第13話

 同時刻。屋上。


「お、須崎か珍しいなお前がここにいるなんて」

 裕也が屋上の扉を開けると、そこにいたのは一人の少年だった。


 少年の名は須崎康史(すざきやすし)。

 二年生の学年次席であり、よろず部の部長である。


 細身に肩までかかる髪をした中性的な容姿。

 康史は手すりに手をかけ、呆然とした表情で校内を眺めていた。


「おや――安達先生ですか。先生こそ珍しい。黄昏に来たんですか?」

 裕也を見るなり、不敵な笑みを返す。


 康史が一年の時、数学の担当教師が裕也だった。

 二年になった今でも、康史と裕也は親交がある。


「ん――。若干な」

 身に覚えがある顔でそう言うと、裕也はため息をつく。


 無論、奈央の件だ。

 脈無しとはこう言うことを言うのだろう。

 にしても、甥にまであんな表情を向けるなんて――ああ、愛おしい。

 裕也は心の中でまた、ため息をついた。


「ははっ。その顔は五十嵐先生ですね」

 面白そうに康史は笑う。

 康史は裕也が奈央に好意があることを知っていた。

「・・・・・・相変わらず、お前は察しが良いよな」

 睨む様な目つきで裕也は康史を見つめる。


 康史は一年生の頃、数学の成績が学年一位だった。

 裕也からはとても康史が勉強をしている様には見えなかった。


 この須崎康史は天才の類に入る。

 裕也はそう確信していた


「――で、何があったんです?」

「ああ。実は五十嵐の甥が入学したんだよ」

「五十嵐先生の――」

 視線を上へと向け、康史は何かを思い出した。

「――万者ですか」


「万者?」

 とは――。いったい須崎は何を言っているのか。

 裕也は素直に首を傾げていた。


「ええ。昔、彼はそう言われていましたよ」

 懐かしそうな顔で今度は空を見上げる。


 万者。

 それはかつて全てが出来ると言われた少年の異名だ。


「・・・・・・もしかして、あの何でも出来る小学生か?」

 裕也も噂では聞いたことがある。

 当時は大人が盛り上げるためのネタに過ぎないと思っていたため、大して興味を示していなかった。

「そうです」

 間違いないと言いたげにゆっくりと頷く。


「あー、なるほど。五十嵐の甥っ子だったのか・・・・・・」

 当時、裕也と奈央は大学の教育学部に在学していた。

 奈央が一時期、忙しそうにしていたのは甥っ子関係のことだったのだろうか。


「でもまあ――。今の彼はもう普通の高校生ですから」

 それは過去の話。呟く様に康史は捕捉する。

 過程が良くても、他人は結果しか見ない。康史はそれを知っていた。

「そう・・・・・・見えたな」

 先日の雅人との会話を思い出す。

 万者と言われた雰囲気は今の雅人には無く、至って普通の高校生に見えた。

「それで良いと思いますよ。まあ、彼にはその過去の経験をあの部で生かして頂けると助かるんですが」


「ん? でも、あの言い方だとすぐ辞めるんじゃないか?」

 倉石が入部するのは、渋々のお試し入部のはずだ。

「あ、そうなんですか・・・・・・?」

 口を半開きにして、康史は少しがっかりとした顔をする。

 学年次席。今の康史からはその雰囲気は全く感じ取れなかった。


「間違って入部したそうだからな」

「それも――そうですね」

 康史は思い出した様な顔で顔を上げる。

 さすがに、自分が雅人の入部届をよろず部に移したとは言えなかった。


「まあ、実際やってみたいとわからないし、五十嵐は辞めて欲しくないみたいだからな」

「それは部長としても阻止したいところですね」

 せっかく一年生が雅人も含め、三人も入ったと言うのに。


「ちなみにお前の部は何をしているんだ?」

 よろず部は去年、康史が作った部活である。

「――そりゃ、よろずですよ」

「大雑把過ぎるだろ」

「大雑把過ぎるんですよ。それほど、広い意味を持っているんです」

「――ほお。その広い意味で何をするんだ?」

「簡単に言えば、手伝いですかね」


「ボランティアとかか?」

 その観点で言えば、募金活動にも参加している赤十字部も当校には存在する。

「んー、微妙に違いますかね」

「微妙に?」


「ボランティア、奉仕。少し違うんですよ。ただ僕らはやったことの無いこと、やりたいと思ったあらゆるものすべてに取り組む。そんな部活です」

「何でもやろうみたいな?」

「――まあ、そんなものですかね」

 あの部を表せる良い言葉が見つからなかった。

「お前が考えることだから、単純なことでは無いんだろうけどな」

 裕也はそう言うと、気が晴れた様な顔で康史に背を向けた。


「お、少しはやる気が出ましたか?」

「っ。まあな」

 不都合そうな顔をして、裕也は康史を睨む。

 やはり、こいつは人の心の急所を突くのが上手い。


「それなら良かったですよ。安達先生」

 康史が笑みを向けると、裕也は屋上を出て行った。


 数秒、康史は呆然とすると、再び空を見上げる。


「ついに――」


 ついに俺はあの万者と出会う。

 一人の先輩として。


 かつての雰囲気は彼にはもう無い。

 それは昨日見かけた時に実感した。


「今年の一年は面白い生徒が来たな」

 入部届を出した生徒を思い出し、康史は笑みを零す。


 万者と言われた少年。

 満点笑顔の少女。

 冷静沈着な学年主席――。


「よく集まったよなー」

 雅人に関しては自分がそうさせたが、彼女たちは違う。


 自分で言うのもなんだが、

 よろず部に彼女たちが魅力的だと思う要素は無いはずだ。


「まあ、それも会えばわかるか」


 理由など後からでも良い。

 結果があれば、過程など後からついて来る。


「さて――と。俺も部室に戻るかなー」


 今日は入部する彼女たちが来ると聞いていた。

 部長として挨拶をしないのは彼女たちに対して失礼だろう。


 康史はゆっくりとした足取りで屋上を出て行った。


 少年少女よ。

 これから始めよう。

 僕らのよろずを――。

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万者とよろず部 桜木 澪 @mio_sakuragi

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