第48話 気遣い魔王 船乗りを見つける



 近くにあった宿を取り、テルルに代わっても良いようにあの置き手紙をして寝た。

 一応、船乗りを探していることも書き置きしておく。


「……よし。今日もキタ」


 幸い、本日も己の支配が続くらしい。

 ユースのパンチがまだ効いているようである。


「おはようございます」


 翌日の早朝からギルドに来て交渉相手を待つ。

 船乗りたちは己が提示した金額の良さに話を聞きに来るのだが、やはり一様に渋い顔で、同じことを言って去っていく。


 己が提示する『剣岩地帯ソード・リーフ』は、文字通り水面に向かって岩が剣のように突き出ており、暗礁地帯としてよく知られた場所である。


 その剣岩の一部に【五大魔神元帥】のひとりが棲んでいるのだが、行くまでに船を失うかもしれぬとなると、尻込みするのは当然のことだろう。


 交渉が成立せず、待ち続けてさらに2日が過ぎた。

 そろそろテルルになってしまいそうだし、諦めて小舟を借りてひとりで漕いで行くか、などと考えていたところで、若い女の船乗りが己を訪ねてきた。


「ねぇあんたかい? 『剣岩地帯ソードリーフ』に行きたいとか言ってるのは」


 ブロンドのストレートの髪を肩の後ろで揃えた、美しい女だ。

 白地にゴールドのあしらいが入ったセーラー服を着ていて、タイトスカートの裾から、日焼けした太ももと元の真っ白な肌の境界がわずかに見えている。


 なによりも目を引くのは、服を着ていてもわかる魅惑的なプロポーションだ。

 ここまで全体のバランスが整っていると、もはや性欲というより、芸術を感じてしまう。


「みんなお断りのようだから、諦めるところですよ」


「あたいならそこに行ってやってもいいさ」


 その力強い言葉に、己の目が輝いた。


「本当ですか」


「もちろんあたいも『剣岩地帯ソードリーフ』には近寄れない。途中で船を停泊させて、小舟に乗り換える感じでどうだい?」


 海が荒れない日ならば、それで行ける可能性が高いという話だった。


「あくまで可能性だよ。日によっては危険すぎてできないこともある」


「いえ、可能性だけでもありがたいです」


 どんな方法であれ、近くまで行ければ己は問題ない。


「それよりあんた、ひとりであんなところに行きたいというくらいだから、それなりに腕は立つんだろ?」


 船乗りの女は腕を組み、『休め』をするように脚を軽く開きながら言った。

 その視線はどこかしら、己を品定めしているようなふしがある。


「自信はあります」


「もちろん知ってるんだろ? あそこは厄介な魔物がいるって」


三叉槍の大蠍スコルピオトライデントですね」


「そうそう」


 厄介どころではない【五大魔神元帥】がいるのだが、同じ島には三叉槍の大蠍スコルピオトライデントという魔物が棲み着いており、それを倒さねばならない。


 罠を仕掛けて待っており、近寄るものを食い尽くす、少々面倒なやつである。


 まあ、そんな大サソリがいるし、『剣岩地帯ソードリーフ』もあるしで、あの【Unique】の魔物の存在は知られていないのだろう。


「『剣岩地帯ソード・リーフ』の島に渡るなら、あれと戦うことになるよ」


「承知の上です」


「倒せるのかい」


「はい。倒せますよ」


 即答した己を見て、ブロンドの女は、へぇぇ、と唸る。


「相当な自信だね。ちなみに、あたいを守りながら全てをやってもらわなきゃならないよ。あたいはただの船乗りで、冒険者じゃないからさ」


「なるほど」


 己は頷きながら、感服していた。

 職業を持たぬ一般人でありながら、それでも危険を共にしてくれようという心意気がなんと頼もしいことか。


「それでも、あれに勝てるってことでいいんだね」


「もちろんですよ」


「………」


 常に二つ返事で肯定する己に、イチカは軽く不審そうな目で見てきた。


「……あんた、冒険者ランクってやつはどのくらいなんだい」


「まだCなんですが」


 先日まで冒険者ランクは初心者を示すEだったが、キュノケファルスを倒したのを実際に見ていたこともあって、カノーラがいろいろ手続きをしてくれた。


 おかげでテルルの冒険者ランクは2つ上がってCになっている。


「Cか……父さんと一緒だね」


 女は独り言のように言った。


「お父様と、ですか?」


「ああごめん、こっちの話だよ。で、ランスと馬は持ってきてたかい?」


「ランスと馬……ですか?」


 はて、と思う。

 己はなぜそんな問答になるのかがわからない。


「てことは、持ってきてないんだね……」


 女はため息をついた。


「大サソリの甲殻はとんでもなく硬いんだよ。普通の武器じゃ表面を滑って終わりさ」


「あー、そういうことですか」


「ランスもないし、Cじゃ確実に倒せるっていう保証にはならないし……これは申し訳ないけど……」


 不相応な依頼と判断したのだろう。


 女は一歩下がると、己から視線をそらし、話自体をなかったことにしようとする空気を醸し出す。


 しかし、せっかく乗り気になってくれた船乗りである。

 逃す手はない。


「これを差し上げるという約束で引き受けてもらえませんか」


 己は懐から一つのアイテムを取り出して、女に手渡した。


「えっ!?」


 女が目を見開く。


 それはフィールドから街への瞬間帰還を可能にする高級アイテム【帰還水晶】であった。


 使用することで5秒後、最寄りの街にテレポートを果たすことができる冒険者御用達のアイテムである。


 騎乗動物や船、馬車なども一緒に転送でき、ひとつで¥15万以上するが、今回の依頼がなかなか受けてもらえないので、手持ちだった【ユメキノコ】などを売り払って購入しておいた。


 もちろん一度使えば失くなる使い切りの品で、この値段である。


「危険だと思ったら、いつでもこれで帰還してくれて大丈夫です」


「……あんたを置き去りにして?」


「もちろんです」


 気概のあるこの女には、これを渡してでも依頼する価値がある。


「……あんた」


 女が腕を組んで、己をじっと見る。


「なんでそこまでしてあそこに行きたいんだい?」


 ブレずにお願いし続ける己が不思議で仕方なかったのかもしれない。

 女は静かな声でそう訊ねてきた。


「長年の夢を叶えるためです」


 己は女の碧眼を真顔で見つめ返す。


「夢を……?」


「はい」


 魔王を倒してもらえるために。

 1500年、見続けた夢。


 そう。第一志望は、譲れない。


「……本当に勝てる自信があるんだね?」


 女は水晶に手を伸ばさぬまま、訊ねてくる。

 己は力強く頷いた。


「勝ちます。報酬も約束通り弾みます。お願いできませんか」


 前金¥8万。

 依頼中に得たドロップは半分ずつわけ、依頼終了後に¥20万を支払う約束である。


「あたいが危険だと思ったら、ホントにそれで帰っちまうからね」


 女は顎で、己の手にある水晶を指す。


「それで大丈夫です」


「ホントのホントに見捨てるからね」


「一向に構いません」


「じゃあ交渉成立だね。あたいはイチカさ」


 女は笑みを浮かべて【帰還水晶】を受け取ると、右手を差し出した。


「テルルです。よろしくお願いします」


 己はその手を握る。

 冷たい手をしていた。


「じゃあ酒場に行くよ」


 イチカと名乗った女は握り合った手を放すと、くるりと背を向け、出口へと歩き出す。


「酒場?」


「縁起担ぎに一緒にクラブサンドを食べるのさ。あんた、この街の人じゃないんだね」


 イチカは不思議そうにした己を振り返り、小さく笑った。

 金色の髪が、その頬の半分を隠して揺れる。


「知り合った日に船乗りにクラブサンドを奢ると、安全な船旅になるのさ」


「わかりました。そういうことなら」


 確かに命を預け合う相手になるわけだから、よくコミュニケーションはとっておくにこしたことはない。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「こりゃうまい」


「な? いけるだろ?」


 カウンターの隣にすわり、オレンジがかった魔法の照明に照らされたイチカが、オレンジ酒をくい、と呷りながら頷いた。


 クラブサンドというのは、カニの肉身をギュッと固めてバターで焼いて、玉ねぎのほか、この地でよくとれるアボカドとともにパンに挟み込んで特製ソースをかけたものだ。


 ソースにはかにみそが混ぜ込まれていて、またいっそう美味だった。


 リリスはカニも好きだったからな。

 帰る頃にこれも買っておこうか。


「酒も進みますね」


 一緒に出てきたタコとエビとオニオンのマリネもまた絶品だ。

 鮮度が高いせいか甘さがあって、極上の一品になっている。


「そうさ。これを食べない人は人生の半分は損しているね」


 料理と酒がおいしいせいか、話も進む。

 イチカは話し好きらしく、今までの色々な体験談を話してくれた。


 大漁だった時の話やまったく漁にならず、損をした話。

 嵐に巻き込まれそうになった時や、帆が破れて漂流してしまいそうになった時の話など。


 楽しい話もあれば、少々胸に来る話もあった。


 そんな話の中で、イチカ自身のことも自然に聞くことができた。

 悲しいことだが、イチカは母を病で亡くした数年後に、父も他界したそうだ。


 二年ほど祖母の世話になった後、祖父の知り合いの漁船に乗り始め、今は漁師として自分の船を持つほどになった。


 基礎は父親からみっちり仕込まれていたらしく、そこそこの時期に船乗り商売を軌道に乗せることができたそうだ。


「イチカさん、ひとつ訊いていいですか」


「あたいに答えられることならいいさ」


 丸椅子を回し、こちらに脚を組んだ体を向けながらイチカが言った。


「イチカさんはどうして『剣岩地帯ソード・リーフ』とわかっていて僕の依頼をやってみようと思ってくれたんですか」


「ハハ。そんなに断られたかい」


「30人以上の船乗りに断られました」


「そりゃそうさ。あんなとこ、誰も行きたがらない」


 イチカはあはは、とひとしきり笑うと、続けた。


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