第2話

 二人して、塩むすびにかじりつく。

「美味しい」

「良かった。私が作ったんですよ」

「へえ、そうか」

 縁側に腰掛け、脚をぶらぶらさせている。いつか見たはずの光景に、目がくらみそうになる。私も竹林に目を向ける。かと思うと、隣人がすっくと立ち上がる。どうにも目のやり場に困る。

「私の制服姿を見て驚きましたね」

「それは」

 もちろん、初見から子供だと認識してはいた。子供は学校に通うものだ。では、この感情は何なのか。

「ありがとう」

 縁側に膝をつき、両手で右手を包み込む。

「男か女かもよく解らない子供を受け入れてくれて」

 唐突に理解する。涙がこぼれ落ちる。

「僕は君だから好きになった」

「うん、ありがとう」

 子供が抱きつく。ブラウス越しに、小さな背中に触れる。

「良かったんだね。私は私のまま、男の子のまま、女の子で良かったんだ」

 嗚咽がこみ上げる。

 大丈夫だよと背中を叩かれる。あの日、投げ捨てた言葉。

「あなたは、名前どおりの人よ」

 全身を震わせて、否定する。

聡明そうめいなものか。こんな、こんな素晴らしい未来が在り得たのに。僕には、見えなかった」

「いいの、いいのよ」

 身体を離し、目を合わす。

「あなたの誘いを断ったのは、私だもの。それは、髪を切っていなかったから。自分から変わろうとしなかったから」

 私が知っているはずの子供は、すでに巣立ってしまったような遠い印象を与えた。

「今の君は、幸せなんだね」

「ええ、そう」

 名残惜しそうに、再び、私の手に触れる。

「行ってきます」

 駆け出すのは、私の恋人。

 私はあの子に、桜を重ねはしない。いつか正倉院の近くで見たすみれを思い出す。夕景の中、凛と咲くその姿を。

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塩むすびと短髪 神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ) @kamiwosakamariho

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