第8話 推しが妹だと言いたいけど言えない!!

 俺は部屋を直ぐに追い出されるかとヒヤヒヤしていたけど、思ったよりも充実した相談が姫香とできた事が驚きだった。


 自室のベッドにうつ伏せに寝転がる。胸を押さえると、ドキドキ高鳴っていた。推しのこれからを身近で見て、感じて隣で成長していく瞬間を一緒に過ごしていけると思うと、夜が眠れなくなってしまいそうだ。


 隣の部屋に推しが居る環境を味わっているオタクは世界中にどれくらい居るかな。


 仰向けに向を変え、天井に手を伸ばす。手が届きそうで、届かない存在だった、推しのVtuverブロッサム。

姫香には、嫌われていないとは思うけど、好かれてもいない気がする。


 折角家族になれたんだ、仲良くしたいじゃないか。マザコンと言われても良いから、母さんが一人で頑張って俺を育ててくれた分、幸せになって欲しい。




 ♪ピロロロン♪




 スマホの着信音。ヌイッターを通知オンにしているのは、ブロッサムの呟きを見逃さないため。勿論他にも推している人がいるから、見逃したく無い。オタク心として好きなものを見逃したく無いって言うのは、常識的だよね。

 側に居ると分かっていながらも、ワクワクしながらスマホを確認する。


“新衣装準備中。色んな民族衣装とか研究して素敵なものを生み出すから、待っててね”




♪ピロロロン♪




続けて通知音が鳴り、覗いて見ると、元気でお茶目なイメージのブロッサムの文章がそこにあった。




“再会時期のお知らせ忘れていました。今から一ヶ月後に活動復活します。また会えるように再会にしたから、皆、待っててね”




 新衣装について相談していた事かと思うと、不思議な感覚。二人だけの秘密を共有している、画面の向こう側の人だったはずなのに、隣にいる存在に変わっている。


 義理の妹が自分の推しているVtuberだったって誰が信じる?


 好きな人が目の前に居るのと同じと考えたら、胸が高鳴る。


 ブロッサムの成長を支えられる喜び半分と、手の届かないところに居るという気持ちが鬩ぎ合っていて、毎日が楽しい。


「俺は、俺の推しを全力で推す」


 好きという言葉でまとめてしまうと、どこかチープに聞こえてしまう。


 俺はブロッサムが人気Vtuberになる未来を想像しながら、眠りについた。


 



 翌日、授業中もずっとブロッサムの事を考えていた。人気になってもらいたくて、俺の知っているブロッサムじゃなくなるのも一抹の寂しさを覚えるし、今推している人に嘆息されてしまうのも切ない。


放課後になって、いつものように部室に行くと、今日は江が先に来ていなかった。


俺はいつもの定位置に座り、スマホを片手に日中考えていた情報を集める為に、ネッサを始める。


 数年ぶりに生身の人間の女の子の可愛らしさ(妹)について考えてしまった。


 妹である、姫香は可愛いけど、一般的な可愛い妹属性じゃない。


 ライトノベルで学んだ可愛い妹は、お兄ちゃんと甘えてきて、笑顔が可愛い、虫が怖くて、「お兄ちゃん、大好き」って来るのでは。幼馴染に一人女子が居るから、女子には慣れているけど、姫香に関することとなると、調子が狂う。


「今日は早いですね」


 江が俺の姿を見て嬉しそうに微笑む。その笑顔は女子をイチコロにするって言うのを知ってるぞ。体育の授業で校庭が騒がしいなって思い校庭を覗いてみると、お前が中心にいることが多い、モテ男。羨ましいと思っていないぞ。


「将虎、部活で携帯見てニヤニヤしてないの変ですね」


 江がパソコンを前にした時、メチャクチャ変態顔になっているのを知っている。好きなものを前にして、ニヤニヤしてしまうのは、本能に近い部分なのでは。


江のニヤニヤを、女子に見てもらいたい。推しを前にした時に理性を失うのは、仕方の無い事だと思うんだけど。


「俺がエロ画像見てるみたいな言い方辞めてくれない」


学校では、にやけるの割と控えているつもりだが、自然と口元が緩んでしまうのか。口元を手で触り、緩んでいないか確認をする。


 俺の辞書には“自重”という言葉がちゃんと存在しているので、人前で性癖を顕にするのは我慢しているつもりだったんだけど、漏れ出る気持ちは抑えきれないのか。


女子のスカート丈で熱く語ったら即アウト、女子から変な目で見られるのは間違えない事くらいの分別はあるし、スマホの待受画面を際どい服装の女の子にはしていない。


江がパソコンを起動させながら、不思議そうに首を傾げる。


「将虎は見た目に気をつければ女子にモテるのに」


「俺はモテたいと思って生きていたことなんてない」


 この見た目でいじめられた事がある。女っぽくて可愛いと大人に可愛がられたけど、同級生にはそれが気に入らなかったらしい。俺が顔を隠すために、前髪を伸ばす事になった。自分の心が弱いから、隠す手段しか選べなかった。


「ニヤニヤしていても、カッコよければ全て帳消しになる」


 グッと、握りこぶしを作る江の姿に見た目が良いって得だなと改めてしまう。待てよ、アドバイスしてくると言うことは、江は自分の容姿を理解しているという事ですな。


 江はハーフで、母親がモデルをやっているから、小遣い稼ぎで読者モデルをしているとなれば、自然と目立つ訳だ。小説ばっかり読んでる俺、友人となってくれているのが、不思議なくらいだ。ノートパソコンを前にして、嬉しそうにしている江。


 俺は姫香がパソコンのスペックで、配信の限度があると言っていたのを思い出す。パソコンに詳しい江ならば、調べた所で何を買って良いか分からない。姫香がどれ程のスペックの物を必要としているか分かるかもしれない。

 容姿の話を続けられるのも苦痛だから、話を逸らす。


「最近俺、パソコン欲しくてさ」


 その一言に江の瞳がキランと光り、口元がふにゃと、歪む。


「やっと、パソコンゲームについての良さが分かったのですね」


 これまで機を見ては、俺にパソコンゲームの良さについて話をしてきた江。


ゲームよりも小説の方が好きな俺は、パソコンよりも本に囲まれていたい。


江は至極嬉しそうにふんふん鼻を鳴らしている。


「パソコンもスペックが色々ありますが、何に使うのをメインに考えているんですか?」


配信をしたいって言ったら、冷やかされる可能性しかなくて、俺は当たり障りのない返答をする。


「推してるVtuverの人がやっているゲームもやってみたくて、欲しくなったんだ」


 姫香は安いパソコンだから配信が難しいと、言っていた。今後コラボ配信を視野に入れているのだとしたら、用意しないといけない。バイトもしてなければ手に入れられないかもしれないけど、参考に聞いておきたい。簡単☆配信講座で見たものだと結構な金額だったのは覚えているけど。


 江は顎に手を当てて考えている姿が、とても様になっている。同い年のイケメン男子にときめきそうになる。


 俺はそんな性癖はない!!


「ゲームをしたいとなると、このパソコンがオススメですね」


 江は、クルッとパソコン画面を俺の方に向ける。


「ほうほう」


 俺は頷きながら、見せて貰っている画面を凝視する。


 趣味でするにはお金がかかり過ぎる、収益化されなくても配信を続けていくには思っていた以上に体力と、精神力が必要なのかもしれない。誰に見られていなくても、配信し続ける体力は簡単ではないかもしれない。


 他に好きなは配信者は、パソコンゲームだけじゃなくて、家庭用ゲームを発売日に配信することも多い。配信するソフトも買うとなると、相当なお金がかかってしまう。


 江は悩みながら、ノートパソコンの画面からデスクトップパソコンの画面で止まる。


「ゲーミングパソコン、ゲームに特化したパソコンがおすすめです。基本的なイメージとして予算の最大限でデスクトップ型を買うのがいいですね。僕は学校に持って来たかったからノートにしましたけど、家にはデスクトップパソコンがあります」


「江は俺が思っていたよりも、ゲーマーだったんだ」


 部活動で一年くらい一緒にいても、相手のことをまだ、理解しきれて居なかった。もしかして、江もVtuberの事好きだたりするのかな。


江が二つのパソコンを比べて説明をし始める。


「設置が楽、持ち運び重視ならノートパソコンが便利なのは当たり前ですけど、スペースあるなら、断然デスクトップです。同じ金額でもスペックが同等とは限りません。まぁ、最近はノートパソコンでも、スペック高いの出てきているから一概にはいえません」


 金額は、俺が想像していたものよりも、高い。十万円位あれば何でも出来る気がしてたけど、姫香が必要としているパソコンのスペックは、お小遣いを貯めて買うには高過ぎる。


 金額が五十万するものを眺めて、ウットリしている江。高ければ高い方がやりたい放題という事なのかな。


 表示されている五十万円クラスのパソコンを指差して、江に尋ねる。


「ゲーム以外にも同時に作業するなら、これ位じゃないとダメなの?」


「それなら、最低限これ以上のスペックじゃないと難しいですね」


 江が、パソコンの処理速度だとか、聞き慣れていない人には呪文にしか聞こえ無い言葉を一生懸命に口にする。

 目が点になっていると、江が嬉しそうにパソコン画面を指差す。


「割のいいバイト紹介することできますけど、どうしますか」


「バイトって言って、お前、俺をモデルで使うつもりじゃないのか」


 一年の頃、自宅に遊びにこないか誘われて、気がつけば撮影会場に連行されていて、俺は人生で初めて読者モデルをしてしまった。顔が隠される様にしてたけど、もう二度とやりたくない。


 江は困ったように頬を掻いた。


「母がご迷惑をおかけしました。将虎はいい素材しているからついね」


「ついで、突然撮影会とか、マジ有り得ない」


 俺は父さんの事を、江に話していないけど、これはバレるのは時間の問題かな。舞台俳優をしていたって知られたくなくて、父さん譲りの顔を隠したくて前髪を伸ばしている。


 江はパソコンを回転させて自分の前に戻すと、つまらなそうに口を尖らせた。あざとい行動と注意すべきか、ちょっと悩んだけど、似合ってしまうのが羨ましくもある。


「今度は許可をとってから、将虎とモデルをやりたいと思います」


「俺が簡単に許可を出すと思うなよ?」


 パソコンが欲しいと思いつつ、手に入れる為の壁が大き過ぎる事に落ち込みながら、ブロッサムの配信環境を整えるのは、時間がかかるなって改めてしまった。

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