第5話
そんなある日。
『我、風を刃と為さん!
吹き付けるものよ、
留まらぬものよ、
渡るものよ!
我が命に答えて敵を切り裂け!
《ウインド・スラッシュ》!』
『声』と共に手刀を縦に振るう。
ボクの動作に合わせて真空波が飛ぶ!
シュパッ!
鋭い音がして、見事に目標の枝を両断する。
「いい調子だよ、瑠架くん」
「うん。……ありがとう、詩音お姉ちゃん」
褒めてくれる詩音お姉ちゃんにボクはお礼を言う。……あんまり、お礼とか言ったことないから、まだちょっとぎこちない、かな……。
「カマちゃんもナイスコントロール!」
「まー、アタシにしたらこの程度はチョロイもんよ~」
『カマイタチ』のカマちゃん――ぱっと見はイタチとかに似てる。ただし、サイズはカマちゃんの方がかなり大きいけど――がオホホホと高笑いする。……そういえば、カマちゃんって、オスメスどっちなのか聞いてないや。そもそも、性別って魔物にもあるのかなぁ?
……ま、いいや。
今日はカマちゃんの『力』を使う訓練だ。
カマちゃんの『力』を借りて、風の技のイメージを練っていたんだけど……
「ねぇねぇ、瑠架くん」
「何? 詩音お姉ちゃん?」
「真空波だけじゃなくて、他の技ってないかなぁ?」
手頃な倒木にちょこんと腰掛けて目を輝かせながら、詩音お姉ちゃんは首を捻る。いつもは“お姉ちゃん”なのに、こういう時はまるで“妹”みたいだ。
ボクがここ最近編み出した技は、かなりの部分、詩音お姉ちゃんの想像力にヒントを得ている。……ひょっとしたら詩音お姉ちゃん、すごい『カード』使いになれる素質を持っているのかもしれない。
「あ、そうだ! ねぇ、瑠架くん?」
「な、なぁに?」
「風を刃みたいにしないで、塊みたいにしてぶつけるのってどうかな?」
「風の衝撃力を、相手に向かって叩きつけるみたいな?」
「そうそう!」
「……なるほど」
そういう活用法もあるかぁ。
「真空波みたいな『かまいたち』だと、相手を殺しちゃうかもしれないけど、そういう技なら、相手がちょっと痛いだけのダメージとかにも手加減できそうだし、足止めとかに使えるかもよ?」
詩音お姉ちゃんのいうとおり、確かに、応用範囲が広そうでいいかも……。
「……うん。じゃあ、挑戦してみるね」
「頑張って!」
詩音お姉ちゃんの激励に笑顔で答え、ボクは目を閉じた。技のイメージを反復し、増幅し、練り込んだ。
「!」
イメージが形になった瞬間、ボクは目を開けて右手を構える。すでにそこには、『カード』が姿を現している。
『我、風を槌と為さん!
吹き付けるものよ、
留まらぬものよ、
渡るものよ!
我が命に答えて敵を打ち据えよ!
《ウインド・ブラスト》!』
『声』と共に手の平を前方に突き出す!
ドウッ!
目標にした大木が凄い音を立てて振動し、大量の木の葉が舞い散った。
「すごーい!」
詩音お姉ちゃんが立ち上がって拍手する。
と、
「きゃっ!」
技の余波がこっちにも跳ね返ってきて詩音お姉ちゃんのスカートがふわりとひるがえる。スカートを押さえることには成功したんだけど、慌てた詩音お姉ちゃんは足をもつれさせてしまい、
「わわわわっ!」
『力』の発動直後の無防備な状態のボクに倒れ掛かってきて、
ドシーン!
ボクは詩音お姉ちゃんを支えきれずに二人して転んでしまった。
「いててて」
「ごっ、ごめん瑠架くん!」
ボクの胸に顔を埋めるような形になった詩音お姉ちゃんは慌てて起き上がろうとして、
ズルッ!
また、転んでボクの上に倒れこんでくる。……今度は上手く受け止めることができた。
「ごごごごごめん!」
「ボクは、だいじょうぶ。詩音お姉ちゃんはだいじょうぶ? 怪我はない?」
「う、うん。だいじょう、!」
急に詩音お姉ちゃんの言葉が途切れた。大きく目を見開いて、何かに驚いている。
「あらあら、お熱いわねぇ~」
「うるさいよ、カマちゃん!」
唇を尖らせて文句を言うボクの耳に、「瑠架くん、あたま……」という、か細い詩音お姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「え? !」
ボクがその言葉の意味に気がついて、頭に手をやると、ない! 帽子がない!
慌てて探すと、……あった! すぐ近くに転がってた。ボクは素早く帽子を掴むと元通りに被り、
――途方に暮れた。
絶対、怖がらせちゃったよな、詩音お姉ちゃんのこと……。ボクは唇を噛み締めた。
「ル、瑠架くん」
「ごめん……」
ボクは視線を逸らしたまま、謝った。
「怖い、でしょ? ごめんね。これを見せるとみんな怖がっちゃうから、帽子で隠してたんだけど、……取れないように注意してたんだけど、ごめんなさい……」
――気まずい沈黙がボクらの間に落ちた。
「ごめんね……」
静寂を破ったのは、詩音お姉ちゃんがボクに謝る声だった。そのか細く震える声がボクの心を激しく揺さぶり、ぽつりぽつりと温かい雫がボクに降り注いでは頬を撫でいく。
「詩音お姉ちゃん……?」
思わず見つめると、
……詩音お姉ちゃんが、泣いていた。
「ごめんね、ごめんね……!」
何度も何度も謝りながら、悲しそうに苦しそうに悔しそうに、……怒って、泣いていた。
「私、……私、恥ずかしい……!」
嗚咽を漏らしながら、詩音お姉ちゃんは言葉を搾り出す。
「私、瑠架くんがどんな人か、知っているのに! ……知っていたと思ったのに! 一瞬、瑠架くんのことを疑ったの! 本当は、怖い人なんじゃないかって! 悪いことする人なんじゃないかって! それが、それがっ、……!」
大粒の涙を溢れさせながら、詩音お姉ちゃんは叫んだ。
「私は、恥ずかしいの…!」
……ボクも、不意に恥ずかしくなった。
「ボクも、ボクも恥ずかしい……」
一瞬ためらったけど、でも、この人の前では隠すことの方がもっと恥ずかしい。
……ボクはおずおずと帽子を外した。
詩音お姉ちゃんの目が大きく見開かれる。
「詩音お姉ちゃんはここにボクが来てから出来た初めての友達で、一緒にいるだけで楽しくて、ボク、嬉しくて嬉しくて、……嬉しいだけで、」
そっと手を伸ばして、詩音お姉ちゃんの涙を拭う。
「おじいちゃんには、『信頼できる友達ができた』なんて言ってたのに、それはうわべだけで、自分に都合の良いところだけを利用していて、本当は心からは信頼してなくて」
いつしか、ボクの目にも涙が浮かんでいた。
「……だって、その信頼できる友達にも、他の信用できないって思ってた人たちと同じように隠してたんだ、これを……!」
ボクは自分の頭の『角』を指差した。
頭の天辺から一本だけ生えているそれは、ボクが『鬼』と呼ばれても仕方がない外見的特徴だった。
「嫌われるのが怖かった。友達じゃないって言われるのが怖かった。……怖がられるのが、怖かった。でも、ボクが一番怖かったのは、『心の底からその人を信じること』だったんだ……! だから、ボクは、恥ずかしい……!」
「瑠架くん……」
ぽろぽろと涙を零しながらも、詩音お姉ちゃんは微笑んだ。
そして、
「とっても、嬉しいよ。私を信頼してくれてありがとう。打ち明けてくれてありがとう。怖いのを我慢して、見せてくれてありがとう」
ゆっくりと詩音お姉ちゃんの顔が近づいてきて、
ボクの『角』にとても、……とても優しい口付けをしてくれたのだった。
高い木の天辺で、銀色の仮面を被った人影が下界を見下ろしていた。
「瑠架よ。『流れ』に抗えるのなら、抗って見せよ……」
仮面の男は、歌うように囁いた。
「それが、この世界にとって吉と出るか凶と出るか」
男がすうっと伸ばした手の先には、複数枚の『カード』があった。
「見極めさせて貰おう……!」
『カード』が眩い光を放つ……。
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