じゃない攻撃には弱いだろうって思ったんだ。……完璧な術なんてないから。どんな術にも必ず隙はあるんだって、前に、ボクは教えられたことがあるし……」

「誰にだ?」

「え? ええと……?」


 ヤタさんの問いに、瑠架くんはひとしきり首を捻った後で、


「忘れた」


 明るく断言した。


 一同がずっこけた。


「まったく、」


 私は涙を拭きながら笑った。


「瑠架くんって、すごいね」

「はっ、まったくだ」

「え? え?」


 きょとんとしている本人を除いて、私たちは大笑いしたのだった。






「素晴らしい! 素晴らしいぞ、瑠架よ……っ!」


 木の上から瑠架の苦闘を見物していた仮面の男は、くっくっくっと喉の奥で忍び笑いを漏らした。


「予想以上の結果だ。お前がまさかここまでやるとは思わなかったぞ……!」


 男は嬉しくて嬉しくてたまらないといった様子で、狂気を含んだ笑いが自身より溢れ出すことすらまるで気にかける様子がなかった。


「もっと、自分の『力』を磨け! それが、世界、ひいては、私のためとなろう……!」


 仮面の男は、その言葉を最後にそこから姿を消した。

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