2章
過去 05
『力』を使う時だけ、赤目になる。
赤目の『わたし』。かつての幼い私。
宝石の瞳を持つ子ども。
私達と、アジャセと同じ、超能力者として作られた子ども。
アジャセに着いて行かなかった私。
アジャセが傍に置いている子ども。
脳内に唐突に詰め込まれた情報の波。機内の壁に背をつけてじっと目を閉じる私は、それに思考をさらわれていささか疲労を覚えているようにでも見えたのか、オルシーニは「到着時刻に近付きましたらまたお声がけします」と気遣いを見せた。実際のところ私を襲っていた混乱や束の間の恐怖に近い感情は既に引いていて、胸中の海は凪いでいたが、それは有り難い申し出だった。今疲れていないにせよ、これからしばらく神経が研ぎ澄まされて忙しくなることはわかっていたし、私はその前に思う存分思考に沈んでおきたかった。
この6年間、粛々と新しい環境に適応することに努めながら、私は果たして『大人』になったのだろうかと時折考えることがあった。
例えば、かつては見えなかった窓の外の景色を見つめながら。例えば、私達が『名前』を得た時のことを思い出しながら。
そう、『名前』だ。
私、『イム』。『サラ・ソウジュ』。『エニシダ』。『アジャセ』。
それが全員。私達の世代では、『大人』になることを許されたのは4人だけだった。
今では死んだ研究員達も惜しんでいることだろう。いくらでも非合法に超能力者を増やせたあの頃の状況から、現在は一変している。それともやはり、『アジャセ』に皆殺しにされた彼らだから、もっと早く私達を処分しておけばよかったと嘆いているだろうか。
私は、かつて私に『名前』がなかった子どもの頃を思い出す。
私がまだ、『イム』ではなかった頃。ただの『わたし』であった頃。
サラ・ソウジュもエニシダもアジャセも、あの頃は名前がなかった。
目を瞑っている間、私は記憶の海に沈む。アジャセと初めて出会った日。まだアジャセがアジャセでなく、私もイムではなかった時。
私はあの時、死にかけていて。
アジャセは無邪気に人を殺しながら、初めて出会った私を『うさちゃん』と呼んだのだ。
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