第29話 処刑の日程
「みなは一週間後、方宮神社で処刑される」
別部屋の仲間も集まり十四名でリビングにて作戦会議を開いた。サクヤは早速のジェドの言葉に顔を青くした。思った以上に早くて驚いてしまった。
「助けに行くの」
「行く。だが、これは背水の陣であるということだけは心に留め置いてくれ」
ジェドはそういってパソコンの画面に指を置く。表示されているのは方宮の見取り図だ。細線で方宮神社の境内の構造が細かに記されている。恐らく設計図だがどこで手に入れたのだろう。ジェドは指を滑らせ設計図の中央にある大きな箱を指した。
「方宮の中央に処刑場がある。宝石の海と称される宝石のプールだ」
「宝石のプール」
たまの政見放送で映るあの場所だ。
「プールの底には無数の宝石が敷きつめられている。光り輝くとても美しい場所だと聞いたことがある。そこでベルゲンたちは処刑される」
サクヤは息を飲む。処刑という現実が静かに迫ってきた。
「方宮の本尊は瑪瑙というメスの水魚だ。水中を主戦場とするキメラで恐らくそいつとは水中での決戦となる」
「水中戦……」
ジェドがぽつりと呟いたサクヤに頷く。
「人が足りないから作戦は綿密に立てなくてはならない。少数で確実に射せる作戦を」
「そんな作戦があるのか」
「正直難しい。けれど」
そういってジェドは八彩を見る。この状況で勝算があるとすればそれは彼の存在だ。
「今度も頼りきりになるかもしれんが、お前が切り札なんだ」
八彩は少し考えるような仕草をした。あまり歯切れいい反応ではなくてサクヤは問いかける。気がかりなことがあるらしかった。
「どうしたの」
「やれることはやる。だが」
「だが?」
「オレは泳げない」
首をくいっと傾げる。仲間たちに絶望と動揺が浮かんだ。
八彩は仲間の戸惑いをよそにパソコンのモニターに視線を落とす。彼自身は悲観していないようだ。仲間の心配をふり払いモニターを指すとさらに詳しい説明を求めた。
「この場所の詳細について知りたい。拡大してくれないか」
別部屋の仲間が帰って七人で夕食をとった。空気があまりに廃れていて気鬱だった。サクヤはベランダで一人、昼間の八彩の言葉を思い返した。
「オレは泳げない」
「本気でいってるの」
「本気だ」
「やめてよ。ベルゲンたちはどうするのよ」
「仕方ないだろう。泳げないものは泳げない」
サクヤは嘆くように顔を覆った。さすがにジェドも計算外だったようで、落胆していた。盛り下がる空気の中で八彩は強く断言した。
「戦えないとはいっていない。不利なのであれば水から引きずりだせばいい」
水魚を水から引きずりだすという発想にはみな、目を白黒させた。
「方宮の主戦場にはオレ一人でいく。その方が早い。その間、みなにはやってほしいことがある」
ジェドが真剣な目を向けた。八彩が画面を指差しながら案を述べる。
「この南側の排水路は見たところ人が通れる大きさがある。恐らくプールの排水はそこからだ。そこをさかのぼりプールの底へ向かって欲しい」
「プールの底?」
「そうか」
分かったと手を打つ仲間に八彩がコクリと頷く。
「プールを排水させて水魚を陸に揚げる。そうすれば十二分な勝機が巡ってくる」
勝機という言葉にみんなが湧き立つ。相手方の意表をつく極めて有効な作戦であることは間違いない。でも、サクヤの心は浮かなかった。
ベランダからは薄闇が見える。故郷新宮の山並みが懐かしくもあった。時折の夜風が心の熱をさらっていく。一丸となって進む時なのに立ち止らずにはいられなかった。
「八彩がいないと私たち戦えないの」
それは自身の力のなさを嘆いてのものだった。結局みんな彼に頼りきりになる。ベランダに出てきた八彩が消えそうな言葉を拾った。
「オレはみんながいないと戦えない」
「うそよ」
「本当だ」
サクヤは泣きそうな視線をぶつけた。八彩は穏やかな表情をしていた。
「お前は先の戦いで戦闘に加われなかったことを悔いているのかもしれない。でも、決意を示し参加した時から自身の戦いが始まっていることには気がつかないか」
サクヤは決意したあの日を思い返し、金のネックレスをにぎり締めた。八彩の首にもかかっているものだ。
「戦うといっても直接的なぶつかり合いばかりがすべてじゃない。抗うことそのものに意味があるんだ」
「抗うこと……」
「こうした活動を続けることで、世の人々に神道の支配が誤りであることを認識させる。宣伝、流布、布教、まるで宗教のようだがそうした意識を植えつけることで歯向かう心根を育てる。直接的な反抗も時に含むが、今取り組んでいるのはそうした布教活動の一環だ」
「みんなが神社に歯向かう日がやってくるの」
「世の中に人間が何人いると思っている。キメラとは比べ物にならない数の人々が世にはひしめいているんだぞ」
「力を合わせれば勝るというの」
外れてしまったベルゲンの目論見をもう一度為せる起死回生の策があれば、と念じていた。八彩はそれを肯定しているのだ。
八彩は静かに頷くと紅い瞳を月光に向けた。
「今オレたちがやっているのは小さな小さな布教活動だ。でも、いずれ人の意思が神社の統制に勝る時は必ずくる。だから今は辛抱の時だ」
「どのくらい耐えればいいの」
例えば力尽きるまで。それは言葉にできなかった。
八彩は手すりに寄って紙飛行機を投げた。それは悠々と風に乗り漆黒の闇へ消えた。
サクヤはその晩、眠ることができずに月影の映る窓辺を見ていた。周囲から聞こえるのは仲間たちのにぎやかな寝息だ。小さな寝息はトット、中くらいの寝息はロビン、一番大きな寝息はジェドだ。蛙の合唱のようで思わず笑みがこぼれる。
来宮で兄の仇が死んでいたのはショックだった。死を望んでいたが、できることなら自らで決着をつけたかった。そして八彩は戦いが終わったら組織を抜けろと来宮の戦いの前にそういっていたけれど、今となってはそれもできないような気がしていた。本気で抗っている人たちの決意を見てしまったからだった。
心で固まりつつある決意が本物であるか、
でもこれだけはいえる。ともに戦いたい。平和を願う人々とともに戦いたい。だからすべての決意は希望の羽に乗せよう。自身は翼を形作るたった一枚の羽根だ。でもその羽がなければ組織は飛び立てない。
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