第55話 相対

 作者より)

 第46話 聖女と魔王とひらめいた名案 の次に挿話「種明かし」がアップされています。


 リノファとドリーンのお話です。

 まだご覧になっていない方は見てみてくださいね。



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 風もない、穏やかな天気である。

 天候に恵まれたのが、なによりも幸いだった。


「うまく辿り着けそうだね」


 小舟を漕ぎながら、イチカが言う。


「はい」


 雨や風もなく、波も穏やかであったため、相談の上で昨日夜を明かした島に帆船を置いたまま、小舟でここまでやってきた。

 15km近い距離があったそうだが、二人で舟を漕げばそれほどの苦難ではなかった。


 そうして2時間ほどが経っただろうか。


「見えてきましたね」


 今は異質な世界が、眼前に広がっている。

 実際に目にすれば、誰しもここが『剣岩地帯ソード・リーフ』と呼ばれる理由がわかるだろう。


 今までは海のどこを見ても他との違いは分からなかった。

 だが、ここだけは明らかに違う世界。


 随所から岩が剣のように鋭利な姿で、海面から空へと突き出ているのである。

 それらがなにかを守っているように見えるのは、己がそうと知っているからか。


「ゆっくり……ここから11時方向に、そうそう」


 剣岩を縫いながら、己とイチカは息を合わせ、小舟を漕いで進む。


 真横を通り過ぎる剣岩のひとつひとつは、フジツボと呼ばれる貝が埋め尽くすようにびっしりと張り付いていて、剣岩の強固さを増している。

 小舟だから易易と避けて通っていけるものの、イチカの帆船であれば、ちょっとしたミスで船底にぶつかって簡単に穴が開くことだろう。


(いけそうだな)


 舟を一緒に慎重に進めながら、常に【エコーロケーション】で魔物が寄ってきていないか確認した。

 

 イチカを危険に晒す訳にはいかないため、寄って来たらフリアエの〈罪咎のワイエルシュトラス〉で先手で叩きのめしていたので、ドロップだけがぷかーと浮かんでくる不思議があったくらいである。


「テルルが目指しているのは、あの島だろ?」


「はい」


 オールで舟の向きを丁寧に調整しながら、イチカが顎で先を示した。


 剣岩に囲まれた先に、目指す孤島があった。

 熱帯系の植物が覆っており、大人の脚で2時間もあれば一周できてしまうくらいの大きさのものである。


 舟は浅瀬に入り、膝の深さまで来たところで、船から降りて上陸した。


「はぁ~襲われやしないかとドキドキだったよ」


「案外にいなかったですね」


 一応襲われてはいたのだが、不安を煽らぬ方が良いと話は合わせておく。

 ともかく舟は砂浜につけて停泊させておく。


 ここから見える範囲では、イチカの父の船らしきものの姿はなかった。


「一緒に行くよ」


「お願いします。まずは見晴らしのいい場所を調べます」


 二人で孤島に足を踏み入れ、海岸沿いに時計回りで歩き始める。


「リゾートっぽくていいけど、相変わらず気分が乗らないね」


 イチカがため息をつきながら言う。


「魔物を倒した後に満喫しましょう」


「ふん。海に浮かんでたら、蹴ってやるから」


 イチカは軽口を叩いているが、内心は恐怖でいっぱいなのだろう。


 何度も言うが、冒険者でもないイチカがこうやって行動を共にしてくれるというのは、大変勇気のいることだ。

 それだけに、彼女を危険に晒すわけにはいかない。


「こっちに行きますね」


 魔物の気配を探りながら、海を右手にして砂浜を選んで進む。


 歩くたび、足元の砂がザッ、ザッと鳴る。


 島の中央は熱帯らしい茂密な緑が広がっている。

 日差しも強く、湿気のせいか、べっとりとした暑さだ。


 フルーツの甘い香りがする森を横目に、浜辺を歩き続ける。

 三叉槍の大蠍スコルピオトライデントは、その特徴から浜辺にいるはずである。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 三叉槍の大蠍スコルピオトライデント

 その名を与えられたこの魔物は、久しぶりにやってきた獲物のにおいを感じ取り、歓喜していた。


 この感じは人間であろうか。

 だとすると、実に久しい。


 最後に喰ってから、10年近く経つのではなかろうか。


「ククク……」


 大サソリの魔物はその牙を開きながら、息を吐くように笑った。


 水中を過ごせぬ人間が、わざわざこんなところまで来る苦労には同情するが、それごときが自分を倒そうなどとは、愚かにもほどがある。


 自分は、そこらにいる他の魔物とは違う。

 神に祝福された存在なのであるから。


 三叉槍の大蠍スコルピオトライデントは砂の中で身じろぎもせずに、その時をじっと待ち続ける。


 この大サソリのレベルは125。

 格としては上から三番目の【Epic】に分類されるが、世に3体しか存在しない『限定的な魔物リミテド・モンスター』である。


 尾を含めない体長で4メートルもあり、外見はただの巨大なサソリであるが、その黒光りした甲殻は深海の高い水圧に耐えるだけの硬さを合わせ持っている。


 さらに特筆すべきはその尾。

 尾に魔法の三叉槍トライデントを持つのである。


 その三叉槍トライデントこそ、海神ポセイドンより与えられた槍とされており、強力な魔力を秘めている。

 発動体となって様々な魔法を繰り出すほか、魔法全般を吸収したり、津波を起こして敵を攻撃する異能すらも持っている。


 限定リミテドとされるゆえんである。


「シャァァァ……」


 なんとたやすいことか。

 このまま砂の中で待ち、頭上にやってきたところを一気に喰らうだけのこと。


 世を騒がせる勇者ほどの実力があろうと、この三叉槍トライデントの前には、屈するしかない。


 ――愚か者には、見合った愚かさを教えねばならぬ。


 魔物は砂の中であざ笑いながら、静かにその時を待つのであった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 ……ザッ、ザッ、ザッ。

 2つの足音がゆっくりと近づいてくる。


 人間は二人。


 大サソリの魔物は息を潜めたまま、じっと待つ。

 喰う楽しみを精一杯抑え込みながら。


 しかし。


 ……ザッ。


(………?)


 サソリの魔物は、砂の中で見えないにも関わらず、つい見上げていた。

 もう少しで仕掛けられる位置に入る、と思われた距離で、人間たちはその歩みを止めたのである。


 まさか、自分の位置が気づかれた?

 いや、人間ごときがそんな……。


 直後。


「グルアァァ――!」


 聞き慣れぬ奇声が聞こえたかと思うと、サソリは砂中の右腕のハサミをぐいと掴まれた。

 大サソリが状況を把握する間もなくそのまま引っ張り上げられ、地上へと放り出される。


 ――なにっ!?


 人間にはありえぬ怪力。


「シャァァァ――!」


 しかし三叉槍の大蠍スコルピオトライデントとて、一介の魔物ではない。

 驚いたのも一瞬のこと、すぐに反撃に転じ、その掴まれた相手の腕を左のハサミで断ち切ってみせる。


 が、同時に頭に衝撃が襲い、三叉槍の大蠍スコルピオトライデントの巨体が砂に沈み込んだ。


 ――な、何奴!?


 状況が全く理解できず、三叉槍の大蠍スコルピオトライデントはその双眼であたりを見る。

 潜んでいた己を砂の中から引っ張り上げ、殴りつけるなど人間風情のできることではない。


 いったい何奴が――。


 そこで三叉槍の大蠍スコルピオトライデントは目にする。

 自分の目の前に立つ巨大な魔物を。


 その顔には真っ赤に燃えるような3つの目。


「……キュ……!」


 キュノケファルスだと……!?


 レベルはそれほど高くないが、その怪力のみならず、魔法も使いこなす古代の魔物である。

 なぜ、こんな魔物を人間風情が使役して……?


 信じられない思いで目の前が真っ白になりかけた時。

 三叉槍の大蠍スコルピオトライデントにとって、幸運なことが起きた。


 なんとキュノケファルスはそのまま溶けるようにして居なくなったのである。

 後に残ったのは、まだ若い人間の男女が二人だった。




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