第42話 友達

 時は少しさかのぼり、ダルキア属州やディエルナと帝都ロムティアをつなぐ、大動脈セプテントリオ帝国街道に跋扈する盗賊を討伐するためにバテルたちがディエルナから出陣した頃。


 クラディウス家の暗い部屋に、来訪者が来た。

 長い銀髪に、アメジストの丸い瞳。薄い褐色の滑らかな肌。

 光沢のある白絹のローブを纏い、小柄な彼女でも使いやすい細身で白銀の長い杖を抱えている。

 マギアマキナのリウィアだ。


 リウィアは、盗賊退治のため、バテルやマギアマキナたちが出払っている間のバテルの妹ディアナの護衛と居留守役を任されていた。


「うう、みんながいなくてちょっと緊張するけどお父さまの大事な任務しっかりやらないと」


 リウィアは杖を両手で握りしめ、ディアナの部屋のドアをたたく。


「バテル様からディアナ様護衛の命を受けました。リウィアです」


 どたどたと部屋の中から何やら音がしてくるが返事はない。


「ディアナ様? 大丈夫ですか?」


 何かあったのかもしれないとドアノブに手をかけようとした途端、扉が開く。


「わあっ!」


 開いた扉の奥、光のない部屋からディアナが飛び出してきた。


 ディアナは、その細い両腕でリウィアを羽交い絞めにするような形で抱き着く。


「ディ、ディアナ様!?」


 リウィアは混乱し慌てふためく。


「あなた、マギアマキナだよね。すごい人間みたい。バテルお兄さま、本当に約束を守ってくれた!」


 ディアナは喜びを爆発させ、頬をリウィアの顔にこすりつける。


「ディアナ様、お体に障ります。お部屋に入りましょう」


「わーすごい、力持ち」


 リウィアとディアナの背格好はそこまで変わらないが、マギアマキナであるリウィアはディアナを軽々と持ち上げ、部屋のベッドまで運ぶ。


「げほげほ」


 ベッドに降ろされたディアナが咳き込む。


「ディアナ様、大丈夫ですか」


「平気だよ。少しはしゃぎすぎただけ……」


 普段暗い部屋で一歩も外に出ずにディアナがあれだけ激しく動いた。反動からか白い肌からさらに血の気が引いている。


「ディアナ様、少しお休みになってください。私は外にいます」


「駄目だよ。やっと会えたのに。ほら、私は大丈夫だから、げほっ」


 ディアナは元気よく腕を上げてみせるが、やはり咳き込んでしまう。


「ディアナ様やはり」


「お願い、リウィア、私は平気、少しでいいから」


 ディアナは、縋りつくように懇願する。


 きっとリウィアがさらに説得すれば、聞き分けの言いディアナはリウィアの言うとおりにするだろう。それはバテルから知識を得たリウィアにはすぐに分かった。


「わかりました。私にできることならなんでも言ってください」


「やった。ありがと、リウィア」


 ディアナはリウィアの手を握り、満面の笑みを浮かべる。


「それじゃ質問。リウィアはマギアマキナなんだよね」


「はい。私はお父さまに作られたマギアマキナ第一号です」


「第一号、ってことは一番お姉さんなんだ」


「見た目は一番幼いですが、私がお姉さんなんでしょうか」


 第一世代のマギアマキナの生まれた日は、そう何日も離れていない。だが、確かにリウィアは言ってみれば長女だ。


「バテルお兄さまがお父様。じゃあ、お母様はイオ?」


「はい」


「ってことは、私はリウィアの叔母様だね」


「お父さま、バテル様の妹君なのでそういうことになります」


「私、まだ成人もしてないのに、同じ年くらいの子の叔母様なんて嫌だよ」


「では、どうしましょう」


「うーん、お姉さん、いやでもバテルお兄さまの子供だし……」


 ディアナは頭を抱えて、悩んだ後、


「そうだ!」


とひらめいた。


「友達、友達がいい」


「友達?」


 リウィアは首をかしげる。


「そう友達」


「ディアナ様は、お父様の妹君、私が友達なんて」


 リウィアも友達の意味は知っている。しかし、バテルに仕えるマギアマキナが、ディアナの友達などありえない。


「友達に資格なんていらない。友情は身分や立場なんかに邪魔されない。友達いたことないからわからないけど。きっとそう。それに」


 ディアナは、少し小悪魔じみたあどけない笑みを浮かべる。


「リウィア、できることならなんでもしてくれるって言ったよ」


「た、確かにそうですが」


 リウィアはたじろぐ。ディアナは馴れ馴れしくしていい存在ではないのだが、そのディアナ自身が友達になれと言っているなら、それに従うのが道理。生まれて初めて、リウィアは葛藤している。


「敬語もダメ。友達なんだからもっと、その、友達みたいな感じで!」


 ディアナも友達についてよくわかっていないようだが、リウィアの葛藤をよそにどんどん話を進めていく。


「わ、わかりました」


「むう、敬語」


「わ、わかったよ」


 リウィアは、ディアナの押しに観念した。


「それで友達って何をします……何するの?」


「よくわからないけど、遊ぼう。友達は一緒に遊ぶものでしょ。友情? もきっとそのうち生まれてくるよ」


 難しいことはよくわからないが、ディアナは遊びたかった。


 部屋から出ることのできないリウィアにとって同年代(のようにみえる)女の子と遊べることは何よりの喜びだ。


「私は護衛中で、遊ぶなんて」


「いいから、いいから、立っているだけなら変わらないよ。護衛ならなるべく近くにいた方がいいでしょ。ほら、このゲーム、私得意なんだ。対戦しようよ」


 ディアナは、ベッドのわきからボードゲームを引っ張り出してきて並べ始める。


「うん、わかった。なら少しだけ……」


 しぶしぶリウィアも了承する。


「これは、ストラベラガ。この盤上で駒を動かして戦うゲーム。さきに王の駒をとった方が勝ち。もうバテルお兄さまじゃ相手にならなくて対戦相手を探していたの」


 ディアナは、意気揚々と駒を並べ始める。


「それでね。騎士の駒はこう。魔導士の駒はこうやって動かせる。ね、簡単でしょ」


「うん」


 ディアナの説明をリウィアはすぐに理解した。


(シンプルなルールだけど、戦術は無数にある。すごく奥深いゲーム。けれど……)


 リウィアはマギアマキナだ。マギアマキナは人間の何倍もの情報処理能力を誇る。特に魔術マギアを得意とし、マギアマキナのなかでも賢いリウィアならばなおさらだ。この手のゲームは覚えてすぐに達人の腕前になってしまう。


「習うより慣れよ。まずは私から」


 ディアナが駒を前進させる。


 するとリウィアは迷いなく駒を動かす。


「お、やるね。なら私はここ」


 再びディアナが駒を動かす。


 リウィアのうち筋に迷いはない。


「ふふ」


 ディアナは、もう何も言わず、微笑をたたえて駒を進め続ける。


「むむむ」


 何十手目かになると今まで、迷いなく打ち続けてきたリウィアの手が止まる。


 少し考えこんだ後で、駒を進める。


「あ、そこか。なら、これで」


「あっ」


 勝負が決したことをリウィアは悟る。


「はい、私の勝ち」


 リウィアはあっさりとディアナに負けてしまった。


「もう一回!」


 リウィアは興奮した様子で再戦をせがむ。もはや護衛のことなど頭にない。


「いいよ。何度でも相手してあげる」


 その後、数度対戦したが、リウィアは一度も勝てなかった。


「か、勝てない。ディアナ。すっごく強い」


「リウィアもすごいよ。始めたばかりなのに、ここまで勝負しがいのある相手は初めて!」


 ディアナは興奮しきっている。きっとバテルなどではディアナの相手にもならなかったのだろう。


(何十手も先を読んで、考えうる最善の手を打っても、それを上回ってくる。マギアマキナの私でも歯が立たないなんて、ディアナは、すごい才能を持ってる)


「リウィアはストラベルガ面白かった?」


「うん、このゲーム、すごっく面白い。もっとやりたい」


「ふふ、よかった。ま、私には勝てないけどね」


「望むところ!」


 ディアナとリウィアが顔を突き合わせて笑いあう。誰の命令でなくとももう立派な友達、いや親友だろう。


 だが、楽しい時間は長くは続かない。


「なんだか外が騒がしいね」


 ディアナが外の変化に気づく。ディアナの部屋は閉め切られているが、それでもわかるほど人々の声がぼやけながらも聞こえてくる。クラディウス家の屋敷でも奥にあるディアナの部屋に聞こえてくるなら相当の騒ぎだろう。


「お父さまたちが帰還したのかな? 少し見てくる」


 リウィアは、様子を見るため部屋を出る。


「お、ちょうどいいところに」


 部屋を出ると天井からマギアマキナのエルが下りてくる。


「エル。どうしたんですか」


「少しまずいことになったよ。魔物だ」


「そんな……」


 平和だったディエルナの町は急転直下、魑魅魍魎の跋扈する危険な状況に陥り始めていた。

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マグナ・アルケミア~辺境貴族の三男坊、万能錬金術で最強のゴーレム軍団を作り上げる~ 文屋 源太郎 @jyunryou

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