第39話 神速の剣姫


 バテルたちは、盗賊狩りをガイウスたちに任せ、盗賊砦の周辺を探索していた。


「やはり、おかしいな。イオの言ったとおりだ。こいつらは盗賊らしくない」


「はい。この砦も盗賊にしては、綺麗すぎます。それにあのガイウスと戦っていた全身鎧の男。まるで貴族の騎士です」


 イオが怪訝そうに言う。


「どこかの貴族が盗賊の真似事をしていたのか? 砦や兵士たちを養うだけでかなり金がかかる。貧乏な村から少し掠め取ったくらいじゃ割に合わないだろう。何か別の目的があったのかもしれない。もう少し、探索してみよう」


「バテル様。あの洞窟のあたりから複数人の気配がします。盗賊とは違う。強い魔力。感じたことのない気配です」


 イオは、魔力回路を持つ生物なら必ず放つ微弱な魔力の波動のようなものを感じ取ることができる。


「よし、そこにいこう」


 イオとウルは頷き、バテルについて行く。


「バテル様、目の前に何者かが潜んでいます」


 洞窟に近づいたところでイオが、バテルを止める。


「え?」


 月明りしかない暗闇でバテルの目には誰かいるようには見えない。


 ウルもイオ同様、その瞳に何かをとらえている。


「こそこそしていないで出てこい。下郎」


 ウルが何もいない空間にむかって言い放つ。


「人間のくせによく私の認識阻害を見抜いたわね」


 術を解き、一人の少女が姿を現す。


 白い肌、若草色の髪、翡翠の瞳。


 そして長い耳。


 エルフの少女だ。


「エルフか。どうしてこんなところに……」


 バテルは、驚く。


 エルフと言えば、自分たちのテリトリーから出ることはまずない引きこもり種族だ。


「なぜかって、あんたらに捕まった同胞を助けるためよ。人間!」


 エルフの少女は、怒りに満ちた目で、バテルたちをにらみつける。


「待ってくれ。俺たちは盗賊じゃない」


「下手な嘘ね。この私をだまそうとしても無駄よ。人間」


「ずいぶんと賢明なエルフ様だ」


 エルフの少女の決めつけにバテルは辟易とする。


「ふふん、人間のくせにわかっているじゃない。さあ、同胞をどこに連れて行ったのか吐いてもらうわ。精霊よ」


 エルフの少女は、精霊術アルヴギアで風の剣を作り出す。


「バテル様。あのエルフ、頭に血がのぼっているようです。少し頭を冷やしてもらいましょう」


 イオが拳を構える。


「待て待て。話し合いで解決しよう。エルフと問題を起こすのはまずいぞ。かなりまずい」


 エルフと帝国は、対等な同盟関係にある。もし、この勘違いによるいさかいが外交問題にでも発展すれば、ただでさえ北の国境線に敵を抱えているのに、さらに内側に敵を作ることになる。


「ふん、腰抜けのご主人様ね。獣人。あんたも人間の奴隷になって、こき使われてないで、私に協力しなさい。人間を敵とする者同士悪くはしないわ」


 エルフの少女は、イオに手招きする。善意なのだろうが、その態度は高圧的だ。


「……エルフは高慢ちき。お師匠様の言う通りですね。頭を冷やすだけでは足りないのかな」


 イオは、怒髪天を衝く勢いで、怒りを燃やしている。


 だが、イオが飛び掛かる前に、


「はっ!」


 ウルが抜剣し、エルフの少女に襲い掛かる。


 エルフの少女は、風剣でウルの剣を受け止める。


「ふーん、やるじゃない。盗賊の情婦風情が」


 つばぜり合いながら、エルフの少女はウルを挑発する。


「やめろ、ウル。早まるな」


 バテルが制止するがウルは、さらに剣を押し込んでいく。


「お許しください。父上。私をいくら愚弄しようが構わない。父上が剣を収めろと言えば、引く。だが、父と母を侮辱されて黙っているわけにはいかない」


 壮絶な怒気が、魔力となって、ウルの体からあふれ出る。


「こいつ! 精霊よ。我に力を!」


 エルフの少女は、風を纏い、ウルの剣を受け流して、後ろに下がる。


「ウル。お前の気持ちはありがたいが、一旦、落ち着け。エルフと事を起こしてはダメだ。取り返しのつかないことになる」


「お許しください。いかなる罰でも受ける覚悟。もし事となれば、私の首ひとつでご勘弁願います。ここだけは引けません!」


 ウルは、エルフの少女とつばぜりあったまま振り返りもしない。


「馬鹿野郎。お前の首ひとつでどうにかなるもんか」


「バテル様。娘が、私たちの娘が、あそこまで言っているんです。見守りましょう」


 ほんの少し前まで怒り狂っていたイオは、穏やかな表情に戻り、なぜか嬉しそうににまにまと笑顔を浮かべている。


「……はあ、仕方ない。エルフのお嬢さんには頭を冷やしてもらうとしよう」


「お任せください。父上、母上。死なない程度に痛めつけてやります」


「ずいぶんと舐められたものね。人間が上位種であるエルフに歯向かうなんて」


 エルフは、魔力の扱いに長け、人よりもはるかに長寿な種族。エルフの少女は、侮辱ではなく事実として言っているのだろう。


「それにさっきから父上だの母上だの何を言っているの? 人間が父親で、獣人が母親? 頭がおかしいんじゃないの?」


 外の世界に疎いフィリアは、疑問に思う。


 人間の父と獣人の母、実際のところ、帝国には人間と獣人のハーフは少ないながら存在する。だが、森の奥地に住む純血主義者のエルフからすれば、異種族の夫婦など考えられない。


 ましてやウルは、その二人の子供にしては似ていないし、背格好も違う。


 そんなことを言い始めれば、そもそも、バテルもイオも人間や獣人の基準では、まだ子供で、盗賊という断ずるには無理があるが、そこは世間知らずのエルフ。


 自分たちの基準で考えれば、姿かたちが子供でもそれなりに生きていると思うし、そもそも人間がどういう歳の取り方をするかもわかっていない。


 常識を説いたところで、バテルは、ウルの創造者であるが、父ではないし、イオも実母ではないから、エルフの少女が混乱するのも当然ではある。


 もっともエルフの少女が、いささか視野狭窄であることは否めない。


「人間は、百年かそこらで死ぬし、精霊の声も聞けない。そんな人間が、百年以上練り上げてきた私の剣に勝てると思っているの? 滑稽ね」


 フィリアは、鮮やかに風剣を振るう。


 その動きに一切の乱れなく、美々しい。


「私が人間だったら、勝てなかったかもしれないな。敵を見誤り過小評価する。貴様の方がよほど滑稽だぞ」


 ウルは、剣を構える。


「は?」


「バテル・クラディウス家臣、ウル」


「人間は、盗賊でも名乗りをあげるのね」


「エルフには誇りがないか。それとも礼儀知らずの田舎者か?」


「いいわ。冥途の土産に教えてあげる。私は、アルセイデス族のフィリア。覚悟なさい」


 風を纏ったエルフの少女フィリアが先に攻撃を仕掛けようとした瞬間、ウルが距離を詰めて来る。


(早いっ!)


 なんとか目で追い、剣で受ける。


「精霊よっ!」


 フィリアは、精霊の力をその身に宿し、五感と筋力を最大限まで高める。


(おかしい。耳は短いし、獣人でもないから人間のはず。なのに後ろの人間と魔力の流れが違い過ぎる。不自然に整っている。まるで誰かに作られたみたいに)


 勘のいいフィリアは、戸惑いながらウルと剣を交わす。


 彼女も初めて森から出てきたので聞き知っていること以外は、何も知らない。人間を見たのも初めてだ。マギアマキナなど知るはずもない。ゆえに魔力の流れを敏感に感じ取るエルフであってもウルの正体に気づかない。


「精霊よ。刃、風の如く舞い、敵を斬り裂け!」


 フィリアは、距離をとりつつ、精霊術アルヴギアで風の刃を作り出し、攻撃する。


 風刃は、まさに疾風怒涛。威力速度共に高いうえに数が多い。人間の魔術マギアでは、とても敵わない。


 ウルは、魔力を練り、身体機能を向上させ、神速の剣技で風刃を撃ち落とすが、すべてをさばききることはできず皮膚を引き裂かれる。


「あのエルフ、強いですね。マギアマキナのウルと剣で互角に渡り合っている。それにあの精霊術アルヴギア魔術マギアよりも早いし、応用力があります」


 イオは、ウルとフィリアの戦いを眺めながら分析する。


 マギアマキナはバテルによって作られた存在だ。いくらエルフといえども、身体能力の差は歴然としているはず。


 だが、フィリアは、激しい攻防において一歩も引いていないどころか、ウルを圧倒してすらいる。


「あのエルフの言葉を信じるなら百年も剣を磨いてきたんだ。むしろ生まれて間もないウルが対抗できていることがすごい」


「千年生きているお師匠様のせいでつい感覚がおかしくなっちゃうけど、百年。人の一生分ですね」


「師匠も途方もないが、エルフだって、五百年前、帝国とやりあってた戦士が生きているような連中だ。もしかしたら、あのエルフもまだ若いほうなのかもしれないな」


 人間のバテルからすれば気が遠くなるような話だ。


「五百年、お師匠様ほどではないにしても強そうです。戦ってみたい……」


 イオがしっぽを盛んに振る。どうやら闘争本能に火がついたようだ。


「ま、待ってくれ。エルフとのいさかいはこれっきりだ」


「むしろ拳を交えたほうがお互い分かり合えると思います」


「それは、イオだけだろう」


 イオの脳筋ぶりにバテルは、呆れる。いや、これが獣人らしい価値観なのかもしれない。


「さっきまでの威勢はどうしたの!」


 フィリアが鮮やかな剣裁きでウルを押している。


精霊術アルヴギアによる遠距離からの攻撃など多彩な搦め手も合わさって、ウルは、防戦一方だ。


(強い。百年練り上げたというのは嘘ではない。精霊術アルヴギアでの強化だけで、私の動きについてくるなんて)


 ウルは、剣を振るいながら、フィリアをよく観察していた。


(シンセン様から手ほどきを受けているとはいえ、私たちマギアマキナは、未熟だ。まだ戦闘経験も少ない)


 実際の戦闘は能力の高さで決まるものではない。


 戦い方というもので、ウルは後れを取っている。


(それでも)


 とウルは思う。


 マギアマキナには他の種族より圧倒的に優れている点がある。


 それは、極めて高い学習能力だ。


 ウルは、フィリアと剣を交えながら、学習していた。


 相手の動きを分析し、自分の動きの無駄を排除していく。


 他の種族なら感覚で掴むまでに何年もかかるようなことも、ロボットや人工知能に近しいマギアマキナならすぐにやってのける。


(くっ、私が押され始めてる……。なんなのこいつ……どんどん強くなっている。さっきまでと別人)


 フィリアは、段々と相手の剣が自分を上回り始めたことに焦る。


(それにこの馬鹿力!)


 剣を受け止めるたびに体に響くほどに重たい。


(私は、剣術だけを磨いてきた。その剣で負けるわけにはいかない)


 千術万法を駆使するシンセンの手ほどきを受け、他のマギアマキナたちが自分に適した様々な術を習得していく中で、ウルはいたってシンプル、剣術だけをひたすらに磨いてきた。あとは単純な身体能力強化の術を使う程度だ。


 その点で、蒼渦術ハイドロギアという水を操る術を使いこなすマギアマキナ一の猛将ガイウスよりも搦め手のない真正面からの戦い方だ。


「少しはやるようになってきたわね」


 フィリアは、ウルの重たい剣をいなし、一度距離をとる。


 少し息が荒くなってきた。


 だが、まだ常時精霊術アルヴギアで風を纏い続けている。


 一方のウルは、呼吸ひとつ乱していない。


 マギアマキナである彼女には疲労というものがない。


 それでも、確実に消耗している。


「私も本気を出した方がよさそうね。神衝術テウルギア……」


 フィリアが、新たな術を行使しようとした瞬間、


(異常な魔力の高まり。未知の術。ならば、使われる前に仕留める)


 ウルは、神速の一撃を放つ。

 

 フィリアには、予備動作すら見えなかった。 


 斬撃は、衝撃波となって、フィリアを襲う。


 フィリアの全身の魔力回路が活性化して光を放ち、体に流線型の文様が浮かび上がる。


「そこまでです。お嬢様!」


 突然、戦闘中のウルとフィリアの間に竜巻が巻き起こり、一人の青年が姿を現す。


「あっ」


 ウルが気付いたときには、斬撃は青年に向かって飛んでいっている。


 もはや止める術はない。


 もうおしまいだとバテルは青ざめる。


 一方、エルフの青年は、ウルの必殺の一撃を片手で受け止め、もう片方の手で、フィリアのおでこをはじいた。


「あいた!」


 フィリアは、悲鳴を上げて術を解く。


「なにすんのよ。ハース」


「お嬢様、誰彼構わず暴れすぎです。ほら、冷静になって、よく見てください、明らかに盗賊ではないでしょう」


「だって人間よ。盗賊は人間なんだから、人間なら盗賊よ」


「またそんな暴論を……。無茶苦茶ですよ」


 青年エルフ、ハースは頭を抱える。


「なっ……」


 ウルは、呆然としていた。渾身の一撃を簡単に、しかも片手で弾かれた。


「あのエルフ」


 イオの全身の毛が逆立つ。


「ああ、相当の手練れだ。底が見えないのはシンセン師匠以来かもな」


 バテルは、冷や汗を流す。


 もし、あんな化け物じみたエルフとまともに戦っていたら、ただでは済まなかっただろう。


(いや、イオなら負けはしないか?)


 イオにシンセン、そしてあのエルフ。もうバテル程度では、その力の差などわからない。


「お父様。申し訳ありません。マギアマキナとして不甲斐ない。悔しいです」


 ウルは、涙を流す。


「まだまだ世界は広いな。ウル。でも、大丈夫。もっと強くなれるさ。マギアマキナの可能性は無限大だ」


 バテルは、しゃがんだウルの頭を優しくなでた。


 子供が長身の美女をあやす。


 異様な光景ではあるが、ウルは年相応、幼子のように満足そうである。

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