第9話 身近で応援だなんて、ドキドキしちゃう
家に一番最初に帰るのは俺で、夕ご飯の準備をすることが度々ある。今日は母さんが作り置きして行ってくれたので、特にやる事がない。
「ただいま」
誰も居ない家で、家族ができたのに、両親が忙しくて中々四人揃うことは難しいけど。
俺は自室に直行し、机の横に鞄を置いて急いで私服に着替えて、スマホを片手に机に座る。机で勉強するよりも好きな配信を見ている事のが多い気がする。
ブロッサム以外で推しているVtuberの「向日葵」の動画を探す。もう二度と新しい動画が更新されない伝説の人。暖かな口調でリスナーの悩み相談に答えていくのが人気で、新しい動画が更新されなくても、再生回数が増えていく人。
俺はスマホを立てかけて、向日葵の動画を再生する。
向日葵という名前の通り、黄色いカラーを全体的に使用しており、肩までのボブカットに、大きな瞳、服装はメイド服というものだった。
『向日葵の人生相談始まるよ』
『助手のコウモリです。向日葵のいう事全てを真に受ける必要はありません』
向日葵の肩に乗るイラストで、黒いコウモリが喋り出す。向日葵とは対照的で爽やかな声の割にツッコミが鋭く、二人の掛け合いが聞いていて心地よい。
『コウモリくん、その言い方には棘を感じるんですが』
『純真無垢な子が、言われたことを鵜吞みにして告白した場合の責任は取れません。事前に予防線を張るのは当然じゃないですか』
ふと、コウモリの声に既視感を覚える。最近配信を見ていなかったけど、どこかで聞いた気がする。
『向日葵の助言を参考にしてもらえると嬉しいけど、外れる事もあるから!!って言っておきます』
『そういう事ですね』
クルクルと表情の変わる向日葵。明るく元気な彼女が、病気で亡くなったとコウモリの動画配信で知った。コウモリは向日葵が居なくなっても、時々ゲーム配信などを今でも続けている。仕事で長時間の配信は限られていて、一か月に数回程度しか動画が上がらないけど、好評していた。コウモリのゲーム配信も今でも、時々見ている。ブロッサムとは違い、ゲームを淡々とやるだけだけど、俺みたいにストーリーを見たい人からすると、助かる。
向日葵はコウモリと掛け合いながら、質問BOXに溜まっている質問を読み上げていく。
『皆、私に聞きたいことが多いみたいだから一生懸命回答していくわ。まず一つ目は・・・』
向日葵の声を聞きながら、人気になる秘訣ってなんだろう、と改めてしまう。
一生懸命配信していても、伸び悩む事もあるし、絶対に人気になる保証なんてどこにもない。
向日葵がどういて今も人気なのか、話し方が優しいだけが理由じゃない気がする。
セルフ受肉のセルフプロデュースの大変さは俺が思っていた以上で、本当に力になれるのか不安になってきた。
「ただいま」
玄関の開く音と、姫香の声がする。
俺は長い時間物思いにふけっていたのか。好きで動画を暇さえあれば見ていたり、ヌイッター確認を頻繁にしているだけじゃ、姫香の求める姿に近づく為のアドバイスが不可能だ。
「将虎君、居ないの?」
一階から俺を探す声がする。慌てて階段を降りていくと、リビングに居た制服姿の姫香が、俺の顔を見て、ご飯の催促をしてきた。
「今日のご飯は」
「母さんが作ってくれてるから、温めるだけ。今準備するから、着替えて来いよ」
「分かった」
姫香は俺が思っていたよりも不器用で、料理全般が苦手みたいだ。一新さん曰く自分が居ないところで大怪我されると怖いから、料理をさせてこなかったとのこと。それを聞いた料理好きの母さんは「なら、私が休みの時に教えるわ」と嬉しそうにしていた。
冷蔵庫に入っていたのは、ハンバーグ。朝のうちに炊き忘れ防止で予約スイッチを入れていた炊飯器が、タイミングよく炊き上がる。大体姫香の帰ってくる時間に合わせて、タイマーをセットしていた。
冷蔵庫に入っていたキャベツと豆腐を使い簡単なサラダを作り、温め直したハンバーグなどをテーブルにセットしていると、TシャツとGパンに着替えてきた姫香が顔を出す。
「ありがとう」
夕飯の準備を俺がしていると、お礼を言ってくれるくらいのコミュニケーションはとれる様になった。年下の妹に料理をして欲しいとは思ってないけど、仲良くなったら手料理を振る舞ってもらいたいという野望を秘めている。俺がたまに夕飯を作っていると、姫香は気づいていない。母さん直伝の料理は、味付けも受け継いでいる。
テーブルに向かい合う様に座り、姫香の前に茶碗を置く。初めの頃は何を話して良いか分からなかったけど、秘密を共有してから話題が増えた。
今日、江から仕入れた情報を話してみようと口を開く。自分でも調べているはずだから、当然知ってるかもしれないけど、俺と姫香との間で持っている情報の違いが無いか、確認。俺はパソコンについてちっとも詳しくない。
「パソコンのスペックの話だけど」
「うん」
姫香のご飯を食べ進める手が止まらない。運動部に所属しているからか、俺のイメージしていた中学生女子よりもよく食べる気がする。
「スペック高ければ高い方が良いんだな。金額見てビックリした」
俺は食事中だけど、スマホを取り出し今日江に教えて貰ったサイトを開く。
誕生日の祝いでお願いするのにも高いなと、改めて画面を見て思ってしまう。
Vtuberの配信を楽しく見ていた俺には、年下の女の子が努力して、全身全霊で作り上げているブロッサムをもっと応援したくなってきた。
ご飯を食べる手を止めないで、姫香は俺のスマホの画面を見て、ため息を吐いた。
「やっぱりパソコンに詳しい人も、それ位のスペックが必要って言ってた?」
「聞いてない」
「はぁ」
俺は食べるのが早いから殆ど食べ終わっていた。姫香は俺の言葉に箸を落としそうになりながら、真正面から俺の顔を凝視する。
「ごめん。配信してるってバレない聞き方が思い浮かばなくて」
嘘は言っていない。俺が配信するって誤解されても困るこから、突っ込んで聞けなかった。
姫香はリスの様に頬をプックリ膨らませる。
「ネットで調べても大抵同じ様なことしか言ってないから、最低スペックでも良いのか知りたいのに」
「未成年のお前で簡単に買える金額じゃないだろ」
予算がある限り、一番高い物を買うべきだと言っていた江。Vtuberを始めるのに、未成年という立場はマイナスでしかないのかもしれない。
そう言えばブロッサムは、自分の年齢を一切口に出していなかったのは、そう言ったことも理由にあるのかな。
「パパがパソコンを買い替えるタイミングで、お下がり貰うつもり」
「お下がりって、欲しいスペックの物とは限らないだろ」
「知らないの、パパ生粋のゲーマーなの。今持ってるパソコンもゲーミングパソコンよ。古いから動作が悪くなってきてるけど」
姫香は残りのご飯を口に運び始める。確かに、姫香の部屋にあったパソコンのキーボードは光っていた気がする。ゲーミング機器の特徴。
配信環境が整っていれば、姫香はリスナーを楽しませる配信をもっとしてくれるって事だよな。
期待で胸がドキドキしてきた。俺は姫香の、ブロッサムの成長を目の前で見れるのがどれ程贅沢なのか、やっと分かった。
蛹が蝶になる瞬間を、特等席で拝める立場に居るんだ。
「将虎は気が付いてないかもしれないけど、ペンタブだって高いんだよ。わたしがイラスト好きだったからパパが買ってくれて、パソコンゲームに興味ある事話したらお下がりで使ってたパソコンくれて。直接お願いするには高いから、今の環境で最大限のパフォーマンスをするわ」
「おう」
最後の一口を飲み込んだ姫香の目力が女の子の物とは思えないくらい強くて、俺は短い言葉しかかけられなかった。
持てる全てを出し切って全力のパフォーマンスをしようとしている姫香。配信画面で見ている時と違う魅力にドキドキしてしまう。
俺はそれから、夕飯の片付けをして、お互いの部屋に戻った。
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