現在 02
この
副次的な役目としては、その『結果』として存在する『超能力者』の運用。6年前の反乱から生き残った超能力を持つ者の経過の観察も含めて、それ自体が一つのプロジェクトとして国連の下で稼働している。
人の居住区である施設内はそれほどの広さではないが、全体とすると18ヘクタールの敷地内には研究所を中心として、超能力を持つ少数の人間と、彼らを管理・観察する研究者達が常に総勢50名ほどは暮らしている。
国連の下でいかなる国家にも属さない独立した研究機関ではあるが、現在進行の『超能力』研究という新しい技術を獲得しようと目を光らせる各国の思惑に常に晒されているため、単なる研究施設に留まらず高度な政治的駆け引きの行われる場でもあった。
6年前の施設の存在の露見により定められた現行法によって、新しい『超能力者』を産み出すことは禁止された。だからこそと言うべきか、今現在残っている貴重な『超能力者』に対する研究・調査・教育は、慎重かつ多大な資金を投じて進められていた。
孤立した陸の孤島。地上にある宇宙ステーション。
そのような場所、ヤースナヤ・ポリャーナ。
政治的思惑が絡み合う施設の性質上、政府の要人や研究者達が視察に訪れることは珍しくない。
だがそれも、大抵はあらかじめ予定された出来事である。各国の利害関係を平衡に保つため、基本的に例外的な抜け駆けは許されない。
だから、『監査』さながらの抜き打ちで、それも『国連捜査官』などという物々しい肩書きを持った人間達の訪れは、予定外の事態だった。
■
ここに人が訪れるのは、もっぱら空からだった。
そもそも立地が不便なために建てられたような施設だ。
外部からの訪問者を意図していない過去の施設と同じ場所に建った建物は、改装された後も予定外の人の訪問はすぐにわかるようになっている。
「イムさん、所長がお呼びです」
戸惑いの様子を隠しきれない職員が私を呼びに来たのは、仰々しい軍用ヘリが施設の敷地内に降りたってから僅か十分後のことだった。
景色が一望できる窓越しに予期せぬ訪問者の訪れを確認していた私は、それを聞いて師弟された応接室へ向かう。『普通の日』じゃないという直感は当たっていたなと思いながら。
しかし、予想外の中でもある程度展開が予想できたのはここまでだった。
自分が呼び出されたこと自体は不思議ではない。どこのお偉いさんがなんの用かは知らないが、『超能力』を研究する施設に訪れる者の目的は決まっている。第一の研究成果とも言える『超能力者』の実物を見たい。そうした場合、子どもよりも利権や体面のために御しやすい大人を呼ぶのは至極自然なことだったし、子ども達を好奇の目に晒すよりは自分のほうが適任という自負もあった。他の大人の『超能力者』で、施設に所属している二人は、お世辞にも接待に向いていない人間でもあったから。
「順を追って説明していただけませんか」
しかしながら、どうやら今回のことは自分の手にも余りそうだ、と気づいたのは、応接室のソファーに腰を下ろし、話を聞き始めた僅か数分後のことだった。
目の前に座っているのは『国連捜査官』――協定を結んだ先進国を中心に据えて、複数の国同士の合意によって成り立つ機関の、その捜査官。主に国家間条約に違反した非合法な研究・犯罪に対して国を跨いで捜査を行い、越権的な権力を保持する。各国の警察組織のその上位に位置する立場の彼らに監査に踏み入られるようなことでもあったのかと疑ったが、所長もまた隣で困惑しながら下手に出ている。
それというのも、彼らの態度が要因だ。
「最初に言いましたが、時間がありません。イムさん、貴方には今この時を以て我々の捜査に協力してもらいます。既に貴方の身柄をこちらで預かることについては我々の上層部より許可が出ています。疑うようでしたらこちらをご確認ください」
目の前に出された書類の紙を一瞥するのみで、私は手をつけなかった。どの道、彼らの言葉は彼らが示した身分証が保証している。そして、一職員として雇用されている私に、この施設を運営する上位機関直轄命令を指す、その身分証に逆らう権利はなかった。
「早速で恐縮ですが、我々はすぐに発ちます。貴方もご一緒してもらうことになりますので、準備があれば今のうちに。しばらくここへは帰ってこられませんから」
「事前連絡のお伺いもなく、突然訪問されていきなり拉致とは忙しないですね。理由もお伺いできないのですか」
「生憎、時間がありませんので。機上でご説明します」
取り付く島もないとはこのことだ。
お偉いさん方の前で素直に溜息をこぼすわけにもいかず、しかし不可解な事態に一応食い下がる。
「私のことを知っているならば当然ご存知とは思いますが、私の『能力』はおよそ何かのお役に立てるようなものではありませんよ」
「それを決めるのは貴方ではなく、私達です」
成る程、これは私がいくら言っても無駄な案件だろう。
一旦退室の許可を求めて、死物を取りに自室へ戻る。元々私物は多くないが、目的も何もわからなくては準備できることも多くなく、最低限の荷物をまとめると五分以内に身支度は済んだ。自室を出ると、部屋の前にミリタリー服を身につけた男が二人立っていた。出てきた私の後ろに当然のようにつく。その念の入れようにますます異常事態だと思う。
「せんせい」
「せんせい。……だれ? ソイツら」
応接室に戻る途中。廊下で呼び止められて足を止める。低い場所から聞こえてきた子どもの声に、後ろ二人の大人達の注意が向いたのに気づいて、一歩前に出る。この動作に嫌な顔をしたのは着いてきた二人のほうだった。子どもに手を挙げると思われたと感じたのかもしれない。
「この人達は、私とこれから一緒に仕事をする人だよ。アイリス、ユウジュ、私はしばらくここを離れるけど、子ども達のことをよろしくね」
「せんせい、いつ帰ってくるの?」
「……ソイツらが、せんせいを連れていくの?」
子ども達の眼に敵を見るような剣呑な光が宿るのを確認して、私は言葉を続けようとした。だが、私よりも早く、嫌疑をかけられた大人二人のほうが口を開くのが早かった。
「彼女には少し協力してもらうだけだよ」
「悪いことをするわけじゃない」
「……やっぱり! せんせいを連れていくんだ!」
大人二人の声音は努めて穏やかなものだったが、私は彼らに忠告し忘れていた。ここにいる子ども達は、あまり外部の人間に慣れていない。赤子の時からここで育ち、見知った顔に囲まれて育ってきた彼らは、そのため時折訪れる外の人間に対する警戒心が強かった。そうしてもう一つ。彼らが失念していたか、あるいは侮っていたこととして、この幼子二人は『超能力者』なのだ。
「出てけ!」
二人の声が重なった。その瞬間、アイリスから放たれた力によって、男の一人が壁に叩きつけられる。反射的に迎撃態勢に入ろうとしたもう一人の男に、私が制止の声をかけるより先に、不自然にその動きが止まった。瞳の焦点が合っていない。ユウジュに視線を移すと、やはり能力を発動していた。アイリスは『念力』、ユウジュは『暗示』。彼らの『超能力』だった。
「アイリス、ユウジュ。やめなさい」
どちらもまだ幼いため、そう長く効力を発揮できるわけではなかったがだからといって止めないわけにはいかない。特に、ユウジュの『暗示』によって意識を朦朧とさせている男のほうはともかく、アイリスの『念力』によって壁に叩きつけられたほうの男は、すぐにでも復活しそうだった。
「能力を人に向けてはいけない。いつも言われているでしょう」
二人の盾となるようまとめて腕に抱き締める。二人のまとう空気が目に見えて静まったのが肌に感じられた。彼らにそっと「私は大丈夫だから」と囁くと、「せんせい、」と子どもらしい頼りなげな声が触れる。
「二人が悪い子だと思われると、私は悲しい。窮屈な思いをするかもしれないけど、私が戻ってくるまではきちんと他の先生や大人の言うことを聞いて、いいこでいられる?」
「……ウン」
「きみ達と離れるのは寂しいよ。お土産を持って帰るから、待っててね。そうだ、私がいない間、植物園の花に水をあげてくれないかな。できる?」
「……ウン、できるよ」
「いいこだね。それじゃあ、ごめんなさいもできる?」
能力から解放された男達は、既に警戒したように距離を取りながらこちらを窺っていた。この施設にいるのは大抵あまり力のなさそうな大人ばかりだから、屈強な肉体を持つ彼らは子ども達の目に特に恐ろしく映ったのかもしれない。その大の大人二人が、先程とは打って変わった目で彼らを見ていることはわかったが、私は子ども達を彼らに向き直らせた。
「……おにいさんたち、ごめんなさい」
「ごめんなさい、もうしません」
ぺこり、ぺこり、と頭を下げた後、最後に私の首元に抱き着いて、子ども達は去って行った。
私と共にその背が見えなくなるまで動かず見送った男二人が、「小さくてもやっぱり人間じゃないな……」と呟いた。
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