第40話 エルフたちの行方


「私は、アルセイデス族のハースと申します。先ほどは我が主フィリア様がご無礼を致しました」


 ハースが丁寧に頭を下げる。


 容姿は、人間の十八歳ほど美男子にしか見えないが、その物腰の柔らかさと落ち着きは、長い時を生きてきたことを感じさせる。


 どこか子供っぽいシンセンより、もしかすると長生きなのかもしれないと思わせるほどだ。


「私は、クラディウス家のバテル。わが父クラディウス伯に代わり、ディエルナの領主代行を務めている。ここには盗賊退治に来たのだが、エルフであるフィリア殿とハース殿はなぜ」


 バテルも自己紹介をする。


「近頃、同胞が人間に攫われているのです」


「なっ、エルフを人間が? しかし、一体どうやって」


 エルフは、外界に滅多に出ることはない。エルフの領域で攫おうにも、エルフの防衛網を突破することは容易ではない。


「わかりません。万全の守りのはずですが、かなりの人数が攫われてしまいました」


「ふん、ずいぶん平和だからって父上たちは人間を信用しすぎたのよ」


 フィリアは、まだバテルたちを警戒している。


「それは由々しき事態だ。古き盟約に従い。我々にできることがあれば何でも協力しよう」


「それはありがたい」


 バテルは、すぐに捕まっていたエルフたちの下へ行く。


 当然、虜囚の身となっていたエルフたちは、人間にひどくおびえている。


 しかし、ぶすくれた顔でバテルの横に立っているフィリアを見るとエルフたちも少しは安心したようだ。


「栄養状態があまりよくなかったようだ。体も傷ついている。さあ、これを飲んで」


 バテルが傷ついたエルフたちに、ルビーを溶かしたような赤い液体の入った小瓶を手渡す。


 捕らわれの身となっていたエルフたちは、フィリアの精霊術アルヴギアで、清潔にこそなっていたものの、長い牢屋暮らしで傷ついた体はまだ治っていない。


「ちょっと、変なもの飲ませないでよ」


 フィリアがバテルから小瓶を奪い取り、地面にたたきつけようすると慌ててハースが止める。


「お待ちください! フィリア様!」


「ちょ、ちょっと」


「見てください。フィリア様。これはポーションです」


「こんな血の色みたいなポーション見たことないわよ」


「当然です。これはただのポーションではない。神の霊薬と呼ばれるエリクサー」


「これが神の霊薬ぅ?」


 フィリアは、ハースから小瓶を取り上げ、振る。


「人間がそんなもの持っているわけないじゃない」


 イオとウルは険しい顔になるが、


「あはは、確かに、そんなに大したものじゃない。師匠の持っていた薬を真似ただけのまがい物だ」


 とバテルは頭をかく。


「だが、効果は折り紙つきだ。試しに一口」


「ええ」


 ハースはバテルに勧められ小瓶の赤い液体を一口飲む。


 すると体が光り輝き、疲労が抜け、わずかな傷も治癒して、肌がより滑らかになった。


「いい気分です。体中の疲れが溶けて消えてしまったようだ。こんなに気分がいいのは何百年ぶりか」


 ハースに実演して見せられたエルフたちも飲む。


 すると傷ついた体が見る見るうちに快癒していく。


「美しいエルフには、ふさわしい服が必要だ」


 バテルは、錬成陣をいくつも展開し、錬金術アルケミアで、ボロ布のようなエルフたちの服を作り替えていく。


「どうだ。ファビウスほどとはいかないが、なかなかのセンスだろう」


 バテルが作り替えた色とりどりの華やかな衣装に、傷ついたエルフたちの心も少しは晴れた。


「素晴らしい。どのような術なのですか」


 ハースは感心する。長く生きてきたが、エルフにはこの手の術者はいない。


錬金術アルケミアだ。もの造りが得意な術で、霊薬もドレスも簡単に作れる」


錬金術アルケミア。古くに聞いたことがあります。これほど複雑な術を容易くできるのはバテル殿くらいでしょう」


「いや、うちの師匠ほどじゃないさ」


「お師匠殿に、ぜひお会いしたいものです」


「ハース、人間相手になに馴れ馴れしくしているのよ」


 相変わらずフィリアは人間を警戒している。


 ただ、きらびやかな衣装をエルフたちが見せ合い喜ぶ姿を見せて、フィリアも多少はバテルたちを信頼したようではある。


 バテルは、マギアマキナたちを捕まっていたエルフの警護につかせた。


 喜びもつかの間、ハースが暗い顔に戻る。


「ハース殿。まだ何か困りごとが?」


「バテル殿。実は、まだ一部の同胞が行方知らずなのです。捕まっていた者たちによるとどこかに連れていかれてしまったらしいのですが、我々は外の世界に疎く検討もつきません」


「ふむ、なるほど。どこかに売られてしまったのかもしれない」


 思案するバテルの下にアンフィがゴーレム馬で駆けてくる。


「父上。気になるものが」


 バテルが、アンフィから薄汚れた羊皮紙を受け取る。


「これは……捕えたエルフの移送先か。二か所あるな。一つはエピダムか。もう一つはサルミゼ……」


「どこなのよ! それは!」


 フィリアがバテルの胸ぐらをつかむ。


「お、落ち着いてくれ」


「お嬢様」


「ふんっ」


 ハースにいさめられ、フィリアは、手を振り払う。


「エピダムは帝国最大の港町だ。奴隷の盛んに取引も行われている。合法なのも違法なのもだ」


 帝国では奴隷が盛んに取引されている。


 北部ダルキア属州には、あまりいないが、労働力を多く欲する帝都や大規模農園を有する他の属州には多い。


 奴隷は、戦争によって得た獣人が多いが、人間もかなりの数取引されている。人間の場合、借金のカタに自分を売り払った債務奴隷というのもある。


 人間であれ獣人であれ、公に取引される場合、帝国法の下で一定の保護を受けるが奴隷は奴隷。奴隷身分から解放されるには相当な困難が待ち受けている。


 一方、エルフの奴隷が流通することはない。帝国はエルフとの古くからの盟約にエルフの奴隷を禁じている。ゆえに今回攫われたエルフたちは非合法に取引されるはずだったのだろう。非合法に取引される奴隷の場合、その境涯は悲惨の一言である。


「エルフや獣人を売り物にするなんて。人間の野蛮さには吐き気がするわ」


「それに関しては恥ずかしながら同意するしかないな」


 帝国人にとっては奴隷が常識的な存在で経済を支える重要な役割を担っている。それに加えて奴隷の多くは、異民族や敵国との戦いで得られた戦争奴隷だ。そしてその最大の獣人奴隷の供給地こそ、北方の最前線ダルキア属州である。クラディウス家もその点、奴隷制度には大きく加担してきたことになる。


 だからこそ前世を知るバテルには嫌悪感しかない。


 だが、ここで帝国の奴隷制について論じても事態の解決にはならない。


「もう一つは、サルミゼ。属州総督のお膝元。ここダルキア属州の州都だ」


 バテルは、首をひねる。


 エピダムは、理解できる。バテルも商売を始めようとしている巨大商業都市だ。もちろん奴隷取引も盛んである。


 一方で、サルミゼは、不自然だ。確かにダルキア属州の州都でそれなりの規模を誇る都市ではあるが、奴隷を売るなら断然エピダムだろう。


 それに州都でエルフの奴隷が取引されているなど当然のことながら噂にも聞いたことがない。表には出ない裏のマーケットが存在する可能性がある。


「行くわよ」


「どこへですか?」


「決まってるでしょう。その人間の集落よ」


「お待ちください。お嬢様。エピダムは帝国最大の都市、盗賊を見つけるのとはわけが違います。うっそうと茂る森から一枚の葉を見つけるようなもの。闇雲に行ってもかえって時間を損じてしまう。一度、策を練りましょう」


「同胞が今この時も苦しんでいるのよ。一秒でも放っておけないわ」


「お嬢様……」


 フィリアの悲しみと怒りに満ちた表情にハースも言葉を詰まらせる。ハースも気持ちは同じである。


「フィリア殿。俺たちにもエルフを探すのを手伝わせてくれないか」


 バテルが言う。


「誰が人間の力なんて借りるもんですか」


「俺たちの方が帝国には詳しいし、人手もある。一緒に探した方が効率がいい。それに今回保護したエルフたちも故郷に返さなきゃならない。安全に帰れるよう兵を出そう」


「そんなこと、あんたたちにやってもらわなくたって、私だけで十分よ」


「お嬢様! ここはバテル殿に協力を仰ぐべきです」


「人間なんか信用できないわ」


「私たちだけでは手詰まりの状態です。ここは同胞のためにもこらえてください」


「むむむ」


 フィリアもわかってはいるが、やはり嫌なものは嫌だ。


「もちろん信用してくれとは言わない。だが、俺たちは、エルフと敵対したくない。それにこのことは、他の貴族には言わないつもりだ」


「なぜですか? もし協力して頂けるなら、より多くの貴族に伝えていただいた方が」


「いや、それはまずい。このエルフ誘拐には、おそらく貴族も一枚噛んでる」


「なんと……」


 ハースは、驚愕し、


「盟約を蔑ろにするなんて、どこまで腐っているの」


 フィリアは、怒りに震える。


「ウロボロス。この言葉に聞き覚えはないか?」


 とバテルは、問いかけた。

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