第14話 決戦
戦いの旋律が秋風の舞う境内に響いた。不協和音を奏でながら飽和して息もできないほどの緊張感を作る。儚い紅葉が散るなか互いがにらみを利かせて二つの強大な力が天井絵のように絢爛な錦絵を描いた。金糸の髪が一つ揺れて刹那、獅子とタカの決戦が始まる。
八彩の剛力にはふり抜く腕のほうが壊れるような強さがある。目は十四年経とうとも死んでいない。獅音は拳を受けながら全身全霊で喜んだ。ああ、こういう戦いを望んでいたのだと。素早い連撃は腹に鈍痛を呼び起こす。痛みに悶えながら再会の時を喜んでいる。
「心が動くとはこういうことをいうのだろう。人間どもの戯言だと思っていたが気に入った」
獅音は傷みを満悦で受け止めたあと、瞳を輝かせ体重をかけた一撃を繰り出した。拝殿の木戸が激しく中へと吹き飛ぶ。八彩は両腕で胸をガードしながら拝殿に祀られた祭壇へと突っこんだ。金細工が豪華な音を立てて床に落ちてその上にくずおれる。
「八彩、オレは嬉しいぞ。腑抜けとばかり思っていたが大した力だ」
獅音が階段を上り拝殿の入り口を潜る。松明が崩れた祭壇の左右で静かに燃えて、獅子の自信に満ちた顔を照らし出した。無情の蹴りがふり注ぐ。木床が抜けそうになるほどの強さに抗えず金細工が下敷きになり高雅な音を立てた。
「くっ、がはっ」
背に突きささる金細工の傷みに声がもれた。
「とてもいい気分だ。そうは思わないか」
獲物の命を剥ぎ取るように足をゆっくり踏みこむ。松明が静かに弾けた。
八彩は裂かれる傷みに耐えながら、七度目に踏みこまれた足の甲をしっかりと片手でつかんだ。狂気を跳ねのけながら握力で骨ごとにぎりつぶす。獅音の顔が傷みに歪んだ。そのまま遠心力をかけ渾身の力で獅音を神像へと叩きつけた。釣鐘を打つような鈍音が響く。
「かはっ」
視界が眩むほどの傷みに獅音の声がもれた。すかさず繰り出された腹への一撃が荒ぶる魂を叩き割る。一撃目で背後の巨大な神像が後ろに傾ぎ、二撃目で獅音が血を吐き、三撃目で社が軋む音がして、四撃目が炸裂し神像がそのまま拝殿の壁を突き破った。
神像は吹き飛んだ勢いそのままに背後の本殿へと突っこむ。土ぼこりが舞って破壊の振動が境内中に響き渡った。霧散しそうになるほどの強烈な痛みが戦いの感覚を呼び起こす。獅音の頭に翠宮で幼き頃より殺傷してきたキメラの数々の姿が蘇った。八彩はそのなかで誰よりも強かった。まさしく強靭だった。その覇気に陰りはない。
高められた戦いの意思を感じている。ああ、これぞまさに信徒の求める戦神の御姿なのだと。獅子はよろめきながら半身を起こし、満足したように血で濡れた口元をぬぐった。
目の前でもの凄い戦闘が起きている。なのに心が動かなくて、サクヤはただ呆然と死体を見つめていた。変わり果てた憎い仇の剥き出しの目を。殺そうとしていたのに死んでいた。殺されていた。途端に兄の無念が吹き返しいっぱいになって涙とともに流れていく。
サクヤは立ちあがるとマシンガンを抱えた。持つ腕が震える。こんなに重かっただろうか、自身の決意はこんなに重かっただろうか。全身全霊をこめて叫びながら引き金を引く。
「うああああああああ」
照葉の体は蜂の巣のように無残になり、でもどんなに撃ちこもうとも血は流れない。弾帯が空になるまで引き金を引き、すべての嘆きを雄たけびに変えた。照葉は静かに死んでいる。もうすでに死んでいる。サクヤはすべての弾丸を撃ち終えると、悲しみのあまりその場に脱力し、天を仰いで嘆きを空に放った。
八彩の目には獅音の素早い攻撃がまるでコマ送りされているかのようにスローモーションに見えていた。獅音が右手をふり被る。首をずらし、軽やかに回避する。次なる蹴りがあごの真下から飛んでくる。両手でそれを受けとめ、空中で翻る魚のように跳ね、後ろに飛び退く。首を払う一撃がゆっくり迫り、首を後ろに反らす。
舞いの手本のように優美である、獅音は決して弱くない。むしろ強い。だが、自身の手元に残る余力はそれを凌ぐ物。勝てる。獅音の厚い胸の筋肉をねじりあげて体を空に打ちあげた。屋根が割け、獅音が夜空に舞う。それを追いかけ本殿の屋根へと飛びあがった。
漆黒の瓦屋根の上でもみ合いながら殴り合う。八彩の決めの一撃を寸での所で獅音がかわす。カランカランと心地よい音色を響かせ下敷きになった瓦が綺麗に割れた。剛腕で襟首をつかみ今度は獅音が馬乗りになる。入れかわると同時に砕けた瓦がいっせいに軒下へと滑っていく。激しい倒錯のすえ、獅音は八彩の首を絞め頭に打撃を撃ちこんだ。
端正な顔に血が流れる。拳が赤に染まり、ふり上げるたびに空に散る。とどめの一撃と大仰にふりかざした時、八彩の拳が獅音のこめかみを払った。獅音は屋根を転がり落ちて美庭へと着地した。息が上がるほどの疲労、肩で息をしてこめかみを押さえる。わずかに血がにじんでいた。八彩は間合いを取るように脚力を振るい、庭の対岸へと着地した。
「ひどく気分がいい。お前の全力か」
「お前の遊興につき合うつもりなどない」
燃え盛る瞳をぶつけ合う。双方の瞳の奥にキメラの本能が輝く。荒ぶる神を鎮めるのは相手の命たった一つ。獅音が上衣を脱ぎ捨て、胸筋を走る深い胸の古傷があらわになった。
「この胸を見るたびに初めて獅子を殺した時のこと思い出す。人生で感じた最初の喜びであった」
「吹聴する相手がいなかったか」
獅音は嘲笑すると自らのナイフのようなツメで右胸にスッと切りこみを入れた。微かな血が胸を伝い、指をぐいと差しこむ。肉の生々しい音とともに血が溢れ出て、ガラス玉のごとき紫色の宝珠が取り出された。獅音はそれをかかげ、爪先でつぶすと眼差し強く叫ぶ。
「オレは獅子よりも強い」
ビリビリと肌を刺すような覇気が八彩を襲った。宝珠は神社がキメラの強大な力を抑えるために埋めこんだ枷(かせ)だ。取りされば甚大な力を得て神の権化と化す。
獅音の神体に強靭なエネルギー満ちていく。筋肉が膨張して表情が引きつり、体の変化とともにふり切られた最後の理性が霧散していく。獅子は立ち上る覇気に呼応して笑った。
「華やかな決戦の舞台を用意しよう」
自らの姿に満悦すると大きく呼吸した。肺を満たすまで空気を吸ったあと、大きく吐息する。噴き出した強靭な炎は庭を囲む四方の渡り廊下の障子をすべて焼いて、やがて臭気が鼻を突いて天高く昇り始めた。
「本殿が燃えています」
「バカな」
周囲は分析官の声に慄然とした。モニターのなかで火の手が轟々と盛りながら金の宮を包みこむ。オーロラのごとき鮮やかな緑の炎が立ち上る。誰もが言葉を発せず絶望した。頭中にあるのは天からの処遇だ。不測の事態を招いたことは如何ともいい訳しがたい。翠宮から託された来宮の役目は地域を治めることであった。それが不穏分子の急襲を受けて夜空へと舞い上がるように燃えている。栄華が崩壊しようとしている。
上氏は立つと震える声を張り上げた。
「消火を急がぬか。来宮は翠宮から治世を預かった身なのだぞ」
「それが……」
分析官が言葉を発しようとした時、背後の扉が勢いよく吹き飛んだ。闇の向こうから重たい銃器を担ぐ音がする。
「動くな。動いた者はすべて殺す」
氏子たちは押し入る声に身を凍らせた。屈強な男たちがにらんで出口をふさぐ。
「全員拘束しろ」
部隊長の指示を受けてレジスタンスが警備局へとなだれこんだ。
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