第5問目 カチリ!

「次、この問題」


 (-12)-(-9)+(-7)+(+18)


「この答えは?」

(……さっぱり分からん。マイナス9を引くとか意味不いみふなんだけど)


 ――分かってる。

 先生だって多分、ちゃんと説明してくれてた。

 なのに相変わらず、私の頭にはちーっとも入ってこないんだもん。


 今は、五時限目の数学。

 めっちゃ眠い。

 眠気ましに窓の外を見る。


 ……いい天気。


 そう言えば部活、今週中には決めなきゃならないんだっけ。

 ちょっと前まであれやりたい、ここに入ろうかなとかワクワクしてたのに、今はとてもじゃないけどそんな気になれない。

 もちろん――例のアホくさい勝負のせい。


 アホくさいけど、みんなの前で宣言しちゃったからね。

 今さら逃げるわけにはいかない。

 でも……正直、土下座する未来しか見えない。


(そう言や昨日は変な夢、見たなあ)


 遠くに見える駅前のビル――塾の前の変な女の人――妙な呪文……


(ふふ、手の甲を三回タップして、ステータスオープン! だっけ?)


 トントントン――――ヴンッ!


「わわっ!!」


 思わず立ち上がった私は、勢いあまって後ろの伊海いかいくんの机に背中から倒れ込んでしまった。


「おわっ!」

「ごっ、ごめっ!」


 何とか踏みとどまった私に、教室中の視線が集まる。

 先生も何事かと、呆気あっけにとられた様子で私を見ている。


「ど、どうした、我妻あがづま……」

「あ、あの、いえ……何でも、ないです」


 緊迫きんぱくした空気がふっとゆるむと、あちこちからクスクスと笑いが起き始めた。

 いじわる三人組のつつみさんとかは、あからさまに私を指さしてバカにした感じで笑っている。


 でも――そんなことは正直、どうでもいい。

 ほっぺたが熱くなるのを感じながら席に座ると、私は自分の左手をじっと見た。

 今は……特に変わったところもない。


 さっきは、確かに――


    ◇


「どういうことなのよ!」


 目の前の柱の上で、セシルが困ったような顔をしている。

 インコのくせに。


「言ったじゃん、夢じゃないってさ」

「だからって! だからって……あんな……」


 今、私は昨夜ゆうべの夢と同じ場所にいる。

 そう――来れちゃったのだ、また。

 腰に手をやってぷりぷり怒る私に、セシルがしれっと言う。


「これでボクの言うこと、信じる気になったでしょ?」

「言うことって?」

帆月ほづきにはのろいがかかってるって。この世界で頑張れば算数がちゃんと出来るようになるんだよって」

「……夢じゃなくて?」

「うん」


 くやしいけど、あの教室での出来事が夢じゃないなら、こっちも夢なんかじゃないって信じざるを得ない。

 あんな……本当にステータス画面が手の上に出てくるなんて……。


「でもさ、今寝てるんだよね? 私」

「そうだね」

「じゃあ夢じゃん」

「それならさ、次に寝る時にはあの合言葉を唱えずに寝てごらん?」

「あのって、あの?」

「そう。まああんまりオススメしないけどね」

「え、どうして?」


 やれやれって肩をすくめるセシル。


「だって、時間がないんでしょ?」

「あ……」


 そうだった。

 次の数学の小テストまで、もう五日しかない。


「帆月もいろいろ聞きたいことがあるだろうけど、今ボクがいっぺんに話してもきっと分かんないよ」

「……」

「だから今のところは依頼クエスト、頑張ってみたら?」

「むう」

「そうすれば分かってくることも、きっとあると思うよ」


 インコにさとされるのも何だか微妙びみょーだけど、この子の言う通りかも知れない。


「分かった。とにかくやってみるよ」

「よし! じゃあ早速、次の依頼をこなそう!」


    ◇


「何でゴミ拾いなんてやらなきゃならないのよ!」

「まあまあ、この街の地理を覚えるためだよ、きっと」

「それにしたって、五袋分って結構な量だよ?」

「街がきれいになれば、気持ちもいいしさ。頑張って、帆月!」

「むう~」


    ◇


「今度は解毒げどくそうを十本か……」

「頑張ってこいよー! 帆月ちゃーん!」

「……ねえ、セシル」

「何?」


 算数ギルドの中に、いつのまにか食堂みたいなのが出来てた。

 その厨房ちゅうぼうから、知らないおじさんが声を掛けてくる。


「あの人、誰?」

「きっとさっきの依頼で現れたんだよ。酒場のマスターさ」


    ◇


 私の手の中に、最初に取ってきた回復かいふくそうと、たった今、裏の薬草園から採取した解毒草十本がある。


「これを薬屋さんに届けるのね?」

「そうさ。店まではボクが案内するからね」

「ゴミ拾いの時に見つけたじゃん。思いっきり『薬』って書いてあったし」

「さすが帆月! えらい!」

「……そうかな?」


    ◇


「はいお姉さん、届けた草の受取うけとり証です!」

「お疲れ様でした、我妻あがづま様。拝見します」


 薬屋では、草を一本渡そうとするたびに問題が表示されたのだ。

 めっちゃ時間がかかった。

 苦労してもらった紙をしげしげと見つめるギルド受付のお姉さん。

 わくわくして待つ私。


「では我妻様、左手をこちらに」

「はい、どうぞ!」


 私が差し出した左手を、いつものようにお姉さんがぷにっと指で押した。

 すると――依頼達成の時よりまぶしい光が私の左手を包んだ。


「わわっ!」

「おめでとうございます、我妻様。これであなた様はゲストステージから、『鉄のステージ9級』にランクアップされました」

「やったーっ!!」


 その時、飛び上がる私の頭のどこかで「カチリ」という音が聞こえた気がした。

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