第7話
「ねぇ、ヤタさん」
裏山から村の中心部まで邪魔な建物を踏み潰しながら一直線に進んだ後、今は何かを待つかのように佇んでいる『巨人』を見つめながら、ボクは召喚したヤタさんに話しかけた。
「……お願いがあるんだけど、」
「断る」
ヤタさんに即答されて、ボクは言葉に詰まった。
「どうせ、お前のことだ。『もし、ボクが死んだら、詩音お姉ちゃんのことを頼む』とか言うつもりだろ?」
ギロリと睨んでくるヤタさんに、ボクは沈黙をもって答えた。
「そんなの、俺はお断りだ。あんな相手、俺には荷が重過ぎるし、だいたい、術者が死んだ時点で召喚解除されちまうんだぜ? いったい、俺にどうしろってんだよ?」
「それは……」
返答に困るボクを呆れたように見つめ、
「まったく、何でこんなやつに使役されてんだか、俺」
ヤタさんは、ぐりぐりと首を回した。
「まぁ、あいつを倒すのに『力』を貸せってんなら、聞いてやらんでもないぜ」
「ヤタさん……」
コツコツと右足の爪の先で真ん中の足の爪を叩くヤタさんの言葉に、ボクは、涙が出そうになった。ヤタさんがここにいてくれたことに、心底、感謝した。
「だいたい、お前、戦う前から死ぬ気なんて気弱すぎるぜ? やってみなくちゃ分かるもんか。『継承候補者』どうしの戦いなんて」
「……そう、だね」
ボクは目を閉じて呟いた。まだ、ボクは何もしちゃいない。危なく、戦う前から負けるところだった。
「うん。そうだね」
ボクは目を開いて、ヤタさんをまっすぐに見た。ヤタさんはいつものように飄々とボクの視線を受け止める。
「改めてお願いする。『力』を貸して、ヤタさん。あいつを倒して、詩音お姉ちゃんを助けるために」
「ああ、いいぜ」
ボクが差し出した右手にヤタさんは右の羽を広げてぶつけてきた。
パシン!と小気味のよい音が鳴り響いた。
それが、戦いの始まりの合図だった。
「うう……」
私は『巨人』の手の中で意識を取り戻した。
『巨人』の大きな手が私に迫ってきて、掴まれる所までは覚えている。そこから気を失ってしまったらしい。
どれぐらい気絶していたのだろう?
「ええと……」
瑠架くんに教わった、月の傾きの違いから経過しただいたいの時間を知る方法を試してみる。……月の傾き具合から見て、どうやら、たっぷり1時間は意識を失っていたらしい。
「……ここは?」
現在地を把握しようと『巨人』の手の中から身を乗り出そうとして、
「グルルゥ!」
……歯をむき出した『巨人』に威嚇されてしまった。
「はいはい」
私は肩をすくめた。絶体絶命だというのに奇妙な余裕がある自分を少しおかしく思いながら、頭を動かして見回せる範囲の事物から自分の現在位置を把握してみようとする。
……裏山とかの位置関係から推測すると、どうやら村の中心部あたり、か。
「うう~~」
『巨人』の手から抜け出そうともがいてみたが、やっぱり無駄らしい。下半身をがっちり掴まれている。どう足掻いても自力で脱出するのは無理そうだ。『巨人』は、今度は威嚇するかわりにちょっとだけ手の力を強めてきた。
「ぐぅぅっ…!」
それだけで、骨がミシミシといやな音を立てる。私の額に脂汗がにじんで来る。
「負ける、もん、かっ……!」
私は、苦痛の中で、ニヤリと笑って見せた。例え、『巨人』が理解していなくとも構わない。術者とやらに届いていなくとも構わない。私は、私のために、……私の友達のために、笑って見せてやりたかったのだ。
「その意気だぜ! 嬢ちゃん」
「!」
聞きなれた声が頭上からして、私は思わず顔を上げた。そこには想像したとおり、月夜を飛ぶカラスの姿があった。
「詩音、でしょ? ヤタさん!」
「はは、そうだったな。悪りぃ悪りぃ」
悪びれずに笑ってヤタさんは、『巨人』を挑発するかのように、頭上を掠めたり、手の届く範囲すれすれを飛んだりし始めた。見ている私はハラハラしたが、ヤタさんには『巨人』などには捕まらない自信があるのだろう。
「ああ、そうそう。忘れてたぜ」
『巨人』の目の前をかすめて飛びながら――私はかなり肝を冷やしたが――ヤタさんは思い出したように言った。
「大将より伝言! 『ボクのこと、ボクたちのこと信じて、待ってて!』だとよ!」
「分かった!」
私はニヤリと笑って叫んだ。
「私からも伝言!『信じて待ってる。気をつけて!』って伝えて、ヤタさん!」
「了解!」
ヤタさんはその言葉を最後に神社の方へと舞い戻って行った。
「……待ってるから」
私は胸の前で手を組んで、あの優しい純粋な少年とその仲間たちが、怪我をしないようにと祈った。
いったい、何に祈ったのかは定かではない。
しかし、何かに祈ったことだけは確かだった。
神にではない。
悪魔にでもない。
……何にだろう?
「ああ……」
私は答えに思い当たって苦笑した。
「大好きな、信頼できる友達が生きている“世界”に、かな……?」
そう呟いた瞬間、『巨人』の足元に巨大な火の玉が爆発した!
「わっ!」
私は思わず腕で顔を覆ったが、……熱くない!?
「あ…!」
ずいぶん長い間ヤタさんが私のまわりを飛んでいた謎が解けた。
「私に、防御の『力』を使ってくれていたのね?」
私は、瑠架くんの顔を思い浮かべて微笑んだ。
「私は大丈夫。気にせず、思いっきり、今の瑠架くんの力をぶつけて。必ず勝てるから……!」
私は、あなたが負けないと信じるから。
私は笑顔の瑠架くんを思い浮かべて、ひたすらに祈った。
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