第26話 キメラの本懐

 レジスタンスの構成員の多くは国営の銃器を生産するヤハル第二工場で働いている。工場といえどもコンクリートのような立派なものではなく簡素な掘立小屋だ。そこで朝の五時から夜の八時まで猟銃を組み立てるのだが、非常に目を駆使する仕事で一日仕事するとひどい目眩を覚える。雀の涙のような稼ぎの大半を税金として徴収されるので暮らしは楽ではない。それでも贅沢させてやりたいとシャノンの好きなイチゴのショートケーキを買って帰る。育ち盛りの娘に我慢をさせるのは忍びない。世を変えたいという切実な願い、苦しい暮らしぶりがその思いを後押ししていた。


 職場の休憩時間によく世間話する。安いコーヒーを飲みながらどこそこで何があったなど他愛もない話だ。だが腹には神社への愛する者を殺された復讐心が渦巻いている。懸命に働きつつ、銃器をくすね反攻の機会を待つ。貯まった銃器は既に五十丁を超えていた。


 それでも決起しない一番の理由は底力の無さだった。人はいるが層が薄い。いざという時の決め手がないのだ。脆弱な兵力では即座に駆逐される、最初は良くても後が続かない。


「準備は辛抱強くしなければいけない。恐ろしく強いキメラどもを相手にしなくてはいけないのだからな」


 事あるごとにそういってきた。一時の感情に身を任せ、反意を向けることはならない。


「どんなに腹立たしいことがあろうとも心を揺さぶられず、機会を待つ。好機が必ずくる」




 ベルゲンたちはキメラに少しだが食事を与えて丹念に看病した。キメラはそのせいか、もうほとんど快癒していた。元気になると暴れるのではと警戒したがキメラは大人しかった。


「オレたちはこの世界を変えたいと思っている。神社が力で人を支配する世界を。そのために力が必要だ」

「人はキメラに勝つことはできない。どんなに重火器を備えようともすべて徒労に終わる」


 手首の手錠がかしゃりと鳴った。それはキメラの彼だからいえること。だが懸命に準備していることを否定され腹立たしい気持ちにもなった。渋面へキメラが言を継ぐ。


「オレは八彩。翠宮の本尊だ。オレを押し留めるのは止めた方がいい。じきに追手がくる」


 知らされた事実にレジスタンスはひどく揉めた。翠宮の本尊とはすなわち唯一無二の神のキメラだ。ゆえに八彩の処遇は決まらず、かといって利用する術も思いつかないでいた。


「翠宮からの使者に太刀打ちできるか、今のうちに逃がすべきではないのか」

「チャンスをみすみす逃すつもりか」

「囲えるだけの戦力があって人質は初めて機能するということが理解できないのか」


 意見は割れて押し問答、良い裁断が浮かばぬまま一週間が過ぎた。その頃、巷より翠宮で帝が崩御し新たなる帝が即位したとの報が流れてきた。それに伴う新しい本尊の就任は組織を戦慄させた。それらの事実が八彩の語った真実の裏付けとなり、八彩は少なくとも戻るべき場所を失ったようだった。




「お前、逃げないのか」


 ベルゲンは逆に腰かけたイスの背に手を組んで置いて問うた。


「どこへ」

「お前はキメラだ。オレたちがお前を殺す見積もりであるとなぜ疑わない」

「他人のことがいえるのか」


 核心を突いたような言葉を吐く。彼に殺すつもりがあれば、自分たちはとっくに死んでいるのだ。やがて始終見張る必要はないと判断し、見張りの間隔を開けるようになった。


 拘束して二週間が経つが、ベルゲンは仕事の合間に納屋を訪れて自身の抱える思いを話した。世界のこと、神道を許せない理由、重税と重すぎる罪、子供が飴玉を盗んで鞭打ちになったことを苦しげに話した。


「神道のやり方は非道だ。オレたちはその世界を変えたい」


 八彩は思いをこめた言葉をやはり無表情で聞いていた。最初は彼の性格がつかめなくて不思議な気分だった。だがあまり思考が分からないタイプの人間だっているのだ、それがキメラであっても不思議はない。接するうちにそんな風に捉えるようになった。あまり話さない八彩だったが、名の意味を語った時にはベルゲンも肝が冷えた。


 八彩とは至高の八種の合成生物であるということ。そんな所まで遺伝子操作が進歩しているというのは恐怖の対象でしかなかった。


「お前は美桜とこぼしたな。お前にとってどういう存在だ」


 この問いかけでベルゲンは八彩を量ろうと決めていた。一拍開く。


「……大切な人だ」


 真剣な目にもはやどのくらいとは聞けなかった。それだけ思いが籠っていると感じたからだ。八彩は視線を合わせ「彼女を救いたい」と告げた。


 納屋を出てからも八彩の言葉を考えていた。彼には戦う理由がある。だが、キメラが神道に牙を剥くなど前代未聞だ。助力を願えば貸してくれるだろうか。神道に抗うキメラをシンボルとすれば組織としてより強靭に旗をかかげることができる。けれど思考した瞬間、あっという間に都合のいいことを思いつく自身が浅ましく思えた。暴力を宛てに戦うなどいつ決めたのだ。楽に逃れる心に釘を打つ。オレは一人でも戦うと決めたではないのか。




 八彩は納屋に残されて静かに目を閉じていた。気配して納屋の扉が静かに開く。赤い靴の小さな女の子がワンピースを着て立っていた。大人が誰もいない時にこんな所に、恐らく誰が招き入れた訳でもないだろう。


「ねえ、あなただれ」


 女の子は近づくと恐れもせず八彩の漆黒の髪に触れ、着物に視線を向けた。


「とても綺麗な着物。あなた天使」


 天使か、恐らくこの子がベルゲンの娘だ。答えない八彩に更なる言葉で話しかける。


「でも翼がない。どうして」


 欠損した翼はもう生えてこない。どんなに快癒しようとも取り戻せない。答えようとしたが、瞬刻、神経を襲う威圧に身構えた。


「くる」

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