この眼の中に。

回向

1章

現在 01


 雪が降っている。

 一面のガラス張りの窓からは、雪の降り積もった平原がよく見えた。遮るものの何もない、一面の白。外に人がいればどこまでいっても簡単に見つけることができるだろう。だが、このような山奥の施設にわざわざ足を運ぶのは定期監査の調査官くらいで、ここで働く職員もまた滅多にここから出ることはないため、見渡す限りの平原は足跡一つない。


「せんせい」


 幼い声に振り返る。白く伸びた廊下の向こうから、二人の子どもが駆けてきた。


「アイリス、ユウジュ、廊下を走ると危ないよ」

「せんせい、テスト! テストの結果がでたの!」

「アイリス、せんせいの言うこと聞けよ」


 飛びつくように腰に腕を回した少女を受け止める。途中から歩きに切り替えた少年が、咎めるように注意するのを少女が聞こえない振りをして顔を上げる。


「せんせい、アイリスは何点だったとおもう?」

「さぁて。何点だったのかな」

「当ててみて!」

「二人は検査帰り? これから部屋に帰るところだった?」


 腰に掴まった少女ごと回転させてから抱き上げる。きゃらきゃらと上がる笑い声は子ども特有の甲高いものだったが、今年で6つになってもう随分と大きくなった。抱き上げられなくなる日も近いだろうと思いを馳せる私に、アイリスとは違って大人しく立っているユウジュが口を開く。


「はい、せんせい。戻る前に、アイリスがせんせいを探そうって言って」

「そう、私に会いに来てくれたんだね。二人とも」

「テストの結果がでたの!」


 点数を知らせたくてたまらないのだろう。明るいアイリスの表情とは裏腹に、どこか気まずそうなユウジュの様子を見て、私は内心で「子ども達に直接点数スコアを教えなくても」と眉を寄せた。

 前々から研究チームには要望を出しているが、まるで普通のテストのような扱いで能力の測定結果を点数として教えるのは目的とは違うはずだ。他の研究員達と意向の相違点があるのは珍しいことでもなかったが、無邪気に一喜一憂する子ども達を見ると。なんともいえない複雑な感情が胸に満ちる。


「そう。……アイリスがどれだけ素晴らしい子なのか、私はもうよく知っているよ」

「でもね、今回は点数もよかったの! 8.5点だったの! 10点中8.5点!」

「わあ。それはすごいね」


 褒められるのを全身で待っている少女に、そしてそのこと自体には何の罪もない子どもに、他に何か言える言葉はあっただろうか。

 私の言葉に、少女はぱっと顔を明るくさせて顔を擦りつけてくる。対して少年のほうはますます居心地が悪そうだった。


「……せんせい、ぼくは」

「ユウジュ。きみもおいで」


 片手にアイリスを抱え直し、空いた片手で少年を手招く。躊躇いながらも近寄ってきた少年を抱き上げると、巨大なガラス窓の縁に腰掛けて、外に視線を向けた。

 外には雪が降っている。

 ヤースナヤ・ボリャーナYasnaya Polyana

 この場所は、モスクワの南190kmにある「明るい森のなかの草地」という意味を持つ地域の名を冠している。だが、本当にその場所にあるわけではない。どのような経緯で命名されたのかは不明だが、機密保持のために施設内で周辺を隠語で表す際、トルストイの小説に出てきた地名を誰かが取ったらしい。明るい森のなかの草地という意味で、小説では禿山として描かれている場所。だが、ここは決して明るくもなければ、荒涼としているわけでもない。この季節になると、ただただ降り積もる雪が見えるばかりだ。

 だが、昔はこの景色さえも見ることはできなかった。過去に構造が剥き出しになるまで半壊した施設を同じ場所に建て替える時、叶うならば外が見えるようにしてほしいと希望を出したのは自分だった。


「……せんせい」

「せんせい」


 舌足らずに私を呼ぶ幼い声。一人は自信なさげに、もう一人は甘えるように。

『先生』とそう呼ばれるようになって何年経っただろう。この状況も窓の外の景色も過去の自分には想像もできなかったことだった。両手に抱いた子ども達の髪を梳く。


「アイリス、ユウジュ。いいこ」

「……せんせい、ぼく、点数……」

「ユウジュ、悪かったの。点数」


 言い淀むユウジュの横から、ばっさりとアイリスが切って捨てるように言ってしまう。途端に気弱そうな様子から憤慨してアイリスのほうを見やったユウジュの頭を、先手を打って撫でる。


「ユウジュ、点数は絶対的なものではないよ」


 いつも言っているけれど、『能力』についての大人達の評価を気にする必要はない。

 いつも言っているけれど、やはり不安なのだろう。それはそうだ。子どもにとって、自分達の世界を変える権限を持っている大人からの評価は大きい。特に、この子達のような特殊な事情を持っている子は、尚更自分の価値に自覚的になってしまう。


「せんせい、でも私は8.5点だよ」

「うるさい、アイリス……」

「弱い『力』の自分が悪いんでしょ! 自分がダメだからって、八つ当たりしないでよ!」

「アイリス、それを言うなら私はユウジュよりももっと弱いけど、アイリスは私のことダメな人間だと思うのかな」


 微かに笑い混じりの私の言葉に、アイリスは瞬時に黙りこんだ。


「……思わない……」

「じゃあ、もうそんなことを言っちゃダメだよ。大事な友達でしょう」

「……でも、アイリス、良い点数だって職員さん達は……」


 ぐずるように言い募るアイリスは、落ち込んだような、ふて腐れているような目をしている。


「アイリス、すごくないの?」

「すごいよ。でも、強い力はそれだけかかる負担も大きいからね。心配でもある」


 望む言葉とは少し違ったのか、アイリスはもどかしそうに身動ぎをした。考え込むように黙り込んでしまう。アイリスは気が強いので、ユウジュも自分から矛先が逸れてほっとしたように黙っていた。


「……」

「アイリス」


 黙りこんだままの少女の名を呼ぶ。窓の外の景色は変わることなく白い。


「アイリス、きみの能力は素晴らしいよ」

「……ほんと?」

「もちろん。ユウジュの能力も素晴らしい」


 続く答えを聞いた瞬間、アイリスがくしゃりと顔を歪めたのが見ないでもわかった。


「だって! ユウジュの能力なんて、なんの役にも……」


 憤慨しながら言う途中、先程の『私はユウジュよりもっと弱い』という言葉を思い出したのか口を噤む。

 窓の近くにいるせいで、呼吸がガラス部分に触れると白くなる。手持ち無沙汰なのか、私の肩越しにユウジュがそこに指で絵を描いていた。


「役に立たないように見えることも、必ずしもそうであるとは限らない。それに、能力以外にも、アイリスはとても素敵な子だよ」

「……ほんと? 力がなくても、アイリスのこと好き?」

「大好きだよ」

「自慢に思ってる?」

「この施設にいる子はみんな、私の自慢の子ども達だよ」


 それでようやく気が済んだらしい。

 ひとしきり愛を求め終わると、満足したアイリスは何か用事を思い出したのか飛び降りると「せんせい、またね!」と言って駆け去って行った。その後を、慌てたように追おうとしたユウジュが、ふとこちらを振り返る。


「……せんせい、ぼくのことも、自慢に思ってくれる?」

「もちろん、自慢だし、大好きだよ」


 ユウジュは安心したようにはにかむと、ぱっと身を翻してアイリスの後を追っていった。赤子の時から一緒にいるからか、よく喧嘩はしても普段は他の子が間に入れないくらい仲の良い二人だから心配はいらない。

 仕事に戻らなければ、と足の向きを変える。長く伸びた白い廊下を、代わり映えのない外の景色を眺めながら歩いていると、不意に横の扉が開いて伸びてきた手に捕まった。


「子ども達との話は終わったか、イム」


 驚いてあやうく声を上げるところだった。

 強い力ではなかったが、羽交い締めにされて体を硬直させる。落ちた低い声にその正体を理解して、腕を叩いた。


「……びっくりした。サラ、いつ帰ってきてたの?」

「さっき。きみを探してたら、子ども達といたから」

「出てくればよかったのに。子ども達も喜んだよ」


 サラ――サラ・ソウジュはそれには答えずに頭を擦りつけてきた。私より頭一つ分以上も成長したというのにまるで子ども達と変わらない。白金の髪を後ろ手に撫でると、少し腕の力が緩んだ。


「子ども達はきみのこと憧れのお兄さんのように思ってるのに」

「何を話したらいいのかわからない。……きみ以外の人とは」


 本当に子どものようなことを言う。こうしたサラ・ソウジュの態度は珍しいものではないが、しばらく会わなかったせいかいつもよりも距離が近い。サラ・ソウジュの『能力』――その力に起因する獣の耳は今は見当たらないが、能力を発動している時と近しい雰囲気を感じ取る。


「今回は無理したの?」

「……無理じゃない」

「お腹がすいてるなら、先に食事をとらないと」

「いい。……久し振りなんだ、こうしていたい」


 聞かない駄々っ子だ。アイリスやユウジュ達のように長い付き合いの関係だから、私はこうなったサラ・ソウジュがどうしたら離れるのかわかっている。


「寝惚けたきみに肉と間違えて噛み千切られそうになるのは嫌だよ」

「……」


 無言で離れたサラ・ソウジュが部屋を出て行った。そんなことはしない、と言わないだけ大人になったとその背中を見送りながら思う。そう待たないうちに、肉の塊を持ったサラ・ソウジュが戻ってきた。

 サラ・ソウジュに連れ込まれたのは適当なレクリエーションルームだった。他に人のいない部屋で、浅い机を挟んで向かい合って椅子に腰掛ける。


「もっとちゃんとした料理を作ってもらえばよかったのに」

「これでいい。なるべく肉らしい肉のほうが紛れるんだ」


 豪快な骨付き肉を、慣れたように口に運ぶ。枯れ木のような骨に纏わりついた肉が、あっという間に剥がされて咥内に消えていくのを眺めていた。必然的に粗野な食べ方にならざるを得ないはずなのに、慣れの賜物かサラ・ソウジュの食べる姿は綺麗だった。


「今回もたくさん血を浴びた」


 口の端についた肉の一欠片を舐めて、サラ・ソウジュが言う。手放された骨が、備え付けのダストボックスに弧を描いて入った。


「それは。……大変だったね」

「別に、それ自体はなにも。ただ、血を浴びるとどうしても能力の抑えが不安定になるから、きみに……イムに会いたくてたまらなかった」


 髪と同色の白金の片目と、それよりも微妙に色素の薄い片目。じっと注がれる熱っぽい視線に、サラ・ソウジュの望みを理解した私は一度眼を閉じた。

 今でこそ私と長時間離れることに順応できるようになったが、サラ・ソウジュは時折こうして不安定になる。彼の能力上仕方の無いことだったが、やけにスキンシップの多い時は、食欲と親愛の間で感情が揺れ動いているのだ。

 眼を開けた私は、自分の『能力』を発動する。力の入った瞳が一瞬火花を散らすように熱くなる錯覚。いつの間にか至近距離で顔を突き合せていたサラ・ソウジュが、その無表情に微かに恍惚の色を浮かべるのを視認する。


「―――サラ・ソウジュ。今回も、人を食べるのは我慢できた?」

「ああ、イム。我を忘れることもなかった」

「そう。頑張ったんだね。えらいね」


 自分からは視認できないが、サラ・ソウジュが覗き込んでいる私の瞳は、今は『赤い』のだろう。

 私の『能力』。

 『自分の感情を、目を合わせた相手と同調させる』――ただそれだけの『超能力』。


 ここ、ヤースナヤ・ボリャーナYasnaya Polyana

 見渡す限り四方に平原が広がるばかりの、孤立したこの施設は、ある『能力』についての研究を行っている機関だ。

国連の人権団体による、特定の国に属さない研究機関。6年前に極秘施設としての実態が暴かれた結果、世界に衝撃を与えた。国連の条約に例外として新しい項目を増やすことになったこの場所は、頭の一部分を弄った子どもを使って『超能力者』を作ることを目的とした機関だった。


 私、イムもサラ・ソウジュも、6年前の『生き残り』の『超能力者』だった。

 6年前にそれまでの施設の体制が崩壊して以来、公になった『超能力者』の保護という名目で、新しく国連によって編成され直したこの施設内で職員として席を置いている。

 しかし、自らを獣に変じることのできる能力――サラ・ソウジュの『変身能力トランスフォーム』と比べて私の能力は至って地味だ。秘密裏の仕事が回ってくるサラ・ソウジュとは違って幸か不幸かたいした役にも立たないため、この施設に留め置かれる同じ6年前の『生き残り』である子ども達の世話をするのが私の仕事のようなものだった。


「……ねえ、獣性が抑えられるようになる薬、頑張って開発するよ」


 とろとろと溶けたようになった瞳を見つめながら静かに言うと、僅かにサラ・ソウジュの眼に理性が戻った。


「……もういいんだ。僕は、きみさえ、いてくれるなら」

「ずっと私が傍にいられるわけじゃないし、抑えられるに越したことはないよ。今だって、離れて仕事をすることはよくあるんだから」


 既に何回は繰り返したやり取りだったが、案の定サラ・ソウジュは黙った。彼の気持ちに想像がつかないわけではない。ほとんど半身のように傍にいることが当たり前だった過去が、彼にとっての私の存在を強固にしている。6年前よりもずっと大人になったはずの私達だが、数少ない仲間と言える同類に対しては子どものような愛着があった。それは私も例外ではなく、けれどその親愛の情故に、私は彼が私なしでも問題なくあれれば良いと思う。


「……イム。気持ちを教えて。僕のことが嫌いじゃない? 鬱陶しいと思う?」

「やっぱり子ども達にも会いに行くといいよ。きみも大きな子どもだね」

「イムに可愛がられる子ども達は苦手だ」


 本当は『嫌い』とでも言うような低い声に、思わず動きを止める。その反応に、自分が今し方吐き出した言葉を理解したように一拍置いて「……冗談だ」と震える声が落ちた。許しを請うようにも、誤魔化そうと機嫌を取ろうとしているようにも思える仕草で肩口に顔を埋めるサラ・ソウジュに溜息をこぼす。


「サラ・ソウジュ」

「冗談だから」

「怒ってないよ、大きなお子様。そうじゃなく、サラはまたこれから別の仕事の予定が入っていなかったっけ」

「……」


 返された沈黙に、今度こそ本当に呆れてしまう。

 サラ・ソウジュを見た時に驚いたのは、彼の予定がこの後しばらく詰まっていたはずだったからもある。この施設ヤースナヤ・ボリャーナは仕事の途中で気軽に立ち寄れるような立地にない。相当無理を通して寄ったのであろうことを考えれば、こうして悪戯に時を過ごしている場合でもないはずだ。


「サラ、あんまり無理をしちゃダメだよ。いくら体が丈夫でも、きみは体だけで出来ているわけじゃないんだから」

「たいした問題じゃない」

「きみを回収しにくる人達の苦労もあるし」

「たいした問題じゃない」

「……はあ」


 再度溜息を吐き出したが、今度はサラ・ソウジュのほうもどこ吹く風だった。しかし時間がないのは事実だったのか、やがて二人の間に端末の呼び出し音が鳴り響く。サラ・ソウジュはしばらく完全にその音が聞こえないかのように無視していたが、私が腕を叩くとようやく渋々と離れていった。

 迎えがきた、と言うサラ・ソウジュは常と同じ薄い表情だったが、その眼はいつも口よりも雄弁に彼の感情を訴えかけてくる。


「……今度の休暇は一緒に出かけよう」

「外出許可が出たらね」

「許可なら僕が取る。きみもたまにはここから離れたほうがいい」


 曖昧に笑むと、サラ・ソウジュは微かに眉を顰めた。だが、ここでそれ以上言っても無駄だと理解したのか、それとも本当に時間が差し迫ってきていたのか、素早くこちらへ顔を寄せて頬に口付けた。また、と挨拶を交わして出ていく。

 サラ・ソウジュが出て行った後、私も戻ろうとドアを潜る。その瞬間、目の前から突き出た腕に突き飛ばされた。


「よお、イム」


 乱暴に元いた部屋に戻されて、よろめきながら顔を上げる。

 絵本に出てくる妖精の王子様のような風貌。顔だけ見れば、長めの髪と端正な顔から女性と見紛うようなその男が、私を突き飛ばした腕の持ち主らしかった。


「エニシダ。乱暴はやめて」

「別に痛かねーだろ」

「子ども達が見て真似したら困る」


 チッと舌打ちするこの男の態度にも慣れたものだった。

 エニシダ。

 私とサラ・ソウジュ、そしてもう一人いる同期を除いた4人目の『超能力者』。

 昔から私達の中では唯一の女性だった私よりも遙かに綺麗な顔立ちをしていたのに、彼は誰よりも口も態度も抜群に悪かった。視察に訪れた大人達に噛み付いてぎょっとさせるようなことは日常茶飯事で、脚が伸びて上背がある今になっても変わらないから、他の職員や子ども達にも遠巻きに見られている。


「さっきまでサラがいたよ。いたなら挨拶すればよかったのに」

「冗談だろ? 俺とアイツがなんの挨拶をするってんだよ。コンニチハ死ね~から顔面殴り合って終わりだぜ」

「仲良くしなよ」

「無理だろ。アイツ、オマエの傍にあるモン全部嫌いなんだから」


 一難去ってまた一難。私は溜息をついた。この様子を見るに、サラ・ソウジュがいなくなったのを見計らって出てきたのだろう。そう思って気づく。


「エニシダも帰ってたの? 珍しいね、サラよりも忙しいくらいのエニシダが施設にいるなんて」

「アイツはオマエに会いにいつもわざわざ戻ってきてっからだろ、気持ち悪ぃ……」

「どうしたの。何か問題でもあった? 怪我でもした?」


 滅多に施設に寄りつかず、仕事で世界中を飛び回っているエニシダと会うのはそういえば久し振りだった。気になって尋ねると、エニシダは近付いた距離に不快そうに顔を背ける。


「してねェよ。またしばらく会うことないだろーから、オマエの間抜け面を拝んでおこうかと思って」

「……やっぱり怪我してるんじゃ」

「してねェし、オマエごとき雑魚に余計な心配されるいわれもねェ」


 虫でも払うようにシッシと手を振って、おまけに舌まで出す。品の無い仕草も昔からのものだ。別段悪意があってこうというよりは誰に対してもこうなのがエニシダという男だった。


「そう。わざわざ会いにきてくれたの」

「クソ犬野郎に先越されてたけどな」

「サラもこれから仕事なんだって」

「知ってる。数年くらい帰ってこなきゃいーのにな、あの犬」


 彼らの不仲も今に始まったことでもない。ただの殴り合いならばまだいいが、『能力』を使っての喧嘩になれば被害は甚大なので、互いのためを思えば顔を合わせないに越したことはないのかもしれなかった。


「じゃーな、クソ雑魚のイムちゃん。ちょっと見ない間に死ぬなよー」

「またね、お口の悪いエニシダくん。今度はゆっくりお茶でもしよう」

「気が向いたらなァ~」


 ひらひらと手を振るエニシダを見送った後、私は椅子に座りこんだ。なんだかすぐに部屋を出る気にはならなかった。サラ・ソウジュにエニシダ。今日は続けて会うには珍しい二人と既に顔を合わせている。つまり、今日は普通の日ではない。それは単なる直感に過ぎないものだったが、こうした直感を極端に研ぎ澄ました脳の器官が『超能力』の源になることを知っている私は、だから無闇に気のせいとは言えない。勿論、大抵の場合それらの直感は気のせいに終わるのだが、今日はやはり『普通の日』ではなかったことをその数分後に知る。

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