第37話 攻略の糸口

 ベルゲンと業平は準備が整い次第討って出るということで合意した。だが、肝心の翠宮へ到達するためのルートが難解で、組織の面々は頭を抱えた。ベルゲンがパソコンを叩く。表示されたのは神威の山の全貌だ。その頂上に翠宮神社が居座る。


「上がれない」


 サクヤはぽつり呟く。


「そう上がれない」


 ベルゲンはそういって詳細を映し出した。


「地の利を良く汲んである。標高の高い翠宮にたどり着くためのルートはいくつかあるが、一つは山道をゆくということだ。山道は入り口を関所で封鎖されているが、突破して突き進むというのもなくはない。途中までは」

「途中?」

「途中までは車でいけるということだ」


 含みある回答にみな耳を傾けた。


「動乱の時代にレジスタンスによく使われた進入路ゆえ、それなりの対処がされてある」


 映ったのは航空写真だが、大きな崖が掘りこまれていた。


「翠宮は人為的な崖を三つ作って侵入を防いでいる」

「越えられないのね」


 ベルゲンがそうだと頷いた。


「次は参道を徒歩で歩く手段だ。これはいささか現実的でないだろう」


 山伏のような格好がパソコンに映し出されている。サクヤには名案のように映った。


「歩きなら警戒されないわ」

「翠宮の地形を知っているか」


 八彩が呆れたようにいった。


「翠宮神社は切り立った崖の上に居を構えている。昔はあえて信仰のために登るものもいたが、ほとんどは度胸試しだった」


 なるほど、とサクヤは口ごもった。到着することさえ困難に違いない。


「最後に現実的で一番楽かもしれないが、一番楽じゃないかもしれないルートがある」


 サクヤはパソコンに映し出された赤いものに釘づけになった。


「ロープウェイ」

「そう、ロープウェイだ」


 ベルゲンが深みを帯びた声で応じる。


「ロープウェイを占拠して、そのまま神社のある山腹まで運んでもらう。ただし問題はキメラだろう。今唯一使用されている販路だからこそ、一番神社側の警備が厳重ということが予想される」


 業平はずっと黙していたが、初めて口を開いた。


「ただのキメラではない」


 みんなその言葉に注目した。


「わたしも実物を見たことがないが、セカンドキメラの守護者ガーディアンを一体配置しているそうだ。本尊クラス、いやそれ以上の化け物と聞いている」

「たどり着く前に終わるな」

 

 八彩のその言葉には笑うしかなかった。


「今日は可能性を提示したまでだ。だが、みんなよく考えていて欲しい。どのルートが最善かを。また意見が聞きたいから後日話し合おう」


 業平がそう締めくくると仲間は承服した。

話し合いを終えて解散したがサクヤはベルゲンによった。ベルゲンは忙しくパソコンで作業の続きをしていた。


「どうした、サクヤ」


 タイピングしながら視線も向けずにベルゲンは気配に気がついた。


「何をしているの」

「これか」

「そう」


 少し難しいような顔をしてベルゲンは答えた。


「放送ジャックをしている」

「放送ジャック?」

「特定の周波で国中に呼びかけているんだ。決起せよと」

「そんなことして大丈夫なの」

「複雑な回線を使用しているから、出所は翠宮の頭では分からないだろうな」


 なるほど、と相槌を打った。


「例えばそれに同調してレジスタンスが行動を起こせば」

「国中に革命が起こる」


 八彩がそういって長イスに腰かけた。


「あんたの持論だがそう上手く運ぶか。実際は活動さえしていないレジスタンスも多い」

「最後の革命を起こすのはレジスタンスではない」


 ベルゲンはエンターを打った。映ったのは各地のデモの光景だった。


「武器を持たない一般人が反目しているのね」


 今、各地で起きていること。方宮の戦いに感銘した人々が行動を起こし始めたのだ。


「虐げられた過去はある。でもその過去を乗り越えて、自分たちで未来を切り開くと信じた者たちが行動を起こし始めているんだ」


 想いが胸を突く。みんなの死は無駄ではなかったのだと。涙がふっとこぼれた。


「おいおい、サクヤ。大袈裟だぞ」


 ベルゲンがからかうようにいった。


「だって。嬉しいのよ。みんな……みんな」


 目をぬぐって言葉もいえなくなるとベルゲンが優しい顔をした。


「泣くな」


 八彩がぽんと頭を叩く。感触がいつもより優しくて、どこかほっとした気持ちになった。




 夜の梅はひっそりとして月が美しかった。静けさに心地よさを覚える。世は無情に思えてそうではない。世の中には色々な温かさが混じり合って、少なくとも自分はその信頼関係のなかで生きている。仲間を得た今だとそう思えた。


 白梅神社には十余人しかおらずその仲間たちは飲酒で親交を深めているが、違った理由で戦う者たちが同じ未来を求めている。それを思うとどこか夢心地で、来宮で仲間を失ったことさえ遠い過去のような気がしていた。


 達観した思いだった。サクヤは宴席に混ざることができす、ふすまを閉めて身を消すように廊下へ出て腰かけた。久方ぶりに賑やかな声を聴く。


「みんな楽しそうだね」

「酒が好きだな」


 八彩が隣で笑う。初めて会った時、サクヤは八彩の強さを怖いと思った。でも同時に惹かれた。惹きつけられたのは強さでなく揺らがない瞳だと今は思う。


「お酒ってそんなに美味しいのかしら」

「酔えば大抵のことはどうでもよくなる。悩んでたこととか、世界の幸せだとか。一時の至福に浸ってすべてを忘れることができる」

「幸せね」

「そう幸せだ」


 仲間の笑い声に静かな面を作る。


「だから止められなかったんだろうな」


 彼の心のなかには誰かの姿がある。サクヤは足を遊ばせて指先で縁側を打った。


「わたしの戦う理由は話した。でもあなたの戦う理由は聞いていなかったわ」


 話してくれないのだろうと思う、でも聞いてみたかった。綺麗な瞳で月を見ている。


「大切な人がいる」


 そう、気持ちが一拍開いた。そうか、わたしはやっぱり彼に魅かれていたのか。


「彼女を翠宮に置いてきた。だから助けたい」

「うん」


 彼の揺らがない決意の正体がようやく分かった気がした。八彩は彼女を愛していたのだ。だから。あの言葉が脳裏をかすめた。


(力が足りない)


 あれは彼女を助けたいがためのセリフだったんだ。


 白い満月がにじむ。想いが通じないのが悔しくて、力になれないのが悔しくて。固く結んだ唇が震えた。震えを我慢すると、想いにキリをつけるように言葉を絞り出した。


「大切な人なのね。大丈夫。私も弱いけれど戦う」


 八彩の手に自身の手を重ねてそっとにぎり締めた。



       ◇



 夜明けの鷹は白梅神社をあとにした。決意のもとに業平と別れる。交わされた握手に込められたもの、何よりも硬質な意志をもって出立する。


「私は行けませんけれど」


 業平の出した掌は曲がっていた、不自然な角度は拷問によるものかもしれなかった。


「美桜さまをお連れ下さい」


 美桜。それが彼女の名。


「必ず救う」


 もうここに戻ることはない。戻るとすれば時代が変わったあとのことだ。一行は早朝の翠宮の町を移動する。


「あっ」

「どうしたサクヤ」


 大天を指さすとみんな顔を向けた。鷹である。紛うことなき鷹である。サクヤのなかですべての道のりが今ようやく繋がった。鷹を見たあの日から、自分は導かれてきたのだと。きっと国は変わる。あまりの美しさに心が総毛立った。組織はロープウェイからの一点突破を選択した。翠宮神社の難き門を正面から叩き破れ。

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