第2話 変わらない気持ち
日曜日の夕方、私は未来の家を出て自分の家まで向かう。正直言えば帰りたくない。未来とずっと一緒に過ごせたらどんなに幸せなことだろう。きっと我儘をいって喧嘩をしてしまうこともあるかもしれないけれど、なんだかんだあって仲直りをしたらきっと手をつないで横になって笑い合うのだろう。
そんなことを考えていたらいつの間にか自分の家についていた。鍵を回して無言で家に入る。リビングでは父親と母親が何やら言い争いをしているようだ。いつもなら見て見ぬふりをするところだけれど、一応帰ってきたことだけは伝えておかないと後からそれを理由に何かといわれるかもしれない。とはいっても、今この場で帰ってきたことを伝えたらそれはそれで嫌味を言われるだろうけれど。
「ただいま帰りました」
「雪乃、今あなたに話しかけられたくないの。夕飯は冷蔵庫に入っているから適当に食べなさい。片付けをしなかったら許さないからね」
「……わかりました」
予想通りちょっとした嫌味を言われて終わった。そのまま二階に上がって自分の部屋に行こうとすると、兄とすれ違った。特にいうこともないため無言で横を通り過ぎようとすると、すれ違いざまに兄は私にこう吐き捨てた。
「出来損ないが顔見せるんじゃねえよ、くそうぜえ」
なんとも幼稚な悪口を吐き捨てられたが悲しいとか苦しいとかもう思わなかった。兄のあの態度は昔からなのでもはや慣れてしまった。私が物心ついた時から両親は仲が悪かったし、兄はあのように横暴でやさぐれていたような気がする。
自室についたら旅行かばんなどを適当に置いてベッドに身体をダイブさせる。そうして思い出すのは未来のこと、そしてそのご家族のこと。未来の家と私の家は全くと言っていいほど違う。未来の家の人は親切であったかくて、ご両親は私の食事の好き嫌いまで気にしてくれて妹の奈枝ちゃんは私になついてくれる。
初めて未来の家にお邪魔した時はとても驚いた。私の家は周りとは少し違うと気づいてはいたけれど、まさかこんなにも違うなんて思いもしなかったから。正直それに気が付いた時、未来に少しだけ嫉妬した。だってあんなに恵まれた家族と一緒にいるなんてずるいって思ったから。
でも今は違う。私は自分の家族をよりよくするのではなくて、未来と一緒に素敵な家族を作りたいって思うようになった。だってあの三人は私のことを愛してくれないし、私もあの人たちのことを愛してはいない。過去に言われた嫌な言葉はなくなるわけではないし、あの人たちも直す気はないだろう。そんな人たちと仲良くなって家族になる必要なんてない。家族というのは血がつながっているからなるのではなく、きっとずっと一緒に居たい人たちが家族になるのだ。未来に出会ってそう思うようになった。
「未来……」
ついぽつりと未来の名前を呼んでしまう。最近未来との関係でちょっと悩んでいるせいか、今みたいにふとした時につい呼んでしまう。未来といると楽しいし幸せな気持ちになる。それは本当。でも、未来の気持ちと私の気持ちは同じなのかな。
前々から不安に思っていたけれど、今回勉強会でお泊りをして余計に感じてしまった。私は一緒にお風呂に入って正直なことを言うと未来の裸が見たかった。それでお互い恥ずかしいけれど一緒に洗いっこをしてお風呂に入って温まって。夜はベッドでくっつきあいながらこそこそおしゃべりして、たくさんキスをして幸せな気分で寝るはずだった。
でも実際にはお風呂は別々、寝るときは一緒にしてもらったけれど最後まで距離があった。そして将来のことをお話したとき、未来は明らかに困っていた。私が思い描いていることを、未来はまだ考えることはできないらしい。
これって同じ好きって気持ちなのかな。未来は押しに弱いから、私からの告白に流されただけとか……。そういう不安な気持ちがどんどん積もっていって頭の中が重くなる。そのまま時間だけが過ぎていくけれど私はベッドから起き上がることができず、ゆったりとベッドに寝転がってしまう。すると色々と考えていたせいか眠くなってきてしまい、私はその眠気に身を任せて眠りについた。
そしてその夢の中で私は未来のことを意識し始めたときのことを思い出した。
私は昔から人前で話すことが苦手だ。加えて小学校を卒業したと同時に親の転勤で引っ越しをしたため小学校からの友達も全くいなくなった私はいまの中学校で一人きりになった。これは私の緊張のしやすくおどおどした態度も理由の一つではあったけど、それ以外に異性にモテたことによる同性からの嫉妬も理由の一つだろう。というのも小学校高学年になってから背が伸びてほかの女の子たちよりも胸やお尻の発達が早く、しかも平均より大きかったからよくからかわれていたのだ。小学校では数少ない友達がかばってくれたがその子たちはいないため、異性からはからかわれ告白をされるようになり、それを理由に同性からは嫉妬されて遠ざけられることが多かった。
そうして一人で過ごす中学校生活を送り三カ月が過ぎたころ学校で毎年恒例のスポーツ大会が開催され、私ももちろん出場することになった。競技は女子バスケで私の苦手な競技の一つだ。とはいってもスポーツがそもそも好きではないし苦手なのだが。
しかし苦手だからと言ってチームの足を引っ張っていいわけではないと私なりに全力で頑張った。積極的に走ったりとりあえずルールを覚えるために図書室でバスケのルールが書かれている本を借りて読んだりもした。でも私たちのチームメンバーはとても強く、そして本気で優勝を狙っているため、私のちっぽけな頑張りではとてもチームについていくことはかなわず練習でも足を引っ張っているのは私自身感じていた。
そんなある日、家庭科部で使うはずの裁縫道具を教室に忘れたことに気が付いた私は放課後の教室へ向かう。すると教室から何名かの女の子たちの声が聞こえた。
「ねえ、私たちこのままで本当に勝てるのかな?」
「うーん、私たちは動けるけれど雪乃さんが……」
「頑張っているのはわかるんだけれど、あの調子じゃ正直ね」
その声を聞いて私は教室のドアを開けようとした手を止める。頭の中が黒く暗い感情に支配されることに気が付いていたがもう止められない。分かっていた、みんなの足を引っ張っていて迷惑をかけていることくらい。でも私は私で精一杯やっているのになんで認められないのだろう。そんな暗い気持ちになったとき、透き通るような真っ直ぐな声が耳に届いた。
「そんなの私がその分動いて得点を取るから問題ないよ。みんなそんなに暗くならず楽しんでバスケしようよ!」
その声には聞き覚えがあった。いつもクラスの中心にいて、私にも時折声をかけてくれてその度に私がもたもたしても呆れなかった人の声。そして今回私がどこに入るか悩んでいた時に一緒にやろうと声をかけてくれた、橋本未来の声だった。
目を覚ますともう部屋のなかは真っ暗になっていた。のそりと起き上がった私は夢で聞いたあの声を思い返す。そうだ、私はあの言葉に助けられてまた頑張ろうと思えた。そしてあの後私の方から未来に声をかけるようになりそこから徐々に未来の明るくて人を悪く言わない人柄に惹かれていき、女の子とか関係なく好きになり告白。正直当たって砕けろの精神だったけれど未来からいいよと返事をもらいお付き合いをし始めたんだ。
あの時から私の気持ちは変わっていないんだな、なんて自分でちょっと笑ってしまう。でもこのことを思い出したおかげでまた明日もいつもの自分でいられる。未来のことが好きで、一緒に居たいと思う自分に。
明日になったらこの夢の話をきっかけにいつ私のことを好きになったのか聞いてみようかな。たまには前ばかり見てないで、後ろを振り返って見つめているのも楽しいし、何か発見できるかもしれないから。
二人でどこまでも駆け抜けよう 宮川雨 @sumire12064
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