第47話 気遣い魔王 海の街へ行く
というわけで、今後の当面の方針を魔王計画書にまとめる。
□ 『剣武世界大会』に参加して優勝する
□ 【五大魔神元帥】を手に入れ、テルルを強化する。
□ 古くなるので、リリスのお土産は変更(ラム肉は自分で食べて良い)
強力なカードを手に入れられるという『剣武世界大会』。
10枚のカードが用意され、勝者順に2枚ずつ選んでもらえるらしい。
主に【Epic】らしいが、まれに【Legend】のカードが混ざって用意されているという。
それ自体は己はそこまで興味がないが、聞いたところによると、この大会は『護衛隊』選抜の選考要素になるというから重大だ。
そう、『護衛隊』に入るには強いのはもちろんだが、適切にアピールし、選考委員会から注目される必要があるのである。
そのためには兎にも角にも、テルルの強化が第一。
今後の己のためにも。
「となると、やはりあいつらを呼び戻すのがよいか……」
ところで、魔王討伐に際して勇者たちが【Legend】クラスの魔物を装備してくることから、この地上にはその上となる【Unique】の魔物がいないと思われがちだが、実際はそうではない。
複数が発見されぬまま、眠っているだけである。
その【Unique】の中には【五大魔神元帥】と呼ばれる大悪魔たちも含まれている。
かつては己の忠実な配下であったが、地上に放した奴らである。
理由は言うまでもない。
彼らがいるとあまりに強すぎて、絶対に己は倒してもらえない自信があったからである。
別れ際、元帥たちが「ご命令を」と口々に言うものだから、建前上『神たちが地上で暴虐を働かぬよう人間たちを見守れ』と伝えた。
が、本音は放った彼らを勇者たちが従えて、あわよくば己を倒しに来てほしいという願いを込めてやったことであった。
なのに、勇者パーティの者たちは誰一人として従えてこないし、【五大魔神元帥】たちも己の隠れた意図を汲んでくれず、千年以上、本当に人間たちを見守っている。
ひとまず、そのうちのひとりのところに行って、テルルのために協力してくれるか話をしてみよう。
◇◆◇◆◇◆◇
塩辛い匂いと静かに揺れるヤシの木が、ここが海の町であることを教えてくれる。
漁師たちがボートから海の幸を降ろし、市場へ運んでいくのを横目に見ながら歩いていく。
ここは王都から東に馬で3日ほど走ったところにある街ラベランである。
ミュンヘン王国の中では人口はそれほど多くない街であるが、その豊かな海の幸ゆえに、観光という意味では人気のある都市だそうだ。
言われてみると当然なのだが、この街には『船乗りギルド』というものがある。
船乗りたちが利益を守るための組合だ。
己はまず最初にそこへ行く予定である。
王都で泊まっていた宿の女将には「海の人間は荒くれで、血の気の多いものばかりだから気をつけなよ」と言われてきたが、
「こんにちは!」
「よぅ。この街初めてかぁ?」
船乗りギルドの場所を聞くと、ただの通りすがりの者が事細かに教えてくれた。
すれ違う船乗りらしい者たちは皆陽気で、己には気さくに感じられたくらいである。
ちなみにほとんどの船乗りたちは職業持ちではないが、魔物の知識は相応にある者が多い。
海には様々な魔物が潜んでおり、漁に際して遭遇してしまう可能性があるからである。
彼らが乗る船には、街道にあった魔物よけの聖石がもれなく埋め込まれているくらいである。
「ここから左に行って、通り沿いにあるぞ」
「丁寧にありがとうございます」
すんなりと用を済ませられそうに感じた、そんな矢先のこと。
穏やかな町並みの中に悲鳴が響いた。
「――誰かぁ!」
見ると、港の方で人だかりができている。
駆けていくと、【エコーロケーション】で魔物の気配が感じられた。
平和なはずの街の中に、なにかがいる。
「イチカを運べ!」
「そっちに行くな! まだ網に魔物がかかってるぞ!」
人だかりをくぐって前にいくと、血がついた帆船が見えた。
どうやら引き網漁をしていた網に予想外のものがかかっており、気づかず引き上げた船乗りが大怪我をしたようである。
担架に乗せられ、運ばれていくのは、まだ若い女に見える。
顔は蒼白で、意識がない。
「回復薬だ」
己は懐から回復薬を取り出すと、人の合間から手だけを出し、運ばれていく女に注いだ。
多少こぼれたが、こういうのは一秒を急ぐ方が重要である。
「おお」
「ありがたいぜ、あんちゃん!」
周りが沸く。
「――【職業持ち】だ。網を見させてくれ」
そのまま己は人をかき分けて、血のついた無人の帆船に飛び乗る。
船はひとりでに揺れていた。
網にかかった魔物が暴れているのだ。
己は足に力を込めて踏ん張り、剣を抜く。
「すげぇ、あいつ一人で行ったぞ!」
「あの人、【職業持ち】さんだってよ!」
注目を浴びる中、己は相手が何者なのかを探る。
「……お前か」
水面で暴れている魔物の尾がちらりと見えた。
その色合いと形、大きさから、ツインヘッドシャークであろうと検討をつけた。
レベルは65ぐらいで、どこにでもいるのだが、探すと案外出逢えない魔物である。
別々の意思を持つ2つの頭は、胃袋を共有していることも知らずにひたすら食い続けるため、体長だけは4メートル近くまで成長する。
だがその『噛みつき』にさえ気をつければ、なんてことはない。
魔法も異質なスキルも持たぬ、与し易い魔物である。
おおぉ!? という声を浴びながら、己は船の反対側から海へと飛び込んだ。
船の上から覗き込むと、今か今かと下から見上げている魔物の思うつぼである。
奴は網に掛かっていて派手には動けない。
ここは臆せず水中で対峙する一手である。
潜るや、予想通りの魔物が網に絡んだまま、虎視眈々と水面を見上げていた。
「〈
氷の魔法がツインヘッドシャークを横から襲う。
体動が激しい尾は氷で包むことができなかったが、狙った通りに動きの少ないエラが凍りつき、呼吸が塞き止められる。
シャークはその身に起きた変化に気づき、波しぶきを立てて暴れだす。
だがこの魔法は苦悶すればするほどに、衰弱は進む。
巨体であればあるほど、有効である。
テルルのお気に入りの魔法のひとつだが、ちょうどよいので使わせてもらった。
やがてぐったりとしたシャークが、ぷか、と水面に浮かぶ。
あとは剣でとどめを刺すだけで終わった。
◇◆◇◆◇◆◇
「た、倒したのかよ……?」
「あんたすげぇぇで!」
倒したツインヘッドシャーク本体とドロップをアイテムボックスに入れて海から上がると、群がっていた街の人達が大歓声で迎えてくれた。
たかがレベル65の魔物を倒しただけで英雄扱いを受けるのはちょっと気恥ずかしいものがあったが、まあ気分が悪いものではない。
「冒険者さん、名前は」
「ぜひ名前を」
歩き去ろうとするのを引き止められ、しきりにせがまれる。
「いや、名乗るほどのことはしておらぬ」
「名前くらい教えてくれよ」
「名前なんていうんですか」
「いや、だから」
雑魚狩りをして、胸を張って名乗るほど恥知らずではない。
ひとまずその場は退散することにした。
――――――――――――
<本日の収穫>
シャークの牙 6本
シャークの肝 1個
シャークテイル 1個
お金 ¥1440
ツインヘッドシャークのアビリティカード(Rare) 1枚
――――――――――――
◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ……」
騒ぎのあった港を離れ、船乗りギルドの建物へと向かう。
人助けの褒美か、幸運にもアビリティカードを一発で引き当てることが出来た。
性能はこんなかんじだ。
~~~~~~~~~
【ツインヘッドシャークのアビリティカード】
ランク:Rare
固有アビリティ:HPとMPの値を10%ずつ増加させる
固有アビリティ:
固有アビリティ:
ステータスアビリティ:HP+10%
ステータスアビリティ:
ステータスアビリティ:
~~~~~~~~~
【Rare】だけあって性能が良いので、フリアエが装備中のカードの空きスロットに合成しておこう。
~~~~~~~~~
【闇の聖女リリス ソロモン七十二柱『グレモリィ』のアビリティカード】
ランク:Unique
固有アビリティ:あらゆる魔法攻撃を吸収し、一定時間我がものとする。威力は使用者の魔力に依存する
固有アビリティ:HP20%以下になると、一度だけ攻撃力1.3倍の一撃を放つ
固有アビリティ:相手の命中率を3%低下させる
固有アビリティ:移動速度2%上昇
固有アビリティ:HPとMPの値を10%ずつ増加させる
固有アビリティ:
ステータスアビリティ:闇属性付与、さらに各ステータスを125%にする
ステータスアビリティ:攻撃力+2%
ステータスアビリティ:精神+2%
ステータスアビリティ:素早さ+2%
ステータスアビリティ:HP+10%
ステータスアビリティ:
~~~~~~~~~
さて船乗りギルドだが、併設された灯台、そしてオレンジ色に塗られた看板が目印になっており、迷わずに来ることができた。
船の甲板を思わせる木製の扉があり、その上部には、金色に輝く舵輪を囲むように「船乗りギルド」の文字が彫り込まれている。
中に入ると、左手側に巨大な近海の地図が壁に貼られており、その前では屈強な男たちがなにやら気難しい顔をしてやり取りをしている。
海側には、揺れる潮風に吹かれながら休息をとることができる屋外のテラススペースが見えて、こういう雰囲気が己には好ましかった。
「おや、一般の方か。依頼かい」
「はい」
受付に行くと、羊皮紙を手渡された。
船乗りへの依頼がある場合はこれに詳細を記載し、¥500ほどの手付金を払って張り出してもらうらしい。
こうやって、船に乗せてくれそうな人を探すところからだ。
「兄ちゃんか? 船乗りを探してるって」
張り紙をしてから数分で、褐色の肌をした船乗りらしき男が早々に訪ねてくる。
「お願いしたいです」
いつすり替わるかわからないので、ここでもテルルに倣った話し方をしておこう。
「どこまで行きたいんだ」
「この西側の……このあたりです」
己はギルド内の壁に貼られた、巨大な地図上で街から辿って、海の一部を指差す。
そこは『
「おいおい、そこかよ……」
船乗りの男は、とたんに不機嫌な顔になった。
「そこに探索するものなんて何もないだろ」
「地図には載ってないですが、孤島があるはずです」
「孤島じゃねぇ、あれは難所と言うんだ。引っ掛かれば船ごとおじゃんだ。近寄れねぇ」
そうやって一人目の船乗りは早々に立ち去っていった。
やってきた二人目。
「マジか……」
「なんなら、上乗せして支払いますが」
「ほかを当たってくんな。うますぎると思ったぜ」
二人目も最後まで話を聞かずに去っていく。
言い方は違えど、ほぼそんなやり取りの繰り返しで、一日目は終わった。
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