第49話 気遣い魔王 酒場でヒーローになる



「イチカさんはどうして『剣岩地帯ソード・リーフ』とわかっていて僕の依頼をやってみようと思ってくれたんですか」


「ハハ。そんなに断られたかい」


「30人以上の船乗りに断られました」


「そりゃそうさ。あんなとこ、誰も行きたがらない」


 イチカはあはは、とひとしきり笑うと、続けた。


「あたいが買って出た理由は2つある。ひとつ目。あたいはね、少しだけ【未来予知】ができるのさ」


「なんと」


 予想もしなかった答えだった。


「ほんの少しだけどね。いつもわかるかと言われるとそうじゃないし、したい時にできるわけじゃない。でもあたいの命に関わるような時は、必ず警告が出るのさ」


「イチカさん、確認ですけど、本当に【職業持ち】ではないんですよね」


 人間たちには知られていないかもしれないが、【未来予知】はある職業が持つ、特徴的な能力である。


「ないよ。でもあたいにはこんな変わった力があるのさ」


 それで多少危険な今回の依頼も、やってみようという気になったそうだ。


「もうひとつはね、あたいの父親の船があそこにあるはずなのさ」


「船が、ですか?」


「そう。父さんはあたいが10歳のころに、あそこで死んだから」


 聞けば、イチカの父親は冒険者上がりの漁師だったそうだ。


 めとった妻がこの街の生まれで、父はイチカが生まれると同時に危険な冒険者を辞める決心をし、築いた財産で船を買い、漁師として生計を立てるようになったという。


 もちろん漁師になったと言っても、魚の相手だけで良くなるわけではない。

 海は魔物も現れる危険な場所だからである。


 しかし、そういう意味では冒険者上がりの父はちょうどよかった。


「当時の父さんはもう10年以上のベテラン漁師だった。当然漁場にも詳しくて、『剣岩地帯ソード・リーフ』にあのサソリがいることも知っていた」


 最後の日もいつものようにイチカを抱きしめ、『とびっきりの土産を獲ってきてやる』と約束して出ていったそうだ。


 見送った後、イチカは父が殺される光景を予知し、恐怖することになる。

 自分の予知が外れることを神に祈りながら待ち続けるも、父はそれから本当に帰ってこなかった。


「あたいの予知には、浜辺と、大きなサソリと、海から突き出た岩が見えていた」


「それで、あそこだと」


 イチカは、そう、と言いながら、グラスの底に残っていたプルーン酒を一気に呷った。


「だから、あの船はいつか、あたいの手で戻してやりたいと思ってる」


 それがあたいの方の『長年の夢』なのさ……とイチカは独り言のように言った。


「そうだったんですね」


 されど、イチカは【職業持ち】ではない。


 頼んでもあそこに行きたがる冒険者など、なかなかいないのだそうだ。

 それゆえ、己はちょうど渡りに船だったらしい。


「冒険者付きであそこに行ける機会を待っていたのさ」


「なるほど」


 これから世話になる人間である。

 船を戻す手伝いくらいはしよう。


「そういうことなら、『剣岩地帯ソード・リーフ』に行く前に、三ツ子島のタイダルゴーレムを狩りに行っていいですか」


「……タイダルゴーレムを?」


「はい。行く途中にありますし、狩ってそのアビリティをもらっておいた方が安全に航海できそうですから。もちろん別料金でお支払いします」


 イチカが目を丸くする。


「……あんた普通に言ってるけどさ、あれだって相当強いんだろ。棲み処だからいっぱいいるだろうし」


 タイダルゴーレムはレベル70程度の、【Rare】クラスの魔物である。


「大丈夫なのかい? 肝心の実力の方は――」


 そんな話をしていると、突然後ろでガシャーン、と割れる音がした。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 酒場に陶器の割れる甲高い音が響いた。


「――ふざけんな、てめぇっ!」


 すぐに怒声が続く。

 テルルとイチカが振り返ると、二人の男が立ち上がり、胸ぐらを掴み合っていた。


「なんだ? 【職業持ち】の俺とやるのかよ? へっ」


 掴み合っている男の一方が、不敵に笑う。


「……あーあ。またラークのやつか」


 イチカがうんざりしたような声を発した。


「知っている人ですか」


 テルルに訊ねられて、イチカが頷く。


「あの図体のでかい方が冒険者でさ。本当に感じの悪い奴でね」


 酒を飲むと、ああやって職業のない船乗りをからかって遊ぶのだという。


「一般人をいたぶってるんですか」


 テルルの目がその男を捉え続ける。


「そう」


「――バカにしやがって!」


 煽られた船乗りの方が先に手を出し、殴りかかる。

 冒険者の男は突き出された拳をひょいと躱しざま、相手の鼻を殴りつける。


「ぐぇっ」


 船乗りの男は鼻血を撒き散らしながら倒れ込み、背中を強く打ってあえいだ。


「いつものことさ。いじめに飽きたら出ていくからほっときなよ」


 イチカはもう目を向けることすら嫌悪するように、髪を揺らしてカウンターに向き直った。


「とりあえず止めてきますよ」


 席を立とうとしたテルルを、イチカが腕を掴んで引き止めた。


「やめときな。ああ見えても、冒険者ランクで『B』のとんでもない強者なのさ。あんたじゃやりあえる相手じゃ――」


「なぁ、そこの人。こないだの人だろ?」


 そんな二人の会話に割り込むように、3人の男たちがテルルの方に駆け寄ってきた。

 怒りを堪えきれなくなった船乗りたちであった。


「ラークの野郎をなんとかしてくれないか。酒が不味くて仕方ねぇ。あんた、こないだの人だろ?」


「……こないだの人?」


 イチカがテルルの腕を掴んだまま、瞬きをする。


「ハント、何のことだい」


 イチカがやってきた船乗りの一人に尋ねると、船乗りは苦笑した。


「本人が知らねーってか。あのなイチカ。この人な――」


「――なんだ。イチカちゃん、ここにいたのかよぉ」


 ハントと呼ばれた男が言葉を続けようとしたところで、問題の【職業持ち】ラークがそこに割り込んできた。


「俺が父親の船のところに一緒に行ってやるって言ってんだろぉ」


 ラークがイチカの横顔に、その酒臭い、にやけた顔を近づける。


「……あんたなんかに頼むわけないだろ」


 イチカは振り返らず、ただ顔をしかめた。


「ほら、こうやってよ、手を繋いで連れていってやるって――」


 言いながら、ラークがイチカの右腕を掴もうとする。

 しかしその手は掴む前に、別の男に振り払われた。


 テルルであった。


「――楽しいか?」


 テルルが立ち上がり、イチカとラークの間に割って入った。


「……なんだてめぇは?」


「テルル! やめときなって」


 イチカが血相を変えて止めるが、テルルは構わずにラークに向き合い、わずかに腰を低くする。


「ほぉぉ。この俺様とやるってのか?」


 その様子を見て取ったラークが、再び不敵な笑みを浮かべた。


「――ハハハ! イチカの忠告を聞いときゃいいのによぉぉ――!」


 ラークが手慣れた様子で殴りかかる。

 しかしテルルはその大振りな一撃をたやすく躱し、ラークの顔に張り手をした。


「――がっ!?」


 自分の十八番のカウンターでやり返されたラークは、鼻血を流しながら尻餅をついた。


「えっ!?」


 イチカが口を押さえて、目をまんまるにしている。


「おおぉ!?」


「すげぇぇ! あいつラークにやり返したぞ!」


 ラークに初めて土がついたことで、どっと沸く酒場。


「くそが! なにしやが――へぶっ!?」


 怒りに顔を歪め、反撃したラークであったが、テルルに再びカウンターされた。


「あががが……」


 二度に渡ってその鼻を陥没させられたラークが、たまらずうずくまる。


「す、すごい……」


 イチカの息を呑む声が聞こえてくる。


「おおお!? すげぇぞあいつ!」


「やれ! そのままやっちまえ!」


「いけぇぇ!」


 酒場に拍手喝采が巻き起こる。

 彼らの酒が、おいしいものに変わった瞬間であった。


「もうここには来るな」


 テルルは意識が飛んだラークの襟首を掴んで外へと引きずり出し、無造作に放り捨てた。

 小さくため息をついて戻ってきたテルルを、酒場にいた船乗りたちが一斉に取り囲んだ。


「あんた、最高だ!」


「どんだけ強ぇんだよ!」


 船乗りたちは旧友のようにテルルに肩を組み、ヒャッホーと踊りだす。

 テルルは困ったように笑いながらも、まんざらでもない様子でそれに付き合う。


「あんたさすがだ! イチカのシャークを倒すだけはあるぜ!」


「……えっ?」


 船乗りのひとりが発した、造作もない言葉にイチカが、はっとする。


「……どういうことだい?」


 真顔になったイチカが、その男に訊ねる。


「おいおい、この人、お前の船にかかっていたシャークを倒してくれた人だぞ」


 2つ顔があるシャークだぞ、と男は自分のことのように自慢気に話した。


「えっ……て、テルルだったの……?」


「怪我されたの、イチカさんだったんですね」


 無事に回復されて良かったですよ、とテルルは何事もなかったかのようにイチカの隣に座り直した。


「なんだよもう! どうして言ってくれないんだい」


 イチカは言葉では軽い不満を示しながらも、喜びの滲んだ声で言うと、ポンとテルルの肩を叩いた。

 イチカはテルルを見る目がすっかり変わっていた。


「それなら力量を心配する必要なんか全然なかったじゃないか!」


「イチカ以外はみんな知ってたかもな」


「なんだい、もう!」


 イチカの反応に、酒場の者たちがどっと笑った。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「今のでテルルの言葉を信じる気になったよ。で、タイダルゴーレムから狩るんだね」


 イチカはテーブルの下で日焼けした太ももを組みながら言う。


「はい」


「タイダルゴーレムは武器が効かないんだろ? 父さんが言ってたよ」


「倒し方がありまして」


 タイダルゴーレムは体長2メートルほどの魔物で海水や岩、サンゴ、貝などでできており、二足歩行の人のようなかたちをとる。


【水属性】を持っており、海水部分の体には矢などの武器攻撃が通じず、物理ダメージがほとんど通らない。

 が、魔法に弱い特性があるため、特に【雷属性】の魔法が使える場合は、レベル的に格上でも案外倒せてしまう。


「へぇぇ、あんた魔法も使えるのかい。器用だね」


 器用なのか。

 まあ、一般の人から見ると、物理と魔法両方いける【職業持ち】は珍しいのかもしれぬ。


「もう一度言っとくけど、あたいはなんの手伝いもできないよ」


「船だけ動かしてもらえたら大丈夫ですよ」


「ならいいけどさ」


 朝早くに会う約束を決めると、己とイチカは酒場を後にした。

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