last summer
春樹は写真の男の子か祖父であることを告げた。
数年前、古い屋敷を処分した際に数十冊の日記帳が出てきてその中に挟まっていたもので、英国の古い税関の封がされたままであることから、帰国後には一度も開かれたことはないと思われた。
「前回、ご挨拶に伺った際に、その写真を覚えていまして、今日、伺いたくて持ってきました」
「なるほど。これは私で間違いない。でも、話はしないわ」
頷いた後にハルはそう言ってから、悲しそうに唇をギュッと噛んだ。
「お婆様…」
それを見て春樹とナツはなにかを悟った。しばらくするとハルが唇を解いて、何かを決心したようにゆっくりと話し始めた。
「ただ一つだけ言えることはね、ナツ、貴女の名前は彼からいただいたのよ。死んだ娘夫婦には辛い思いをさせたけれどね…」
「え!?」
自分の名前はてっきり母譲りだと思っていたのに、ナツには衝撃的な事実だった。
「驚いたな。それは我が家も同じです。ハルという素敵な季節の読みを名前に入れ続けるようにと、出征前に祖父は遺言を残したそうです」
「だから、ハルキなのかい?」
「はい、そう両親から聞いてきました」
「思いは紡ぐか…」
そう漏らしたハルは、人目も憚らずに涙を頬へ伝わせると、それを見たナツが駆け寄ってハルを抱きしめた。
「お婆様、紡がれた思いは実を結んだわ」
そう言ったナツへと同調するように春樹もしっかりと頷く。
「そうね…」
そう短く言った後、ハルはナツの胸元で声を押し殺しながら、溢れ出でる涙を枯れ果てるまで流し続けた。
やがて春樹とナツは子供を授かり、因縁浅からぬセント・マーレ病院で可愛らしい女の子が産声をあげる。名前はシュトウ。命名式の紙にはひっそりと漢字が書かれていた。
季節は巡りを終えた。
春先に生まれた可愛い子は、順調に育ってゆき、サマードレスを身に纏い、夏の日差しを時より浴びながら、可愛らしい笑顔を湛えて健やかに育っている。
幼き日の奈津男とハルの面影を漂わせて…。
春にさよなら 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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