第5話 二人きりの家族から、四人家族へ

 二人暮らしをしていたアパートを引き払って、将虎の二階建ての一軒家に引っ越してきた。

 わたしが四歳の時にママが病気で死んじゃって、それから男手一人で育ててくれたから、パパが再婚したいって話が出た時は驚いた。


 実際に顔合わせをする話になった時パパは、わたしが我慢しているんじゃないかって心配してたけど、わたしはパパが選んだ人を信じようって決めていたの。


 無事、冬休みに顔合わせをして、再婚が決定してからのスピードはすごく早かった。春休みに引っ越しをしてやっと家族皆んなで生活がスタートすると思ったら、両親ともに仕事が忙しくて中々家にいない。

 以前住んでいたアパートより、学校まで徒歩十五分の距離になったのが嬉しい。引越しをして二週間が立って徐々に今の生活にも慣れてきた。


リビングにはテレビの正面になる位置に二人掛けのソファーが一つと、一人がけのソファーが二つ、テーブルを挟むようにして置いてある。


 私が帰ってくると、雅虎は二人掛けのソファーに寝転がっていた。


 今日はテレビも付けづに、スマホを操作している。リビングにわたしが入ってきたのを見ると、上半身をわたしの方に向けてくる。


「お帰り。夕飯あるけど、一緒に食べるか?」


 将虎はわたしが帰ってくると決まって夕食を一緒に食べるか確認してくる。


「ただいま。一人で食べる」


 一緒に夕ご飯を食べるのは数えるほどしかないのは、わたしが大抵一人で食べたいから、拒否している。

 それに、部活でかいた汗をすぐに洗い流したくて、わたしは部屋を後にしようと背を向けると、将虎がわたしの背中越しに声をかけてきた。


「そういえば、今日ヌイッター更新してなくない」


「……毎日確認しているの、もしかして」


「するに決まっているだろ、ファンだし」


 突然ファンと言われて、喜びそうになるのを我慢する。将虎に対して、協力を仰いだけど、まだ素直になりきれない。


 そう言えば、頻繁にヌイッターをあげていて反応をしてくれる人がいた。反応してくれていた人のコメントには、。配信も常に見ていたという内容があった気がする。


「将虎くん、意外にわたしの配信見ていた?」


「見ていたかもね」


 底辺のわたしのことを知っているだけで、相当のVtuber好きなじゃない。協力者になる話をしたときに見ていたって言っていたけど、わたしが思っていた以上なのかもしれない。


「わたしが越して来る前から知っていたってこと?」


 自慢じゃないけど配信を見にきてくれている人は少ない。もし将虎が見ているのだとしたら、どれだけの確率で出会っているのよ。普通だったらラブコメが始まっちゃいそうな展開じゃない。


 初対面で追いかけたわたしの事を将虎はどこか避けている気がするから、こっちも距離を置こうとしているのに。


「正直に言うと、ブロッサムの事は割と初期の頃から知っている。見つけたのは偶然。そのころ新人Vtuverの事見るのが好きだったから、応援するのが最初の目的」


 スマホの画面を見せてくる将虎。配信サイトの画面でお気に入りの中には沢山の人気Vtuberから最近出始めたばかりの、わたしと同じ新人とも言えない準備中の子のものも入っている。


「姫香には話してなかったけど、俺結構配信見てるし」


「勉強しなさいよ」


「学校で一応中くらいの順位は維持してるくらいは勉強してる」


 わたしは十番以内に入るようにしているって言ったら喧嘩になるかな。お互いにまだ顔を合わせて少ししかたってないけど、将虎の事は正直ムカつく。


 なんでか分からないけど。


 将虎がスマホをポケットにしまい、ソファーに座りなおす。


「協力するって言ったからには、俺も全力でサポートするから」


 泣いて逃げた人なのに、わたしのこときっと嫌いなはずなのに。どういて真っすぐな目でわたしの事を見て来られるのよ。


「考え中なの。相談は後でする」


 わたしは改めて将虎に背を向ける。このまま話していると、自分のペースを崩されてしまいそうな気がした。


「用がない時はわたしの部屋に近づかないで」


 逃げるように自分の部屋に戻る。後ろから将虎の声が聞こえるけど、聞こえないフリをして階段を駆け上がった。





 ご飯も済ませ、わたしは愛用している机の前に座る。


 パソコンが欲しいって言った時にゲーム好きなパパから貰ったゲーミングパソコンは三年位使っているけど、そろそろ買い換えないと難しいかもしれない。


 落ち込んでいて嫌になっていた時に見つけた配信者≪リューリュ≫様は個人で活動をしているけど、企業に所属している人並に知名度が高い。


 いつかコラボしたときにはリューリュ様に会いたかったって伝えるために、わたしはみんなに楽しんで貰える配信をしたい。


 落ち込んだ心にそっと寄り添って、話を聞いてあげて喜んでもらいたい。小さな元気をあげられる、そんな配信者になりたい。


「一年間、頑張ってきたのに」


 基本的に一時間でも毎日配信を続けてきた。お小遣いで買えるゲームソフトか限られちゃうし、パソコンのスペックを考えると配信の範囲も限られちゃうし。


 わたしは一年間共に過ごしてきたゲーミングノートパソコンを起動させる。パソコンは決して安くないから、パパに新品をおねだりするのには、少し高すぎる。


「バイトできる年齢じゃないのって本当に辛い……」


 スマホ一つで配信している人もいるけど、アプリの中だけとか、限られてしまう。皆に楽しんで貰うためには、配信のクオリティも上げないと。


 素直に将虎を頼るのは、なんかムカつくのよね。


 パソコンの隣に置いておいたスマホが光る。メッセージアプリに将虎からの質問が届いている。


「げっ」


 わたしの中でさっきの会話で終了しているはずなのに、そこには「今から少し話をしたい」とあって。返信もまだなのに、階段を上がってくる足音が聞こえてくる。


 慌てて了承のメッセージを返すと、直ぐに部屋ドアがノックされた。


「姫香、入っていいか」


「どうぞ」


 ゴキブリが出た時はためらうことなく部屋の中に入ってきたのに、今は警戒する猫のように、ビクビクしている気がする。


 時計を見ると21時。毎日配信を頑張っていた時間帯。


 配信を休むからには自分のアップデートと思って、パソコンに向き合って新たなブロッサムを作り出そうとしているのに。


 授業中に新衣装のデザイン画を考えてはいたけど、上手くアイディアがまとまらない。

器具さえそろえば個人でも始められるVtuberの世界は、一年間で何人の人がデビューして、同じく、何人の人が卒業していくのか、見当がつかない。


 椅子はわたしが座っている物しかないから、わたしの足元にペタリと座り込む将虎の姿に、女王様ってこんな感じなのかなって考えてしまう。


 ブロッサムの目指しているキャラは、清楚可愛い元気な女の子だから、そんな気持ち知らなくていいんだけど。

将虎はわたしの足元で、困ったように眉毛を歪めていた。


「初めて配信見た時から、気になってたんだ」


「何よ」


 素直にならないといけないのに、恥ずかしいのは、わたしの素直な部分を配信で出していてその面を見せているからかもしれない。


 将虎はわたしが一生懸命生み出したブロッサムを気に入ってくれている。もう一人のわたしは、普段見せない素直な面をいっぱい出している。


「ブロッサムの衣装ってどうしてシンプルなワンピースなんだ」


 セルフ受肉なのは、依頼をするお金がなかったのもあるし、自分でイラストを書くのも好きだったから。


「セルフ受肉なら自分の好きな服にするのは当然じゃない」


「イラスト上手いのに、服装も凝ればいいじゃん」


「好きな服装なの、悪い」


 ヌイッターで初めて自分の姿を晒した時、褒めてもらったのを覚えている。配信をしようと決意した時に色んなVtuberがいるのを調べた。


わたしの分身みたいな存在を作るんだったらどうしようかなって悩んだ時に、好きな服装になっちゃったの。確かに、ヌイッターで絡んでくれる同じVの人に、ももっと可愛い服装にすればいいじゃないの?と言われたことがある。今回の配信を休むのをキッカケで、違う衣装を考えている。人によって衣装チェンジをする人もいるから、一年配信の続けてきたから。、配信を見てくれているリスナーの皆んなに楽しんでもらうために、ワンランク自分を成長させたいの。


 わたしの返事に、将虎が困ったように頬を掻く。


「駄目じゃないけど、一年見てきてブロッサムのキャライメージが弱い気がしちゃうんだ。今のイラストが悪いわけじゃない。それを……」


「わたしなりに、お休み期間に色々仕込む予定なのよ!!」


 話している訳じゃないから、将虎にキレるのはズレているのも分かってるけど、わたしがどれだけ頑張って準備してきたのかもしれないで、言われたくない。


「配信するのの準備ってどれだけ大変か分かる?わたしがパソコンゲームしたいって話したから、パパが買い替えるタイミングで、お下がりだけどパソコン貰ったの」


 お小遣いで買える値段じゃないし、簡単にお願いできる金額じゃない。趣味で用意するには、お金が掛かり過ぎる。マイクとか数千円で買えるものは、お小遣いを貯めて買ったけど。それ以外の機具に関しては最低限の物で配信をしている。


「わたしが始めたのは、誰かに楽しんで欲しい気持ちでやってるの」


 心の中を全部曝け出すつもりじゃない。頑張ってるのを認めて欲しい。もっと多くの人にわたしの配信を見て、元気になってもらいたいの。


 努力してきた結果を、再生回数と、同時視聴者数でしか確認取れないから、わたしがまだまだ配信者として未熟な事しか、分からない。


「今のままじゃ、ブロッサムは消えたって誰も悲しまない。それじゃ、配信をしていく中で駄目なの」


「ごめん、そう言うつもりで言ったんじゃないんだ」


「なら、どういうつもりで言ったのよ」


 一年間の積もり積もった感情が溢れてきている。褒められる事ばかりじゃない中で、一度も絡んだことが無いのに、ヌイッターで突然“配信辞めろ”って書かれたこともある。まだ目標は達成されていなの。わたしは、わたしの目標を達成するまで、辞められない、辞めたくない。


 目に一杯涙が溜まり、瞬きをしたら自然と涙が落ちてきた。

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