二人でどこまでも駆け抜けよう

宮川雨

第1話 描けない未来

 一年、一ヵ月、一日が過ぎていくごとに不安が積み重なる。雪乃が好きな気持ちに嘘はない、けれどこの先もずっと一緒に過ごしていくなんてことはできるのだろうか。 


 放課後のチャイムが鳴る。今日は金曜日だから明日から二日間お休みだ。とはいっても高校受験を控えている私たちには休みなんてものはなく、ひたすら勉強付けの二日間になることはもう決定事項だ。


「ねえ未来、そろそろ帰りませんか」


 そんなことを考えていたらいつの間にか隣に来ていた雪乃に声をかけられた。そう、雪乃は今日から二日間私の家に泊まりに来るのだ。とはいっても遊ぶわけではなく勉強会をするのだけれど。

 ただ、ちょっと気になることがある。それは最近雪乃と二人きりになるとなんだか変な雰囲気になることが多くなったことだ。勉強前にキスをしてきたり、ぎゅって抱きしめてきてなかなか離れないこともある。でもさすがにそろそろ受験に本腰を入れなきゃいけない時期。いちゃいちゃもしたいけれどしっかり勉強をしないと。


「うん、じゃあ私の家に一緒に帰ろう」


 雪乃と一緒にこうやって変えるようになってもうどれくらい経つだろう。最初は友達として一緒に帰っていたけれど、今では恋人として下校してさらにはお泊りまでするなんて。勉強会だってわかっていてもちょっと楽しみにしている私がいる。


「そういえば雪乃のお母さんたちはなんとも言わなかった? うちのお母さんたちが電話か何かで挨拶しなくていいのかって心配していたけれど」


「うちの両親は放任主義だから本当に気にしないでください。それよりこちらこそお泊りするのだからちゃんとご挨拶しないといけませんね」


「いいよいいよ、そんな気を張らなくても。うちの両親は前に雪乃が遊びに来て会った時から、雪乃のことお気に入りだから」


 そういえば雪乃の家に行ったときはご両親もお兄さんも留守だったな。雪乃自身自分から家族のことをあまり話したがらないし、深くは聞かない方がいいのかも。

 そんなことを話していたらいつの間にか私の家に着いていた。お母さんたちはまだ帰ってきていなかったから私の部屋に直行。雪乃のお泊り道具は学校から帰る途中にあったコインロッカーから持ってきたので、その荷物を適当な場所に置いてもらう。私はその間にとりあえず雪乃と私が飲む麦茶をもって机に置いた。九月になってもまだまだ暑いためクーラーを入れ本格的に勉強の準備をしようとしたとき、雪乃が私の腰に抱き着いてきた。


「ちょっと雪乃」


「いいじゃないですか、少しくらい」


 雪乃は私の背中に頭をつけて腰に回した腕の力を少し強めた。まずい、このままだとまた雪乃のペースに持っていかれて勉強が遅れちゃう。


「だーめ。ほら、勉強するよ。一緒に勉強して二人で女子高に行こうって約束したでしょ」


「……わかりました、我慢します」


 ちょっと不満げな顔はしているものの、勉強道具を鞄からだして準備を始めたことに少しだけほっとした。なんだかんだいってもいつも雰囲気に流されている自分がいる。でも夏に行われたテスト結果でいい成績じゃなかったから私はこれからもっと頑張らないと。雪乃は今のままなら志望校に合格できるだろうけれど私は厳しいって言われちゃったし。


「私はとにかく苦手だけど伸びしろがあるって言われた歴史を中心に勉強しようかな。雪乃は何を勉強する?」


「私は数学が前回のテストで点数が低かったのでそこの見直しをします。お互い何かわからないことがあったら聞き合いましょう」


「オッケー、そうしよう。それじゃあとりあえず夕飯までお互い勉強! さて、始めよう」


 そう私が合図をするとお互いにもう自分の世界に入って集中して勉強をし始める。しばらくして気が付いたらもう日が沈んでいてお母さんに夕飯の支度ができたってリビングから呼ばれた。

 夕飯を食べながら学校でのことや勉強のことを話したりしていると、雪乃は妹の奈枝に気に入られて一緒にお風呂に入ろうなどと誘われていた。私の妹ということもあって好みが似ているのかな? なんて的外れなことを考えながら奈枝に一人で入りなさいといって雪乃をお風呂場に連れていく。タオルの準備をしてシャンプーの場所などわからないところを説明し終え、最後に雪乃にほかになにか聞きたいことはあるか確認をする。


「こんな感じだけれど、ほかにわからないところはある? ドライヤーは私の部屋にあるからお風呂からあがったら貸してあげるよ」


「質問は特にありませんが、未来は一緒に入らないのですか?」


「……え?」


 雪乃の顔を見るとふざけてからかっているという様子ではなく、真面目な話として聞いてきたようだ。私は正直一緒に入るという選択肢が出てくることに驚き、そして困惑した。


「いやいや、二人で入ったらお風呂狭いしゆっくりできないでしょう。一人でゆっくり足伸ばして入りなよ。この後もまた勉強するんだし」


「そうですか、わかりました。それではまた別の機会に一緒に入りましょう」


 ちょっと意地悪そうな顔をして雪乃はお風呂の扉を閉めた。またの機会ってことはどこかで一緒にはいるってこと? なんで一緒に入る必要があるのだろう。修学旅行とかで大きなお風呂に入るならわかるけれど。

 そんなことを考えながら雪乃がお風呂から上がってくるまで英単語帳を見て勉強する。雪乃が上がってきたらドライヤーを貸して今度は私がお風呂に入る支度をし始める。お風呂場に行って服を脱いでいる時、ふと鏡に自分のあまり成長していない胸が写っているのが見えた。

 ……まさかとは思うけれど私の裸が見たかったとか? いやいや、私は雪乃みたいに胸大きくないし、付き合ってはいるけれど女の子同士なのだからそんななわけないか。ないない。

 お風呂から上がって髪を乾かしたら今度は昼間とは違う科目の勉強を始める。しかしさすがに眠くなってきて時計を見るともう二十三時になっていた。雪乃の方を見ると少し眠そうな顔をしていたため、今日はもう勉強はおしまい。机と教科書などを片付けて私がお客様用の布団を出し始めると、雪乃は驚いたような声をだした。


「あの、一緒に寝ないのですか?」


「へ?」


 お互いに驚いたような困惑したかのような顔を向き合わせたまま数秒固まる。一緒に寝るって、逆になんで一緒のベッドに入る必要があるのだろう。私も雪乃も結構背が高いから一緒に寝たら絶対に狭くなるだけなのに。


「えっと、雪乃はなんで一緒に寝たいの? それだとベッド狭くならない?」


「なんでと言われましても、一緒のベッドで抱き合って寝た方が絶対気持ちいいしそれにその、心がつながる感じがしません?」


 一緒に寝ることで心がつながる感覚がする? 私は普段あまり使わない頭をひねって考えたけれど、やっぱりその感覚は良くわからなかった。だって私は雪乃が好きで、雪乃は私が好き。それなのにこれ以上近づく、そしてつながるってどういう感覚なのだろう。

 うんうんと頭をひねってうなりながら考えている私を見た雪乃は口元に手を当てて少し間を開けてこう切り出した。


「わからないのであれば試しに一緒に寝てみましょう! そうしたら何かわかるかもしれません」


 雪乃の勢いに押された私は結局一緒のベッドで寝ることに。とはいったものの、やはり決まずくて私は雪乃に背を向けて壁にできるだけ近づいて横になっている。正直寝にくい。でも雪乃と向き合って寝るのもなんだか心がざわざわしてできない。この気持ちはいったい何なのだろうか。

 自分の気持ちを考えていると眠気が飛んでしまい、眠れないままこの気持ちについて考える。すると雪乃がそっと私の背中に手を置いて話しかけてきた。


「一緒に寝ていると何か変な気持ちになりませんか?」


「変な気持ちというか、なんだか心がざわざわする。なんでだろう」


「ざわざわ……。そうですか」


 背中の方から少し嬉しそうに笑う雪乃の声が聞こえる。いったい何がおかしいのかさっぱりわからない。わからないことだらけで悩んでいる私に、雪乃は先ほどの嬉しそうな声を変えて真剣な声で問いかけてきた。


「ねえ未来、あなたは将来についてどこまで考えていますか?」


「将来? えっと、正直よくわからないや。いまだって高校受験のことで頭の中がいっぱいでそれより先のことなんて考えられないのに、それ以上のことなんてわからないよ」


「そうですか。未来、私は未来とずっと一緒にいることを考えています。高校だけじゃない、大学生になってそのあと社会に出て大人になってもおばあちゃんになっても」


 私の背に置かれた雪乃の手が腰にまわされ、ぎゅっと力強く抱きしめられる。その息がかかるほどの距離の近さと思いのほか力を込めて抱きしめられていることに、私は心臓を強く鳴らしながら雪乃の話を真剣に聞く。


「結婚は難しいかもしれません。子供もできません。それでも私は未来と一緒に先の人生を歩んでいきたいのです。未来は私と一緒にいる将来を描けますか?」


「私、私は……」


 雪乃が腰にまわした手を握り返そうとしたけれど、できなかった。私は雪乃が好き。その気持ちに嘘はない。でも、大人になって隣にいるのが雪乃なのかそこまで考えられないのが本当の気持ちだ。だから今ここで雪乃の手を握り返すことはできない。

 いつまでたっても返事をせず行動もしない私をみて雪乃は何を考えたのだろう。嫌いになっただろうか、悲しませてしまっただろうか。もしかしたら別れようって言われるのかな、なんて考えたらなぜか私が泣きそうになってしまった。

 すると雪乃は私の首筋に軽いキスを何度も落とした。いままでされたことのない場所にキスをされたからか、いつもとは違うちょっと高い声がでてしまう。なんだか息まで少し荒くなったところで雪乃からのキスが終わった。終わってしまったことに少し寂しい気持ちになりながらも、私は雪乃の方に少し体を向ける。


「ごめんなさい、答えを急がせて困らせてしまいましたね」


「ううん。でもその、ごめんなさい。本当にまだよくわからなくて」


「いいのですよ、急がなくで。でもこれから少しずつでもいいから考えてくれると嬉しいです」


 雪乃の右手が腰から私の手を握り、ちょっと悲しそうな顔で笑った。私は今度こそ雪乃の手を握り返し、雪乃の気持ちに答えた。


「うん、ちゃんと考える。雪乃のことも、これからの将来も」


 結局そのあと二人で手をつなぎながら同じベッドで朝を迎えた。次の日の朝、雪乃はいつもと変わらない様子で挨拶をし、特に将来の話題は出さずに一日過ごした。私は勉強をしっかりしつつも雪乃に言われたことを時折思い出しては、自分が大人になったらどうしたいのか考えるようになりながら土日を過ごしたのであった。

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