第11話 最終話 配信開始‼
目標を定めてから、わたしは一直線に走り出すだけだった。家で宿題をしなくて済むように学校で出来る限り終わらせてきて、家ではお風呂とご飯を終わらせたら後はひたすら絵を描く日々。デザインが固まった時点で後、二週間という所だった。
セルフ受肉Vtuverとして活動しているから、自分で頑張らないといけばい。一人の孤独も、将虎が応援してくれるから頑張れる。
活動再会予定日三日前に、わたしは新しいブロッサムを書き上げた。
久しぶりの配信に、わたしは前日の夜に当日慌てないように、配信の確認を始める。
今日は土曜日で、久しぶりの雨で合わせて時々遠くの方で雷が鳴っている。
将虎は珍しく友達に遊びに誘われたから、天気が悪い中出かけていた。夕方六時になってもまだ帰って来ていない。
ぴしゃーん
大きな音と同時に部屋の中が暗くなる。わたしは起動いていたパソコンの画面が真っ暗になる。
「ふぇ」
同時に部屋の中が真っ暗になった。
わたしは、遠くで雷がなっているのに安心してしまっていた。いつ近くに落ちても危ないから、配信準備を終了しておくべきだった。
ブロッサムの新しい衣装がやっぱり気に入らなくて、変更作業をしていて、上書き保存をしていなかった。
ブレーカーを確認しようと立ち上がろうとした瞬間、部屋の電気が付き、わたしはパソコンを急いで再起動させる。
「どうしよう、どこにもデータが、無い」
データのバックアップを取っておくのが当たり前なのに、わたしは油断してバックアップを取るのを忘れてしまった。
急いで将虎に連絡して、パソコンに詳しい友達に助けてもらうのが、最善かもしれない。
だって、ヌイッターで新衣装の公開日カウントダウンをしていたら、皆「楽しみにしてる」って反応をしてくれる。
「公開日をズラしたく、無い」
わたしの配信を楽しみにしているリスナーの、期待を自分の不注意が原因で裏切りたくない。
「やるしか、ない」
間に合わないかもしれない。それこそ、好きになってくれた人達の期待を裏切ることになるけど、一ヶ月全力で頑張ってきたのを無駄にしたく無いから。
わたしは急いでお絵描きソフトを起動し、記憶に残っている新しいブロッサムを、描き始めた。
一時間後、帰宅した将虎が、一緒にご飯の食べている暇なんて無いのに、晩御飯の準備をしてくれた。
腹が減っては戦はできぬ、と昔の人は真理を付いている。ご飯の準備が出来たと声をかけられたら、お腹はぐうっと鳴り、わたしは急いでリビングに降りて行った。
「進捗どう」
席についてすぐ、将虎はワクワクと言った表情でわたしに質問をしてくる。今日はわたしの大好物の炒飯餃子セットなのに、全然心が踊らない。
いつもなら、将虎の餃子も食べようとするんだけど、今日は目の前にあるのを食べ切るので精一杯かもしれない。
一時間でまだ線絵も終わっていない。どこまで書き込んだか、必死に思い出している所で、何かが足りない気がしてしまう。
お腹が空いていても、心が慌ててるから、ご飯の味がしない。
「大丈夫、だから」
ご飯を食べる手を止め、唇をキュッと結ぶ。自分の大失敗を、将虎に甘えて助けてもらうのが情けない気がしてしまう。
「どうして泣きそうな顔してるんだ」
「はえ」
心配そうな顔をしている将虎に対して、わたしは、気の抜けた声を出してしまう。
「いつもの強がりどこ行ったんだ」
箸を置き、将虎がわたしの言葉を待ってイルカのように、真っ直ぐ見つめてくる。
隠し切りたいけど、ブロッサムの活躍を楽しみにしている人を裏切るのが本当は、一番ダメなんじゃ無いかな。
「データが飛んじゃったの」
短い言葉だけど、掛けてきた時間が戻る訳じゃないから悔しい。
将虎に馬鹿と言われそうで、わたしは瞬時に顔を背ける。
「バックアップは」
言葉になんの感情も含まれていない気がするして、わたしはテーブルを凝視していた。
「取り忘れました」
はぁっと、将虎の溜息を吐く声が聞こえ、と視界の端にスマホを取り出す様子が見えた。
「江、悪いんだけど明日朝イチでうちに来れるか?パソコン関係の急用。……え?分かった一回だけ手伝うから、悪い詳しいことは明日話すから」
「将虎くん、今のは」
「パソコンに詳しい友達に助けを求めた。アイツならきっと大丈夫だと思う」
ニッコリ笑う将虎に。初めて会った時の情けなさはなくて、頼れるお兄ちゃんらしさがあって、わたしは思わず泣き出してしまった。
「ちょ、大丈夫だって。江はパソコンめっちゃ詳しいから、明日朝イチで来てくれるっていうから、お前は明日の配信に備えて体調整えろ」
「うん」
配信できないと思ってたのに、さっきまでは絶望の淵に居たけど、希望の光が見えてきた。
配信をしているのは、わたし自身で、わたしが一番楽しいことをする。好きになって欲しいのは、ブロッサム。
自分自身であって少し違う人存在。
もう一人のわたし。
明日は最高のわたしを見せるんだ。
『やっほー。久しぶりの配信、見に来てくれたみんなありがとう』
元気な声が久しぶりにスマホの画面から聞こえてくる。
朝イチで江が姫香のパソコンを修理しに来てくれた。お礼は俺が体で払う、モデルの仕事を一回手伝うことで話がついている。
推しを全力で応援した結果だから、後悔はしていない。
復活配信を俺は、自分の部屋のスマホで見ていた。姫香が隣の部屋で配信をしているのかと思うと、不思議だった。
配信を応援するだけで俺の事なんか知らなかったのに、両親の再婚で自分の推しているVtuberの中の人が義理の妹になるだなんて、誰が予想した。
普通のオタクな俺の内心は、推しと一つ屋根の下、一生分の運を使い果たしてしまった気がしてならない。
『少し、雑談してからみなさんの楽しみにしている新衣装を公開します!!』
弾む声がとても耳に心地よくて、普段からこんな可愛い声で話して欲しいって思う。
スマホの画面に映し出されているブロッサムは、黒いシルエット姿で新衣装と思われる。
イメージの衣装だけは相談したけど、完成図は見せて貰ってないから、俺もワクワクしている。
画面の右下に、昔の画像の顔だけ貼っている。好きだった顔が変わると思うと、一抹の寂しさを覚える。でも、新しいブロッサムの道が始まるのかと思うと、雑談は良いから早く見たい。
『新衣装には変わるけど、まだ環境が整えられてないからLive2Dに出来てないけど、早く動いているわたしを、お届け出来るように頑張ります。ゲーム配信、参加型も視野に入れてますので、続報をお待ちください』
必死にマイクに向かって、喋っているのを想像してしまう。本人を目の前にして言えないけど、可愛い妹で、ずっと妹という立場に居て欲しい。家族なら、切れない関係でいられるから、絶対に切れる関係にはなりたくない。
俺が今まで見てきた中で、今日は一番同時接続者数が多い。十人もいる。
『新衣装出る前に一つだけ皆に謝らないといけないことがあって、配信も今まで見たく毎日できないかもしれなくて、でもでも、配信の時は必ずヌイッターで告知するから、みんな楽しみにしててね』
ブロッサムの言葉がひと段落すると、思い思いにコメント欄が溢れていく。一つ一つのコメントに対して丁寧に返答をしていく姿が、目に浮かぶ。中学生と言うのを知っているのも、俺だけで、何に言葉使いはとても丁寧で、俺より日本語をちゃんと使いこなせているのが羨ましい。
コメントにはブロッサムを応援している声が多いの多いのに、嬉しくなる。
『皆、ありがとう。それじゃ、新衣装を公開しちゃいます』
コメントを一通り読み終わると、カウントダウンもしないで、いきなり画面が切り替わり新しい姿のブロッサムが登場する。
淡いピンク色の髪の毛を耳の上でツインテールにして、瞳は金色は変わっていないはずなのに、髪の毛の影の入れ方が上達している。
ぱっちりお目目で吸い込まれるような、金に俺は息を飲む。
一番驚いたのはお気に入りと言っていたワンピースから、一転頭にはウサギの耳が生えていて、腰回りには可愛いフリルの短いスカート。西洋のドレスのイメージよりもどちらかと言えば、バニーガールの装いに近いかもしれない。
色は髪の毛の色に合わせてピンク系統の服になっている。
『わたしの好きな動物、うさぎさんをモチーフにしました。可愛いでしょ??』
テンションの高くなるコメント欄に、ブロッサムは笑っていた。
『驚いて欲しくて頑張った甲斐がありました』
ふぅっと、一仕事を終えたブロッサムのイラストが、動かないはずなのに、笑ったように見えた。
俺は目を擦るが、イラストはなんの変化もなかった。
『皆、今日はありがとう。また、配信するからその時は見にきてくれると嬉しいです。それじゃぁ、またね、バイバイ』
スマホ画面が、“配信見てくれてありがとう”という画面に切り替わって、俺はほっとした。
推しのVtuberが義理の妹になって、その配信を小さなスマホを片手に、隣の部屋で一生懸命見るだなんて、一体この世界の男の人がどれ位体験する?
きっと誰も信じてくれない、二人だけの秘密を、浸っていると部屋を元気にノックしてくる音がする。
「さっきの配信なんだけど」
推しがリアルに居る、その現実を受け止めながら、俺は扉を開けた。
推しのVtuberが義理の妹だった件 綾瀬 りょう @masagow
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