塩むすびと短髪
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
薫る桜並木を、駆け抜ける。
早朝の気配に、馴染む藍色。背負っているのは、竹刀と防具。
その様は、野生の鳥を思わせる。
ふと、白い顔をこちらに向ける。立ち止まり、足踏みしながら手を振る。誰か知り合いでも居るのだろうか。
ぼうっとしていたら、「あなたですよ」と川を挟んでもよく通る声で言われた。すぐに橋を渡って、こちらへやってくる。
その子供は、品よくにっと笑ってみせた。胸の奥で、ぽっと何かが灯る。懐かしい。私はこの子供を知っている。どこかで会ったことがあるのだろうか。そう、口を開こうとした。即座に、その疑問も吹き飛ぶ。
「おはようございます。今朝は良い朝ですね。桜が満開です。こんな素晴らしい朝にあなたと私が愛し合わないなんて、ちょっと考えられませんよね。さあ、どうします」
はつらつとしている。え、と思うこともなかった。
「そのとおりだね。じゃあ、行こうか」
私は自然と手を取って歩いていた。
「今日はやけに早いんですね。私はいつも朝練でこの道を通るけど、この時間にあなたを見たのは初めてです」
「ああ、うん。今日は、たまさか早く目が覚めて、ごみを出してきたついでに散歩にでもと思って」
「早起きして良かったですね」
笑い声が耳に心地良い。
「早起きすると、本当にお得なことがあるものだね」
腕にからみつき、こちらを見上げてくる。
「私も嬉しいです。あなたと会えて」
「ところで、その朝練はいいのかな。誘いに乗っておいて、言うことでもないと思うけれど」
「ああ、これですか」
言われて、竹刀に目が向く。
「私、髪の毛を短くするのを父に許してもらいたくって」
「ああ」
確かに、髪の毛が短い。
坊主とまではいかないが、床屋に行ってきたばかりにも見える。
白いうなじが目に眩しい。
「だから、剣道の朝練なんか、どうだっていいんです。今までも、髪のために真面目に参加してきたから、今日くらい、大目に見てもらえると思います。体調が悪かったと言えば」
「まあ、たまにはそういう日もあるだろう」
棒読みだった。
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