俺を名前で呼ぶヤツにロクなヤツがいない件。

燈夜(燈耶)

俺を名前で呼ぶヤツにロクなヤツがいない件。

 窓から夕陽が差し込んてくる。

 赤い光が俺を、俺のクラスを染め上げていた。


「はあ」


 週末である。

 だがしかし。

 気が付くと、溜息しか出ない。

 ここのところ、ついてない。

 あいつが俺から離れてからと言うもの、世界は色を失って、どんな音楽も雑音にしか聞こえない。

 まして、教師の言うことなんて。


「あー、登下校では注意するように。変質者の出没情報がある。いいか、まっすぐ帰れよ?」


 無言の教室。

 で、教壇に立つ男性教諭の零す余計な一言。

 俺はふと担任教諭を見る。

 目と目が合った。


 ああ、そうとも。なんとなく嫌な気がした。


「──聞いていたな、早乙女」


 俺は耳の先をピクリと動かした。

 早乙女。俺の苗字である。

 そして聞こえてくる、ヘイトな奴らの囁き声。

 旧友のうち、数人がクスリと笑いあっていた。


 なぜにそこで俺の名前を呼ぶかな先生よ。

 俺は変質者じゃないっつの。健全健康な男子生徒だ、ちょっとブルーはいってるけどな!

 一瞬で怒りが湧いた。

 でも、そう思うも一瞬だ。俺の人生にとって欠片も関係ないことである。

 愚民が俺をどう思おうと、そして何お考え発言しようと。

 そんなものを真剣に取り合って、俺の人生のどこに何の益がある。


 そうだろ?


「では解散!」


 やや裏返った教師の号令、それとともに気が早いクラスメイトらがガタガタと席を後にしだす。

 俺も放課後モードへすぐに切り替えたのだが。


「いいな、早乙女!」


 と、俺の動作を止める発言が再び教壇から飛んだ。


 ──追い打ちかよ担任め! 何か俺に恨みでも……ああ、思い返したら俺、先生に迷惑ばかりかけてたわ。


 しかしだ。


「……畜生め」


 俺は滾る怒りを抑えて小声で言うと、マスクをかけ直しては怒髪天のまま席を立つ。


 ──どいつもこいつもヘイトなやつらばかりだぜ!


●○●


「はい、一個百五十円を四つで六百円になります!」


 と、その小柄な女性アルバイターらしき店員は俺の前にカップアイスの群れを押し出した。

 それと、ソシャゲゲームコラボの景品群。全部で四種類。奇跡的にまだ残ってた。 

 全種コンプである。

 だから、コラボ中のカップアイスを四つも買ったのだ。

え? 筋金入りなら観賞用、保存用、布教用と合わせて三セット買え?


 ──冗談言うな。


 まあまあ。

 とにかく景品全回収計画はこの店一件で済み、他店まで足を延ばさず済んだ俺。

 実にラッキーである。

 酷いときは四軒回っても品切れか、ダブりの景品しか残ってないこともあるからな。


 で、浮かれてた俺は店員に対する注意が薄れていた。

 実に没個性的とは遠い、スタイルの良い女性店員なのだが。

 ただ、帽子を深々とかぶり、大ぶりのマスクもしているため顔は拝めない。

 俺は千円札を出し、機械に入れる準備をする。


「あ、景品目当てなんですね、早乙女くん」

「は……?」


 と、俺は情けなくも掠れ声。


「はい?」


 何を隠そう、目の前の女性店員の声である。

 ガツンと頭を殴られたような衝撃。

 俺は跳び上がった。

 コイツ、どうして俺の名前を知っている!?


 ──それにだ。


 この声、どこかで聞いた、いや、聞き忘れるはずもない声が聞こえたのだ。

 俺は初めて顔を上げ、女性店員を凝視する。


 どこかで見た顔。

 いや、一生忘れえぬであろう顔がそこにあった。

 小顔、整った眉と瞳、そして帽子の下のサラサラポニーテイル。

 大ぶりのマスクの上からでもわかる、忘れえぬ顔。

 俺はこの目を、目つきを知っている。


 俺はその彼女と目が合った。凝視する。

 視線が絡み合い、その目が笑うのを見る。

 どこかで見た顔……どころじゃねぇよ!


「げ、お前!?」

「そうでーす。あなたのクラスメイト、そして元カノさんですよ! ハイ!! 奇遇ですね、早乙女くん?」


 目の前の彼女はそう言うと、自分のマスクを指で引っ掛け顎にずらす。

 するとケラケラ笑う、満面の笑みがそこにある。


 ──なんだなんだ、その意味深な笑い顔は!

 何か裏が、ううん、当たり前だ、裏があるに決まってる!


「あはは、可愛い女性キャラばかりじゃん。しかも四人全部この店でコンプ? やったじゃん、他の店も回らなくてすんだみたいだね! そっかそっか、隠れオタク止めてなかったんだ、早乙女くんは?」


 ぐうの音も出ない指摘。


「ぐっ!」

「うんうん、フルコンプおめでとう! これもそれも全部私の優しさと早乙女くんの人徳の現れだよ。よかったね!」


 彼女はニコニコ。

 本物の、いたずらっ子のような笑顔が顔に張り付いている。

 フルコンプは嬉しい。リップサービスも嬉しい。だが、こいつは自分自身を売り込むことも忘れない。

 コイツはこんなやつなのだ。

 俺の人徳は当然として、コイツの優しさなんて関係あるものか。


 しかし、しかしだぞ!? 


 こんな深夜までバイトだと!?

 そう、この女は俺のクラスメイト。

 しかもただのクラスメイトじゃない。


「うんうん、クラスのみんなには秘密だよ? 私も早乙女くんの深夜徘徊を黙っておくから、早乙女くんも私がここで深夜バイト入っていることには黙っておいてね?」

「あ、ああ」


 俺は震える声を絞り出す。

 反射的にだ。自然と声は硬くなる。


「え? お礼ってそれだけ? 優等生でチクり魔の私がこんなに譲歩して大サービスしてあげたのに?」

「うん、ああ、助かる……そうしてくれると嬉しい……アリガト」


 片言の反論がやっと。

 がんばれ俺。


「うんうん、よろしいよろしい!」

「……」


 絶句するしかない。


「うん、これで私と早乙女くんは共犯だね!」

「はぁ!?」


 ──う、うおお。絶句を通り越してなんと表現するとよいのか。


「で、どうしてそんなに緊張してるの? 今更オタク趣味を指摘されて動揺してるの? 私、とっくにそんなこと知ってるよ」

「え、あ……お、おう」


 俺の声が震える。

 だが、この女はさらに爆弾を俺に投げ込んだ。


「もう、いけず。早乙女くんと私はあんなことやこんなこともしあった仲じゃない」


 俺は目を向いた。


「ハグどころかキスもねえ! 手をつなぐことすらなかっただろ!?」


 恋人同士のハグ? キス? それはいったいどこの世界の話だよ!

 とっさに叫んでしまってハッとする。

 だが、深夜のコンビニに、それを咎めるものは居ない。

 客は俺一人のようだった。


「えへへ、照れてる照れてる、昔の彼女にまだまだ照れてる!」

「うるせえ」

「うんうん、初々しい反応! そっか、早乙女くんってばまだまだこの私に恋しちゃってるんだ、心残り、アリアリなんだ!?」

「どうしてそうなる!」

「そんなの」


 と、彼女は一度言葉を切った。


「……」


 沈黙数秒、彼女の形の良い赤色の唇が続く言葉を紡ぎだす。


「……うん、そんなの簡単だよ! 私、まだまだ早乙女くんの観察日記、つけてるんだよ?」

「観察日記だ!?」


 俺はごくりと喉を鳴らす。


「……と、言ったら?」

「ウソかよ!」


 と、俺はコイツに遊ばれていることを知る。


「あはは! 面白ーい、ホント早乙女くんってからかうと最高!」

「ぐぬぬ、お前は俺をふったんだよな!? 恋愛対象として見れない、って!」

「あはは、だから私にとって、早乙女くんは大事な観察対象なんだってば!」

「おまえ、ピュアな男子の恋心を転がし遊んで嬉しいか!?」

「うーん、元カノとしては気になるよ? 一度は心を許した仲だしね? 私、今でも早乙女くんのこと、LOVEじゃないけどLIKEだよ?」

「うるせ!」


 俺は一言で切り捨てる。

 でも。


「うんうん、いい反応! ね、より戻してみる? ──私たち」


 と、俺は絶句するしかなくなった。

 その言葉に俺は頭から水を浴びたような気分になったのだ。

 そう。

 冷静さを一気に取り戻す俺の頭。


 ──コイツと、また付き合う?


 それは良いこと悪いこと?

 深夜の店内に来客はなく、周囲を沈黙が支配する。

 俺は真剣に考え始めた。


 こ、今度こそキスを……いや、手ぐらい繋いで……いや、こうして少しづつ毎日話すだけでも……。

 俺の頭をああでもないこうでもないと、妄想が湧いてはぐるりと思考が回る。


「あ! 本気にしてる!」

「え?」

「やっぱりそうじゃん、早乙女くん、私のことまだ好きなんだぁ!」


 彼女が笑う。

 こ、コイツ……!


「うるせえよ」

「それにしても、まだ新しい彼女できないんだ?」

「悪かったな、と、いうかどうしてお前にそんなこと気にされなきゃいけないんだよ!」

「うんうん、そっかそっか、私に愛想つかされて振られた後、まだ私のこと引きづっていたんだ、そうなんだ」

「そんなことあるか!」

「うんうん、強がり言っちゃって!」


 こいつは大口開けてカラカラと笑うのである。


「強がりじゃねぇ!」


 ぐおお、叫びとともに涙が。

 ぐおお、男の純情が! このクソアマ、冗談かよ!


 俺はアイスとタペストリーを持ってカウンターを離れようとする。


「あ! ちょっと早乙女くん!」


 あの女がまだ何か言っている。

 無視だ無視!


 俺はずかずかと出口に向けて歩き出す。

 そして、俺は自動ドアの前で彼女の捨て台詞を聞く。


「あ、電話するから! より戻そう、って提案、私本気だから! 私もあれからずっとフリーなんだってば!」


 ──ああ、言ってろ言ってろ!

 もう騙されるもんか!


「──ちょっと、早乙女君!」


 と、俺はアイツの声を背に店を出た。




 ●○●




 で、次の日。

 目を腫らした俺がいたわけだ。


 ──くそう、あの女! なんだよ連絡するって言っておいて……何も連絡よこさないじゃねぇか!

 うん、次の週、朝の登校時。

 俺は携帯端末を手に、それを握りつぶさんと力を入れたんだ。


 破壊音の代わりに、あの女の笑い声が聞こえた気がした。

 くそう、むかつくぜ!


 ──でも。


 うん、アイツ最低だけど……美人で気が利くし、その実ホント、いい女なんだよな……。

 と、引きずる俺がいるのである。


「クシャン!」


 と、マスクの下からくしゃみが。

 くそう、誰かが俺の噂を……そう、むかつくアイツが俺のことをネタに誰かに話してるんだ。


 と、思うほど。


 ──ああ、俺って重症だったんだな。

 と、隣にアイツがいない今日を、明日を思うのだった。

 フリーだと言うアイツの言葉、少しは信じても良いのかもしれない。


 うん、騙されてもいい。

 また、アイツの隣に並びたい。

 俺は少々浮かれた頭で、そう思うのだ。


 ああ、俺の頭、今日も相当いかれてるぜ。

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