第10話 ブロッサムは私の一部

 起きている時はずっと、新しいブロッサムの事を考えている。


 活動を休止して二週間が過ぎ、ヌイッターを更新していても、一番に反応してくるのは将虎。徐々にファンの人が増えてきた所で、配信をお休みするのは不味かったかな。


 わたしは窓際の一番後ろの席で、校庭で体育の授業でソフトボールをしているのをぼうっと眺めながら、社会の先生の話を何と無く聞いていた。


 もう一つの顔って言ったら厨二病っぽいかな。わたしの大切なブロッサムをどうやって成長させようか、早く配信をしたい。新しい家族にバレたら困ると思ったけど、将虎に知られてしまった今、隠れてやる必要は無いから、わたしの準備が整い次第すぐに配信を始めてもいいのかもしれない。


「次の答え、清水分かるか」


「すみません、聞いていませんでした」


 普段なら答えられるはずなのに、ぼうっとしていて答えられなかった。クラスメイトの視線がわたしに集中する。普段真面目で通しているわたしが答えられなかったからか、意外そうな視線を向けてくる人も要れば、何処か楽しそうな表情の人もいる。


「来年受験だろ、しっかりしないと置いていかれるぞ」


 先生の視線は鋭く、わたしは頷く事しかできなかった。


「気を付けます」


 代わりに隣の席の人が先生に当てられ、わたしを一瞬睨むような視線を向け、しどろもどろになりながら回答している。


 教室の中で、わたしがVtuberとして活動してるって思う人は何人くらい居るのかな。わたしは誰一人として、活動をしているって思っている人は居ないって、思うわ。


 前の席の人が「俺配信してるんだ」って言っても、きっとわたしは信じない。


キーンコーンカーン


お昼のチャイムと同時に、各々友達の元へ移動し始める。わたしは一番後ろの席に居るから、違うクラスの颯がお弁当を持ってくるのを待っている。小学校時代からの友達で、部活動も陸上部で一緒だった。


席に来るなり、颯は不思議そうに、瞬きをする。身長は155センチ、髪を肩で切りそろえている。制服は真面目に着こなし、スカートは膝丈で、大きな瞳が小動物を連想させる。


 陸上部の科目は棒高跳びで、しなやかに飛び越える姿がわたしは好きだった。


「どうしたの、今日は一段と無言だね」


 慣れた手つきでわたしの前の席の椅子をわたしの方に向け、向かい合わせでお昼を取る。


「颯」


 親友にも秘密の活動。毎日一時間やっていた配信が、わたしの楽しみになっていた。配信しないストレスが溜まりそうだから、早いうちに再開しようと計画している。


 わたしは、将虎が作ってくれたお弁当を広げ始める。


 何が食べたいか聞かれたから、好きな物を上げまくったら、殆どをわたしの好きな物を敷き詰めてくれた。


「今日の姫香のお弁当豪華じゃない」


 颯が覗き込んでくる。のり弁希望でおかずは、唐揚げ、玉子焼き、ハッシュドポテトにプチトマトが入っていると嬉しいと伝えたら、全部入っている。


 将虎が女子力高いのを、認めざるおえない。


「再婚した相手の人が作ってくれたの」


 詳しく追撃される前に、言うと、颯は何処か嬉しそうだった。


「すごい、材料費出すから私も一回作ってもらいたい」


 再婚した相手の子供、将虎が作ったと言っていないだけで、嘘は言っていない。


「姫香の家に行ってみたくなっちゃった」


「ごめんね、まだ許可取れてなくて」


 遊びに来る場合は、機材を全部わたしの部屋から撤去しなければならない。バレずに配信し続けるのは、思っていたよりも大変だ。颯は勘違いしたのか、ブンブン両手を横に振る。


「しょうがないよ。相手の家に引っ越したんでしょ?色々片付けとかあったりするだろうし」


 私が颯に言っても良いって思えたらもう少し気が楽になるかもしれない。


 颯は何かを思い出したようにスマホを取り出し、嬉しそうに笑いかける。


「最近この人、気になってるんだよね」


 お弁当箱をどかし、颯が見せてくれた画面には、最近わたしが気になっているVtuberの人のヌイッター。


 颯は夢中になって、ヌイッター画面をわたしに説明してくれる。


「すごく可愛いの」


 はにかむ颯。


 気になり始めた理由は、企業に所属している彼女は、デビュー配信後からメキメキと人気を上げて行っている。同じ企業の先輩が消えていく中で、彼女は二ヶ月足らずでテレビ出演した。


 彼女のモチーフは、王女様の様なフリフリのドレスは薄色のピンクがベースで、オフショルダーの胸元にショート丈のドレス。


 瞳の中が、キラキラと輝く空をイメージしているのか、散りばめられた星が目を引く。群青色の中に、黄色い星に、とても可愛いと思う。


「姫香どうしたの」


 画面を見せられて、固まってしまい何も返答が出来なかったわたしのことを不思議そうに颯は覗いてきた。


「ごめん、テレビで見た事があって驚いちゃって」


 咄嗟に嘘をついたわたしに対して、颯は不思議がることもなく、嬉しそうにVtuberの説明を始める。


「でしょ!伝説が始まった瞬間を見れてて、嬉しいんだ。偶然配信初期から見れてるんだ。先輩Vの人のちょっかいのちょっかいに対しての返しが鋭くて、漫才聞いているみたいで、楽しいの」


 自分のブロッサムに関して聞いている訳じゃ無いけど、ドキドキしてしまうリスナーの本音。知りたいけど、知りたくなくて、わたしを推してくれているリスナーがお兄ちゃんになったから、怖いけど話を聞くことができる。


「颯もVtuber好きだったんだ」


 わたしは颯と殆ど、Vtuberについて話したことがない事を思い出す。中学一年生の頃から配信をしてきてるけど、颯の好きな配信者を聞いたことなかった。


 颯はスマホを自分の方に向け、指を動かしながらわたしの質問に答えてくてる。


「好きだった歌を、聞きたくて調べてたら偶然、歌ってみたっていうのを見つけたの。キッカケはそれかな」


 颯が見せてくれた画面は、さっきの人気Vtuberではなくて、歌い手として名前を見たことのある人のものだった。


「新しい推しが増えるのって、嬉しい?」


 推しは増えていくもの、変わっていくものな印象がある。わたしの大好きな人は変わってないけど、増えたり減ったりしているのは事実。デビューしても消えていく人も居る中で、頑張って行こうって決めたから、わたしはわたしのできる全てを懸けて頑張りたい。


 わたしの質問に、スマホから視線を外す颯の瞳は真剣なものだった。


「嬉しいよ。増えすぎちゃうと大変だけど」


 今のブロッサムのままじゃ、決して手に入れられない所をわたしは目指している。


 キーンコーンカーン


 お昼休み終了の合図に、颯はいつの間にか食べ終わっていたお弁当箱を手に持ち席を立つ。


「ごめん、姫香。次移動教室だったの忘れてた」


「ううん。わたしこそ、ごめん」


 クラスの違う颯が、名前の如く素早く教室に戻って行く。


 わたしは配信再開日に向けて頑張る事を、改めて胸に刻んだ。


 わたしが求められるようにならないと、誰もファンがついてくれないって事。努力は裏切らないから、絵の練習をより一層すべきだっていうこと。


 目標は定まった、後はわたしがどれだけ頑張れるかが、勝負。

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