第6話

「今日は、頑張っちゃったな」


 私は、うきうきしながら瑠架くんの家に向かっていた。

手に持ったバスケットには私が腕によりをかけたごちそうが詰まっている。


 今日は、瑠架くんのおじいさんが隣町の会合に呼ばれているということで、瑠架くんと夕食を一緒に食べる約束をしていたのだった。台所を借りることも考えたのだが、今晩は満月なので、神社の境内でお月見をしながら食べられるものをお弁当にすることにしたのだった。


「結構遅くなっちゃったなぁ」


 約束の時間をちょっとオーバーしている。きっと瑠架くんはお腹をすかせて待っているに違いない。


「裏山を通って近道しよ」


 私の家からだと、ぐるりと裏山の麓をまわっていくより、裏山の道を通るのが実は近道なのだ。


「うーん。お月様きれい」


 てくてくと歩きながら、私は天を仰いだ。

 まるで、銀の皿のようなお月様が蒼い光を放っている。


「うーむ。ロマンチックだねぇ」


 私はヤタさんの口調を真似して――もっとも、ヤタさんならこんな台詞は決していわないだろうが――くすりと笑った。


「おっと」


 足元の小石を踏んで危うく転びかけた。……どう贔屓目に見ても、かなり私は浮かれているらしい。


「えいっ」


 つまずいた小石に八つ当たりして蹴飛ばす。ころころと転がる小石。思ったより遠くまで飛ばなくて私は苦笑した。


「気をつけよ。あれ?」


 不意に、それまで私を照らしていた月の光が翳った。


「雲なんてなかったのに……?」


 顔を上げると、確かに月は見えなくなっている。「……変だなぁ?」と首を捻りながらもとにかく歩き出そうとした私は、何かにぶつかって転んでしまった。


「いたた……」


 バスケットが無事なことを確認しつつ、ぶつけた顔やお尻をさすりながら取りあえず私は立ち上がる。


「こんな所に障害物なんてあったっけ……?」


 あるはずが、ない。少なくとも昨日までは。瑠架くんと別れた後、確かにこの道を通って帰ったのだから。


「…………」


 不安を押し殺しつつ、私は前方の障害物があると思われる場所に手を伸ばした。


 ヒタッ。


 それは、岩や木ではなかった。ありえなかったが、信じたくはなかったが。


「……生き物?!」


 私の言葉に、『そいつ』が反応した。

 道に横に寝そべっていた『そいつ』が立ち上がったのだ。


「……!」


 私は言葉を失った。

 森の木よりも高い身長の『そいつ』は何というか、一言で言えば、そう、『巨人』だったからだ。

 

 ――私の手からバスケットが滑り落ちた。






「遅いなぁ……」


 ボクはちらりと時計を見た。午後6時の約束だったのに、もう7時になろうとしている。


「お弁当、めちゃくちゃ凝ってるのかなぁ? あ、それとも、悪戦苦闘してるのかなぁ?」


 考えていても仕方ない。


「……迎えに行こうっと」


 ボクは、着替えようと自分の部屋へと向かいかけ、


「うっ!?」


 突然、身体を締め付けられる異様なプレッシャーを感じて、ボクはその場にうずくまってしまった。


「こ、この感じは……?」


 自分が自分でなくなるような、『力』の通り抜けていく『媒体』と化すかのようなあの感じだ。


「まさか……!」


 ボクはそのままの格好で外へと飛び出した。


「うっ……!」


 境内から鳥居へ来た所で、ボクは眼下に信じられないものを認めて呻いた。


「……『巨人』だって!?」


 それは紛れもなく何者かに、ボク以外の術者に召喚された『魔物』なのだった。


 そして、


「ううっ!」


 その左手にとてもよく知っている人の気配を感じて、ボクは愕然とした。


 そう、それは、


 認めたくなかったけど、信じたくなかったけど、


 詩音お姉ちゃん、その人だった。

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