第56話 三叉の尾
作者より)
第46話 聖女と魔王とひらめいた名案 の次に挿話「種明かし」がアップされています。
リノファとドリーンのお話です。
まだご覧になっていない方は見てみてくださいね。
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「――テルル、気をつけて。あいつ、また尾を隠してるよ!」
イチカは魔物を指さしながら叫ように言った。
彼女はテルルから若干離れた位置で、光り輝く結界に護られている。
魔物除けの野営結界である。
これにより、
テルルは漆黒の
「ニン……ゲン、メ……!」
「ゴロス……!」
地中に隠している尾を走らせることに意識を集中しているのである。
「テルル……死んだら許さないからね……」
イチカは何度目か知れずに呟くと、固唾をのんで見守る。
だが、全て父さんが言っていた通りだった。
黒光りする甲冑のような甲殻に包まれており、大きな2つのハサミでテルルを威嚇している。
まるでそれしか武器がないように振る舞ってはいるが、そうではない。
肝心の尾は地中に潜めているのだ。
「………」
イチカは尾の動きが砂浜の変化で見て取れないか、瞬きもせずにあたりを見る。
しかし、全くわからない。
尾は自在に伸縮して砂中を音もなく走るという。
それゆえ、どこからどう狙ってくるのかが読めない。
それだけではない。
先端は海神が与えたとされる魔法の
そんな凶悪な尾と対峙する方法はただひとつ、と父さんは言っていた。
狙いをつけさせる前に馬で駆け、
「―――!」
突如、波打ち際から砂と海水が舞い上がる。
先手は
鋭い尾の影が、テルルの背後に勢いよく現れたのである。
父が言っていた通り、見切られにくい角度から、三叉の槍がテルルを強襲していた。
「――危ない!」
イチカの胸で、心臓が飛び跳ねる。
しかしテルルは、背を向けたまま突き出された尾をひょいと躱す。
「……えっ?」
イチカが目を見開く。
「シャアァァァ――!」
これで終わりだと確信していた大サソリは、躱されたことを知ってその牙をむき出しにする。
尾を振り回し、貫かんと頭上からもう一度テルルを襲う。
さっきよりも勢いをまして。
「―――!」
ズシャ、という音を立てて砂浜に尾が突き刺さり、深くめりこんだ。
「テ――!」
イチカが前のめりになり、食い入るように見る。
すぐに、ほっとした。
何も捉えていない。
テルルはまた躱し、その横に普通に立っている。
「まさか、あれが見えているのかい……」
離れた場所から見ているイチカだから、よくわかる。
尾は常に、テルルの視界に入らない角度から急襲している。
にも関わらず、テルルは後頭部に目がついているかのように躱すのである。
同じことは三度、四度と繰り返されるも、テルルは変わらず涼しげな顔で躱し続ける。
「シネェ――!」
尾がその苛立ちを反映するかのごとく、乱雑に振り回され始める。
突き刺そうとするだけではない。
吹き飛ばしを狙った、鞭のような横薙ぎもある。
しかしそれ以上にテルルの反射速度が常識を逸していた。
「すごい……テルル……」
イチカはまばたきを忘れていた。
何度狙われても、尾はテルルを捉える気配が全くないのである。
海を渡る船乗りという職業上、父や他の【職業持ち】たちが魔物と戦うさまは嫌というほどに目にしている。
しかしテルルのそれは、彼らとは天と地ほどの差があった。
素人目で見ても、テルルははっきりと格が違うのである。
「ここまで……」
【職業持ち】とは、ここまでの高みに至ることができるものなのか。
「きゃっ」
バキィ、という音に、イチカが悲鳴を上げ、とっさに目を閉じた。
尾の横薙ぎで、テルルの近くにあったヤシの大樹がへし折られていたのである。
「うわ……」
イチカの膝が震えだす。
うかつに身に受ければ、ただでは済まない恐怖の一撃。
それが幾度となく繰り返されていることを、イチカは悟った。
しかし、その尋常ではない威力を目の当たりにしても、テルルは変わらず飄々と舞っている。
大サソリを軽く手玉に取りながら。
やがて、
「す、すごいじゃないか! テルル!」
イチカの声が興奮で裏返る。
イチカは期待せずにはいられなくなった。
テルルは自分の【未来予知】を本当に裏切ってくれるのではなかろうか、と。
「絶対に死ぬんじゃないよ!」
イチカの言葉に、テルルは頷いて見せてくれる。
それがとても頼もしくて、イチカは嬉しかった。
同時に心に湧き上がるものがあったが、イチカはそれが何か、わからなかった。
一方、砂の中で、
――向き合っている人間は只者ではない、と。
「ゴロス……ゴロスゴロス!」
呪うように呻きながら、
尾を天に向かって突き立つように構えると、腰を据えて魔法詠唱に入る。
――ドシャッ!
わずか数秒の詠唱ののち、テルルの足元の砂が2つの手となって形を変え、勢いよくテルルへと伸びた。
〈
立ち位置を変えたのは、テルルを海へと逃れさせぬためであった。
「………!」
イチカはそれを見て青ざめた。
かつて見た【未来予知】で、テルルの脚をこの手が掴んでいたのを思い出したのである。
「テ――!」
イチカが言葉にならない声を発する。
危ない――!
しかし、テルルはやってくる砂を一瞥すると、わかっていたかのようにひょい、ひょいと左右に体を跳躍させ、躱す。
2つの砂の手は、虚しく空を掴んで消え去った。
「テルル! もう!」
イチカは安堵のあまり、つい笑い出してしまう。
同時に、魔法なのにあんなにあっさり躱せてしまうものなのか、という驚きもあった。
しかしテルルは躱して終わりではなかった。
テルルはさらにもう一度跳躍すると、剣を構えながら一気に尾の側面に回り込んだのである。
「………!」
尾は魔法詠唱のために露出させたままであった。
「シャアアァ!」
慌てて尾を砂中へと戻そうとする。
普段の相手ならば、別に斬らせてもよかった。
そもそも自身は最も深き深海の魔物。
地上で磨いた金属ごときでは斬り裂けぬという自負もある。
だが今回の相手には、そうする気になれなかった。
いや、正確にはそうしてはいけない気がした。
すでにこの魔物の心には、そうせざるを得ないだけの恐怖が植えつけられていたのである。
しかし間に合わない。
尾が沈み込む前に、人間の黒き剣が一閃される。
ガァァン、という重い金属同士がぶつかりあったような音。
スコルピオトライデントの視界に緑色の体液が散った。
「……えっ!?」
これにはイチカも驚きを隠せなかった。
「き、斬り裂いた……!?」
傷を与えるには、馬で駆けて
なのに……。
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