第41話 ディエルナが燃えている
バテルたちは、フィリアとハース、助け出したエルフ一行を加え、ディエルナへ帰路についていた。後ろには拘束された盗賊たちがガイウスたちマギアマキナに監視されながらぞろぞろと続いている。
「ウロボロス、
フィリアはバテルの説明に首をひねった。
「結局、なんなのよ」
「いや、断片的な情報ばかりでそれが何を意味するか。本当につながりがあるのかもわからない」
「何にもわかってないじゃない」
「だから何か手掛かりがないか聞いているんじゃないか」
錬金術師のシンボルであるとされる無限龍ウロボロス。
「龍の森に現れた魔物の皮膚にウロボロスの刻印があった。そして今回も」
バテルは、羊皮紙を一枚取り出す。
「よく見てくれ」
「何も書いていないけど」
フィリアが目を凝らしてもその羊皮紙はまっさらなままだ。
「ああ、何も書いてない」
「馬鹿にしているの」
「これは盗賊どもの砦から見つかったものだ。盗賊らしくもなく几帳面な連中で奴隷の取引をしっかり記録していた。ほかの羊皮紙には、捕まえた人の名前やどこに連れていくかなど詳細に書いてある」
バテルが出したほかの羊皮紙には事細かに情報が記されている。とても粗野な盗賊とは思えない。どこかの商人のようだ。
「その中に混ざっていたこの羊皮紙。一見、未使用に見えるが、ほかの書類に混ざっていた。明らかに不自然だ」
「何か仕掛けがありそうですね」
ハースはすでに仕組みに気が付いたらしい。
「ご明察。見えないが、魔術陣が刻んである。こうやって特定の手順で魔力を通してやると」
バテルが羊皮紙に魔力を通すと文字が浮かび上がってくる。
「こんな、からくりが」
フィリアは目を丸くする。
「用心深いことに文章も暗号化されていて詳細な内容まではわからないが、ここ」
バテルが、羊皮紙の端を指さす。
「尻尾を加えた龍……」
「ウロボロスですね」
小さかったが、フィリアとハースにも、はっきりと見えた。
ウロボロスの紋章が刻まれている。
「どこかの錬金術師がただサインとして使っているのか。もしくは……」
「何らかの組織のシンボルマークか、ですね」
バテルとハースの予想が一致する。
「ハースさん。なにか知りませんか」
「私もウロボロスという単語には聞き覚えがありません。ただ関係あるかはわかりませんが、今から五百年以上前に悪名高い錬金術師がいたのを覚えています」
「悪名高い錬金術師?」
「はい。名は確か、ゾシモス」
「ゾシモス、魔王ゾシモスか。実在していたのか」
バテルは帝国の昔話を思い出す。
かつて建国したばかりの帝国に災厄をもたらした魔王ゾシモス。建国帝ロムルス・レクスによって討伐されたと語られていたが、五百年以上前の話であるため実話であったかどうかは半信半疑であった。
「ゾシモスはいた。しかも錬金術師だったのか」
長命な種族であるエルフが言っているのだ。実在は確かだろう。
「ええ、私も聞いた話で恐縮ですが、建国帝に倒されたのち、危険視された
ハースが語る。
「どうりで誰も
とすると一つの疑問がバテルの中に浮かぶ。
(なぜ、クラディウス家には
バテルが
(弾圧も北の辺境までは及ばなかったのか)
当時、弾圧を奇跡的に逃れたのかもしれない。そうでなければ、バテルと
(
バテルの扱う
「もっとも私もまだ子供だったので、覚えているのはその程度です。長老なら何か知っているかもしれません」
青年にしか見えないハースが笑う。
「五百年前の話じゃ……さすがはエルフだ」
「こんなに若作りしてるけど、ハースはもうおっさんよ」
とフィリアが言うが、
「若作りってレベルじゃないけどな」
とバテルは苦笑いする。
「帝国にとって
「お役に立てたのなら光栄です」
「錬金術師のはしくれとしてウロボロスについてはもう少し詳しく調べてみる必要があるな」
依然としてウロボロスの正体は不明だが、北部の安寧を脅かす存在であることは間違いない。
「さあ、もうすぐディエルナだ。もうすぐ日も暮れる。今晩はディエルナで休んでいかれるといい。温かい食事とベッドを用意します」
「人間の町なんて」
「フィリア様。皆疲れ切っています。ここはバテル様のご厚意にあずかりましょう」
人間を信用していないフィリアは不服のようだが、解放されたばかりのエルフたちは疲れ切っている。ハースの説得でなんとかフィリアも納得する。
「バテル様、あれを」
ディエルナを目前にして、イオが震えた声で言う。
「どうしたんだ。イオ」
「ディエルナが……」
イオは、その優れた視力で誰よりも早くディエルナの町をその目に捉えた。
すぐにバテルも状況を理解した。
「ディエルナが燃えている……」
沈み始めた太陽を背に、ディエルナの町は燃え盛り黒煙を吐き出していた。
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