第7話 貴方はどのリスナーですか?

「さぁ、貴方はどのコメントを残してる人なの」


 配信を見ていると知ってから、一番知りたかったこと。純粋に少ない同時視聴者の中で、コメントを残してくれているのが誰か知りたい。


「それは、内緒じゃだめかな」


 将虎はパソコン画面を真っ直ぐみている。推しについて語ることが好きだと言っていたのに、改めて聞くと言ってくれないのって、何よ。


「協力するって約束じゃない」


「協力と、推しに対して今までの行動を曝け出すのとでは意味が違う気がする」


 いつの間にかわたしの隣に立っている将虎。同じ洗剤を使っているハズなのに、匂いが違う気がしてしまう。


「もしかして”虎虎”さんだったりする」


 隣に立つ将虎を下から見上げると、真っ直ぐな瞳がわたしとクロスする。


 どうして虎虎さんだと思ったかは、同時接続が一人か、二人の時に、珍しくコメントが残されて、誰も見てくれなくて、どうしようか悩んでた頃の、配信だった。


 将虎はわたしから視線を外し、パソコン画面を見つめる。


「そう、だけど。分かりやすかったかな」


「本名知ってたら、気づく」


 コメントをくれる虎虎さんのおかげで、誰が見てくれるか分からない配信を、同時視聴が付かない孤独の中の配信で、心折れずにやり続けることができた。


「はぁ~」


 キーボードを避けながらわたしは机にうつ伏せになる。虎虎さん、いつも励ましのコメントが絶妙だったの。将虎がコメントを残していたのかと思うと、イメージが崩れる。


「姫香、それは俺に喧嘩を売ってのため息か」


「違います、驚いてのため息です」


 勝手に期待していたのは認める。年上の面倒見のいい、長身のイケメンな人がコメントをしていて欲しいと言う、希望。配信していく上でのモチベーションって言ったら失礼かも知れないけど、夢を与えるわたし達も夢を見たいのよ!


 むっくり起き上がり、将虎に視線を向けると、見慣れてきた、真剣な雰囲気をしている。


「まぁ、良いか。話を戻して、ブロッサムがどんなVtuberを目指しているかと、問題点を整理してみよう。さっきも話したけど、イラストはすごく可愛い」


 自分の事のように胸をはって話しているのをみるのが、逆に恥ずかしくなる。何度も、何度も絵について褒めて貰っているけど、それ以外の良い所はないのか、気になってしまう。


「ありがとう、ございます」


虎虎さんのコメントも、イラストを褒めてくれいるものが多かった。小学校の頃に、ペンタブを買って貰って、練習してきた甲斐がある。絵が描けなかったら、セルフ受肉で配信をしようだなんて、例え機材が揃っていたとしても、きっと考えない。一から自分の分身体を作り上げるのが、とても楽しい。


 顎に手を当てる将虎の姿が、真剣そのもので、わたしはじっと自分の産み出したブロッサムを凝視する。見た目はわたしの憧れの可愛い女の子をギュッと盛り込んでいて、性格面は、普段表に出せない、元気な自分を曝け出している。


 人前で素直になるのが苦手だから、いつも心に思っている事より、冷たい言葉を吐いてしまう癖を直したい。ブロッサムで居る時が、わたしが一番素直で居られる時だから、ずっと続けていたい。


「でも、キャラってなると、一味足りない」


「足りないって何よ」


 わたしは将虎の呟きの様な一言に、怒りを覚える。ブロッサムとして配信していると、パパの期待に答えなきゃって、我慢している自分が解放される気がして、凄く楽しい時間なのに。


 折角ブロッサムを良くしようと、アドバイスをしてくれているけど、わたしは思わず、将虎に大声を出してしまった。


「内面がダメって言われたら、それは“わたし”を否定しているのと、同じじゃないッ」


 配信者によっては、キャラクターを作ると言うよりも、ありのままの自分で、素を曝け出している人も居る。キャラクターを作りすぎてしまうと、咄嗟に本心が出てしまった時に、炎上しかねないからだ。


 危ない橋を渡るよりも、自分自身で居る方が、リスクは少ないと、わたしが研究している時に学んだの。顔面は良いと言われても、服装がダメ。内面のキャラクターがインパクトが無いとボロクソに評価されたのに、どうして将虎は、わたしの事を推してくれているのかな。


「俺は、ブロッサムの配信が好きなんだけど、それだけじゃ、埋もれちゃうから、大手の人みたく他代わりの居ない、そんなVtuberになって欲しいんだ」


 なんで、将虎は恥ずかしい事をサラッと言うのよ。火照りが収まっっていたはずなのに、又熱が上がっていくのを感じる。


 大手の人でも初配信から少し、キャラが変わっている人も少なからず居る。わたしは一年間配信を続けて来たけど、まだまだ、自分自身を掴みきれていないという事かな。楽しんでもらえるようにトークも頑張ってるけど。


 何より、キャラクターを否定されるのが、納得いかない。


「キャラも被ったらダメじゃん」


 わたしの勝手なイメージで、パクリと思われたら終わりだと思って、色々調べた。シンプルな衣装の現代人キャラで、攻めて行こうとしているのが、ダメなのかな。


「オリジナルにならないといけない壁は大きい」


 将虎がポケットからスマホを取り出して、最近人気のVtuberのまとめ動画を流し始める。


「ここに居る子達はとにかく可愛い」


「わたしが可愛くないと言いたいんですね」


 初対面で追いかけっこした挙句、ジュースを奢らせる性格のわたしを絶世の美少女と言わなくても良いけど、学校で多少人気のあるわたしの評価が低い気がする。


「ブロッサムの顔面の良さだけじゃ駄目ってこと。目指すはテッペンだろ」


 将虎のセリフに、やっぱり男の子なんだなって改めてしまった。有名になりたいけど、テッペンまではわたし目指してないよ。ナンバーワンよりオンリーワンが良い。


 学校の合間で配信活動をするのにも限界があるため、今の毎日一時間配信が限界だった。学校の宿題や、部活動があると、どうしても時間が限られちゃう。


「将虎君、人間は高すぎる目標だと落ち込むって言葉知ってる?」


「俺、Vtuberの良い所は二次元って所だと思ってるんだよね。色々融通効くじゃん。声が可愛かったら、見た目良い子にしたら売れそうだし」


「いきなり何を言い出すのよ」


「だから、ブロッサムも顔面も声も可愛いなら、後は性格も良ければ人気出るって話」


 何事もないように言いましたが、今、声も褒められた気がするんですけど、今日の将虎は、積極的な感じがする。

 女の子を平然と褒める用な男が陰キャなはず、ない。寧ろ年頃の男の子がぽんぽん、褒めるセリフを恥ずかしげもなく、言える訳がない。


「どうして、人が恥ずかしくなるセリフ簡単に言うのよ」


「恥ずかしくなる?推しを褒めてるだけなのに」


 当たり前のことを言っているとでも言いたげで、わたしの方が意識しすぎているのが恥ずかしくなる。


「将虎のスケベ」


「俺が一体何をしたって言うんだ」


 自分ばっかり戸惑っているのがムカついて思わず悪態をつく。将虎が髪の毛がボサボサになるくらい、掻きむしる。


「アドバイスしてるのに、女の子って本当に分かんない」


 わたしは、サラッと言い捨てられて心が穏やかで居られる程、大人じゃない。


「可愛いブロッサムにご質問もんなんだけど」


「はい」


 髪の毛はボサボサになっているのに、気がついていない将虎。髪の毛が上がり、目元が顕になっている。


「もう一度確認させて。顔面強強のブロッサムのキャラクターコンセプトはどこにある」


 逃げ切ろうと思っていたのに、理由を聞かないと、許してくれなさそうな雰囲気を将虎は出している。


 逃げ場がなくて、都合良く電話が鳴れば良いのに、鳴ってくれない。


 わたしの答えを待つ、視線に耐えられなくなり、わたしは正直に自分の考えを口にした。 


「わたしが可愛いもの好きって言ったら引く?」


 見た目が冷静沈着に見られるから、普段の持ち物も、可愛い物は余り持たないようにしている。洋服は基本的にシンブルなデザインとかを意識して着ていて、顔合わせの時のワンピースはパパと一緒に出掛けたから好きな物を着て行った。


 自室は好きな部屋のイメージでまとめて居るのも、自分を否定されたくなくて、ブロッサムにはわたしの好きを詰め込んだの。


 将虎はわたしの部屋と、わたし自身を見比べて、首をひねる。


「可愛いは世界を救う。それだけシンプルに考えてていいんじゃない」


 わたしが描いたブロッサムの、全身全霊わたし史上、一番上手く書けたイラストを待ち受けにしている。

 目の前で自分のイラストを待ち受けにされてるの、初めてみた。学校の人にも認知されている可能性が低いわたしの、イラストを毎日眺めてくれていると言うのか。


 わたしの事を推しているって言っているのは、嘘じゃないみたい。


「ちょっと、消しなさいよ」


 隣に立っていたので、携帯を奪おうとしたら、ヒョイっと後ろに一歩下がって逃げられた。


「個人の利用ならいいって言ってなかったっけ。一生懸命なブロッサムさんが俺は好きだ」


「突然何よ」


 推しに対して本気で好きを出す、オタクなのは、気質なのかもしれない。


「何って、好きなものを、推しを好きと表現して何が悪い」


 当然という表情の将虎。わたしは、将虎に翻弄されているのかもしれない。偶然義兄妹になって、配信者だったわたし、リスナーだった将虎の不思議な関係。


 将虎はスマホを取り出して、何か打ち込んでいる。


「順番に、クリアした方がいいか」


 わたしがじっとその姿を見ていると気がついたのか、わたしの方に画面見せてくれる。


「ブロッサムの今後の計画。忘れちゃうからメモ機能に打ち込んでいたところ」


 スマホを閉じ、立ち上がった将虎。


「まずは新衣装と性格について考えますか」


「考えているわよ」


 わたしは、授業中に考えていたルーズリーフを何枚か机の上に広げる。


 将虎がそのうちの一枚を指差し声を弾ませる。


「新しく始めるなら、これなんていいんじゃないかな」


 それはわたしが二番目に気に入っている服装。中世ヨーロッパの貴族が来ていた、フリルがふんだんにあしらわれた、ロングドレス。帽子を被らせるか、傘を持たせるか悩むのがとても楽しかった。


 衣服に興味がなさそうに見えていたけど、ノリノリの将虎。


 わたしは、自分の考えた衣装が褒められたのが嬉しくて、新衣装の説明を始めた。

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