番外編/If ~ある日の出来事~

何となく書いた番外編です。タイトルにもありますが、Ifストーリーです。短編集に入れようと思ったのですが、埋もれてしまいそうなのでこちらに入れました。

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「──町の住宅にて火事の通報があり──爆発──二名が重症、一名が死亡──この家に住む──」



 ──私の、小学校の頃の同級生。


 小学二年生の時点で、彼女ははっきりとした美少女だった。それだけではない。運動神経も抜群で頭も良く、性格も優しく天真爛漫で、男女の隔てなく愛されて常にクラスの中心にいる子だった。しかも、家はお金持ちだと言うから非の打ち所がない。


 対する私は、引っ込み思案で消極的な存在。顔立ちも学業も運動も何もかもが普通。いや、普通よりちょっと下だっただろうか。ともかく、彼女とは正反対であったと言っていいだろう。


 あれは、ある日の体育の授業のことだった。確か運動会を控えてだっただろうか、徒競走の練習をしている時に、私は盛大に転んでしまった。先生は別の方角を見ていて気づいておらず、周囲の同級生も遠巻きに見ているだけで。

 私は擦りむいて血の滲む膝小僧を見つめ、じんじんとした痛みにどうしていいかも分からずに、泣きそうになるのを必死に堪えながらその場で蹲っていた。


「大丈夫!? 京子ちゃん!!」


 その時、手を差し伸べてくれたのが彼女だった。話したこともないのに下の名前で呼ばれて、やっぱり私にとっても憧れの存在であって、私は何も言葉を発せぬまま差し出された手を呆然と見つめているだけだった。


「とりあえず傷口洗ってから保健室行こ!」


 彼女は私の手を取ると、強引に引っ張って校庭の端にある水場に連れていき、砂混じりの傷口に水をかけて綺麗にしてくれた。

 私は怪我をしたショックなのか痛みなのか、現実感がなくふわふわとしていて、気づけば保健室の先生に手当をしてもらっていた。転んで怪我をしたのだという説明すら、彼女がしてくれていた。



「傷口大丈夫? わ、かさぶたになってる。私、見るの初めて」


 怪我をした翌日、絆創膏の下に出来たかさぶたを興味深そうにしげしげと眺め、指先で軽くつついて痛くないかを聞いてきた。少し痛みがあったが、それよりも再び彼女が話しかけてきた驚きの方がまさった。


 それから、何故か彼女は私によく話しかけるようになった。

 それだけではない。お昼休みに教室でぼーっとしているだけだった私を積極的に外へと連れ出した。他の子に混ざる訳ではなく、私と二人で遊んでくれた。放課後も、しばしば彼女は私を公園やちょっとした林など色々な所へ連れていってくれた。いつも強引ではあったが、嫌な気持ちにならなかったのは彼女の人柄によるものだろう。


 ある日の彼女は、公園で蟻を踏み潰して遊んでいた。その時は、私も一緒に楽しんだ。何匹も踏み潰して、最後は巣穴の入口を土で埋めた。


 幼さが故の残酷さというものだろうか。


 ある日の彼女は、公園で蟻の触覚をむしって遊んでいた。方向感覚がなくなってしまうらしい。右往左往している姿を楽しそうに眺めていた。行為自体はよく分からなかったが、楽しそうにしている彼女を見ているのが楽しかった。


 小学校五年生のある日、理科の実験で蛙の解剖をした。誰も手を出したがらない中で、彼女は率先してメスを手に取り、腹を割いて中身を眺める。電極でびくりと反応する様子を、きらきらとした目で見ていた。

 周りの人は、先生も含めただ勉強熱心だと思っているだろう。けれど、きっと、それだけではない。あの時、実験のグロテスクさに顔を青くしていた私に向けられた優しげな微笑みは、一体何を意味していたのだろうか。

 そして、彼女は解剖した蛙の死体を持って帰りたいと先生に言っていた。蛙のお墓を作りたい、と。許可は出た。

 でも、私は知っている。校庭の脇にお墓こそ作ったものの、その中には何も無く、彼女は蛙の死体をそのまま持ち帰っていたことを。それになんの意味があるのか。私にはよく分からなかった。


 小学校五年生のある日、うさぎ小屋から一羽がいなくなった時があった。ちょうどその時飼育係だった私はショックを受けた。私が鍵を閉め忘れたのかもしれない。けれどたった一羽ということで、程なくして忘れられていった。

 ただ、うさぎがいなくなった翌日、妙に上機嫌な彼女から「今日、家に来ない?」と誘われた。初めてのお誘いにわくわくこそあったものの、何となく嫌な感じがしてその時は断った。


 そこから少しづつ、私は彼女のことが苦手になっていった。私の知らない何かが、彼女の中に潜んでいるのを感じたからだろうか。

 幼さ故の残酷さではない、何かを。


 六年生になったある日、彼女は教室で悪戯っぽい眼差しで私の席へと来た。


「ねぇ、知ってる? ニワトリって頭が取れても走り回るらしいよ」


 あまり、その光景は想像したくなかった。その場は作り笑いで誤魔化したが、そんな私の内面を知ってか知らずか、彼女はじっと私を眺めていた。そしてまた、家に誘われた。


 私は行かなかった。


 翌日、「ホントだったよ!」と報告された。彼女の目は、無邪気で天真爛漫な光を持ち続けていた。


 そして、中学に進学するタイミングで、私は隣県に引っ越しをすることになった。仲の良い友達は彼女くらいだったけれど、正直、その時には彼女のことは苦手、いや、不気味に感じていたから、離れることの寂しさよりも離れられる口実が出来たことに安堵した。


 それから、私と彼女は疎遠になった。



 あの時、彼女のそんな一面を知っていたのは私だけだっただろう。彼女がクラスの、いや、学年全体の人気者であることに変わりはなかったのだから。


 何故、私にだけそんな姿を見せたのだろうか?


 今思い返すと、彼女が何かをしている時、或いは何かを話している時、常に私の表情を見ていたように思う。あの、瘡蓋かさぶたを見ていた時のように。


 ──戸賀崎とがさき花音かのん


 私のかつての同級生。

 彼女の自宅で起きた爆発事故では、彼女自身の他に家族では無い二人も一緒に発見された。


 曰く、生き残った少年には、今回の事故ではない無数の傷跡があるらしい。

 何となく私は、『人間に興味を持ったんだな』と思った。本当に、何となくそんな気がした。



 そして数ヶ月が過ぎた頃。


 ──生き残った少年と戸賀崎さんが病院から消えたのだというニュースを見た。


 きっとその少年は、昔の私のように強引に手を引かれたか、或いはあの時の蛙のように彼女に連れていかれたのだろう。


 その先には、何が待っているのだろうか。

 彼女は今、何をしているのだろうか。

 今の私には知るよしもない。

 別に、知りたいとも思わなかった。


 ただ、小学校の記憶を引っ張り出されて、何とも言えない不快さと感傷の入り交じった気持ちになっただけ。


 そんな、ある日の出来事。

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記憶の澱 ゆゆみみ @yuyumimi

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