第13話 懐古の風
参道は静かだった。手水屋を横手に見て阿吽の狛犬を越えると景色が一変する。見る者を圧倒する至高の姿に息をのんだ。贅の限りを尽くした楼門が豪奢な姿で燦然と輝いていた。施された金細工の細かさにその場のだれもが魂まで魅了され優美な姿を見上げた。
感嘆の声がそこここからもれてひそやかに石畳に沈んでいく。不遜の時代を象徴しているかのようなたたずまいだった。この楼門を越えるとまた石畳があってその先に拝殿、そのさらに奥に目指す本殿があって本尊がいる。楼門からは回廊が左右に繋がり、広大な敷地を囲うように四方を一周していた。陽動部隊が死線を超えようと戦っているのだろう。空に声と発砲音がまばらに響いて、硝煙の臭いが夜気に混じっている。
「みんな善戦しているようだ」
仲間が安堵したようにいった。でなければ今頃無数のキメラに囲まれてここまで到達することなど無理だった。ベルゲンの策が功をそうしているのだ。
それにしても、と太息する。金がかかっていることもそうだが、何より細かな配慮が行き届き品格が漂うそのたたずまいは感嘆物だった。伝統の格式を継承しながらもまったく違った新しい宗教の形を体現している。信仰する者ならばどんなに見惚れる景色だろう。
(生まれる場所が違っていたならば)
聞かせられたようなセリフでないがそう静かに吐いた。自身もこういう境遇に生まれついたのかもしれないと思えば妙な因果を感じる。
(人の生は分からない。わたしの生も、失われた兄の生も)
取り戻しようもない時間だけが静かに横たわっていた。
数分駆けて拝殿に到着すると見上げた。清楚な拝殿に楼門ほどの格はないけれど誰もが奥深さを憶える黄金の宮の唯一の木肌だ。古さから見て恐らく神道の強勢支配が及ぶ前の時代に建てられたものだろう。神道がまだ神道でなかった時代の名残だ。
ふいに八彩が棟木を見つめ表情をゆがませた。
「趣味の悪いことを」
明月に姿を現したのは夜風に吹かれ干からびた哀れな人形だ。影をまとった凄惨な輪郭を静かに照らしていた。臓物を貫いた棟木から血が滴り落ちて木の階段を伝っている。長い年月さらされた流木のように枯れた姿が男の哀れを醸し出していた。苦しみ開いた口からもれ聞こえるのは乾いた叫び。おぞましさに身が凍りみな、二の句が継げず押し黙った。
影がもう一つ絶命した男に重なり優雅にはためいた。黄金に霞まぬ美貌の毛並みに息をのむ。端正な面で拝殿の屋根からレジスタンスを見下ろし高らかと声を響かせた。
「百舌鳥の早贄という言葉を知っているか」
飾られた贄は獅子の残虐な心を満たすためのもの。獅子が棟木に突き刺さった男を勢いよく蹴り飛ばすと、蹴り上げられた体は棟木を抜け宙へと浮かび上がり、放物線を描いて石畳に落ちた。頭を打ちつけて首がぼきりと折れる音がする。男はすでに絶命して、異常な角度からサクヤをキツネ目で笑うようににらみつけていた。
「照……葉……」
真っ白な虚無が押し寄せた。サクヤは肝が震えて脱力しその場にへたりこんだ。無残な死が頭の中をかき乱す。復讐を誓った決意と目の前で失われた現実が入り乱れ嘆きの言葉は出てこず、心を縛る悲しみも表せず。
「久しぶりだな、八彩」
獅子は親しみの情をこめて名を呼んだ。素肌にまとう錦の着物が優美に輝く。
「本尊か」
「北の部隊の援護へ」
八彩の言葉にしたがい、仲間は八彩と絶望のサクヤを残して北へと去った。獅音は屋根から飛びおりると羽のように静かにゆっくりと着地して笑みを浮かべた。
「八彩よ、幾年ぶりか。都落ちしたと聞いてひどく悲しんだが。生きているとは思わなかったがオレは嬉しいぞ」
「再会を懐かしむつもりはない。本尊の地位を今すぐ退け」
獅音は堪えきれぬ歓びに支配されるように笑った。
「オレはこの頃命のやりとりをしたいと思っていた。お前とならそれができる」
言葉の端々に戦いへの飢餓がにじんでいた。獅音の体に満ちていく覇気が烈風となり渦を巻く。懐かしい高ぶりが八彩の心を洗った。どうしようもなく好戦的になる自分がいる。自身の中に組みこまれた神の遺伝子がそうさせるのか。そっと目をつむり念じた。気負うな、これは自分だけの戦いではない。仲間たちの顔を思い出し拳にこめる思いを確認した。
猛る獅子は強靭な生物へと姿を変えていく。出現したのは最上に鍛えあげられたライオンの上半身、トラの腕、シカのしなやかな脚、そして獲物を狩るワニの牙。見る者に絶望を抱かせる神の姿だ。獅音は人外の体で奇怪に笑う。
「なあ、こうしていると昔を思い出さないか」
過るのはかつて過ごしたあの優美の宮。飛び立つことの叶わなかった小さな鳥籠。
「そう、お前もオレも愚かだった」
決意だけを胸に。八彩はそっと目を閉じる。神経を心臓へ一身に注ぎ、自らもまた異形の化け物へと姿を変えていく。望まぬ力を抱えた者がふるう神の力、信じるもののためなら自身の不幸さえ
成体変化を終えた体を見て、獅音は含み笑いをした。
「八彩、翼はどうした」
かつて八彩が失った最大の力の象徴ともいえる翼。空を雄大に飛ぶタカの翼だ。
「翼などなくともお前には勝てる」
獅音が嘲り笑うようにくつくつと肩を揺らす。
「翼を失ったタカに何ができるというのだ」
「オレは一人ではない」
伸ばしたツメ先が狙うは獅音の首一つ。獅子が歯牙を光らせ笑った。
「タカが獅子に勝てると思うな」
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