第6話 リスナーと配信者

「ちょっ、え?」


 顔を見られるのが恥ずかしくなって、わたしは両手で顔を覆う。正面に座っていたから、絶対見られている。


「馬鹿将虎、どうしてわたしを泣かせるんだ」


「泣かせるつもりはなくて」


 膝立で座り、顔を覆って泣いているわたし。泣いて逃げたのを見ているから、お互い様かもしれないけど、わたしは将虎の前で泣きたくなかった。


 弱味を見せてしまうと、きっと頼り切ってしまう予感がしたから、嫌なの。


 将虎はわたしの頭をぽんぽん撫で始める手は、何処か不器用な感じがした。


「ブロッサムは自分のことそんなに話さないけど、声とか、話題が子供っぽかったから、学生なのかなって思ってた」


「中学生よ」


「配信の活動は大人の人が多い中で凄いと思う」


「慰めなんて要らないわよ」


「違う、これは本心から」


 顔を覆っていた手に、将虎が遠慮がちに手を伸ばし、剥がす。真剣な眼差しでわたしの顔を覗き込んでいた。


「応援したいって思って、ずっと配信見てきた。まさか義理の妹が俺の推しているVtuberをしてるだなんて思わなかったから、正直驚いてる」


「悪かったわね、中身が素直じゃなくて」


「それも、君の魅力でしょ」


 かぁっと頬に熱が集まるのを感じる。こいつは恥ずかしげもなくそんなことが言えるタイプの人間だったの。


「元気なブロッサムも君の一面でしょ。姫香も素直な方がいいよ」


「失礼ね」


「見た目が可愛いのに、台無しじゃん」


「誰にでもそんなこと言ってるんじゃないの」


 将虎の手慣れている感じが憎い。異性と恋愛的な関係になったことがないわたしは、遊ばれている気がしてしまう。


「誤解してるみたいだけど、俺モテないから。思ったことを素直に言おうって心に決めてるだけ」


 それが、キザなんじゃないって言えない程、動揺してしまった。


「お互いまだ、一緒に生活し始めて時間が立ってないものね」


 動揺して口調が乱れてしまう。一緒に暮らし始めるまで会ったのは、数えるほどで、暮らし始めて二週間。知らなくて当然。


 一番知られたくないことを知られてしまったけど。


「家族になったばかりなんだから、これから色々知っていきましょう」


「なら、ぶっちゃけわたし達の第一印象ってどんなんだった」


 ブロッサムの相談をしに着てくれた気がしたけど、協力関係にあるなら知るべきかもしれない。


 知らないと、話せないこともあるし。


 わたしの涙が引いたのを察した将虎は、部屋に来た時と同じようにわたしの足元に座り直す。


 将虎は思い出しているのか、視線が宙を彷徨う。


「第一印象は、子供がいるみたいには思えないくらい若く見えて、爽やかイケメン。スーツもカッコ良く着こなしてる感じがして、仕事めっちゃ出来そうな印象」


 恥ずかしげもなく、子供のわたしにパパの良い所を上げていく将虎。予想以上にパパの事を褒めちぎっていて、わたしの方が恥ずかしくなって来る。


 照れて、顔が赤くなるのを誤魔化そうと、わたしは両手で頬を抑える。不思議そうな視線を向けられるけど、今の現状を作り出してるのは、将虎の方なんだからね!


「怒らないからわたしの印象も話しなさいよ」


「Vの活動してるって知らなかった頃は、足の速い女の子。今は、頑張り屋の女の子」


「……ッ!!本当に恥ずかしげもなくくッ」


 頬を押さえていた手で、顔全体を覆う。目の前に居るのは、本当に初めて顔合わせした時に泣いて逃げた男と同じ人物なの?


 信じられない。サラッと口説くようなセリフを言う様には見えなかった。


「顔覆ってどうした」


「五月蝿い、馬鹿ッ」


 原因はお前だって言ってやりたいけど、言ったら負けた気がする。


 顔を覆った指の隙間から将虎の顔を覗き見ると、理由がわからないと言いたげに、首を傾げている。


「逆に、俺の事はどう思ってるんだ」


 何て答えてやるか、本気で悩む。わたしが勝手に照れているだけなら、そうと分かることを言うのは癪だし。

 協力を仰いでいて、わたしの想定以上にVtuberについて詳しいかもしれない。

 将虎はわたしの秘密を知っているけど、わたしは秘密も何も知らない。


「未知数よ」


「未知数ってなんだ?」


 顔の火照りが落ち着いてきたので、わたしは手を膝の上に置く。


「協力次第だもの、まだよくわからないわ」


 独りよがりに限界を感じていた。ヌイッターを駆使してコラボする人を探す手段もあるけど、正直怖い。中学生と言うのを隠して配信しているから、もしわたしが未成年だと分かったら相手にされるか不安だ。ヌイッターの上でやり取りをしている人は、わたしが学生だと思ってない、と思う。


 将虎がわたしの返答に納得してくれたのか、わたしの後ろに置いてあるパソコンを指さす。


「俺、パソコン強くないのと、金たかられてもないから、それを期待されてたら困るので一応、確認として伝えておく」


「友達に居ないの、パソコン強い人」


 学校で配信活動していることを公にできないので、将虎の友人に居ればと、少し期待していた。自分でできる限りのことはしたいけど、学業と両立するとなると、時間が足りない。


「姫香こそ友達頼ればいいじゃん」


「相談できるわけないでしょ!!馬鹿!」


 身バレは炎上になりかねないのを考えてないのかな。尚且つわたしは未成年という枷があるから、問題視されそうな行動は避けたい。


「姫香、友達多い気がしたんだけど」


「友達が多いのと、相談するのとは、違うことくらい分からないの」


 Vtuberとして活動しているだなんてバレたら、何を言われるか分からないじゃない。


「もっとちゃんと考えなさいよ」


 わたしはクルリと椅子でパソコンの方に向きを変える。期待したわたしが馬鹿だったわ。


「ん~、パソコン強いの知ってるけど」


 後ろから将虎の考え込んでいる声がする。


 詳しい人、居るなら、最初から出し惜しみする必要ようないじゃない。


 クルッと足で勢いをつけ、再度将虎の正面を向きなおる。


「居るんじゃない、詳しい奴」


 歯切れの悪い将虎は、その人物を紹介したくない雰囲気に見えた。



「そいつに教えてもらうのは別に構わないんだけど、うん。相談はしてみるよ」


「その、歯切れの悪さは、何なのよ」


「そいつもしかしたら、家に来たいって言うかもしれなくて」


 友達であればいいんじゃないかな。わたしも落ち着いたら友達家に呼べればいいなって思っているし。その時は配信器具全部隠さないといけないけど。


「姫香が良いなら良いけど。悪い奴じゃないんだけど、少し変わった奴なんだ」


「まぁいいわ。ちゃんと聞いてきてくれれば」


わたしは、パパからお下がりで貰ったパソコンを起動させる。


 先ほどの将虎に対する恥ずかしさは何処かに飛んでいっていた。いつもの様に配信画面を立ち上がる。


 配信者だとバレた“あの回”を指差しながらわたしは言った。

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