第43話 『魔王様』を探しますっ!

 作者より)


 @adddd様より、当作品にレビューを頂戴しました。

 心より感謝申し上げます。


 おかげで執筆意欲が湧きました。今後も頑張ってまいりますのでよろしくお願いいたします。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「いえ、絶対に魔王様のものです」


 仮面舞踏会の翌日の夜。

 王宮宮廷の雑務を終えたリノファとドリーンは、いつものようにリノファの自室でテーブルをはさみ、紅茶を口にしていた。


「本当に、間違いないんですか?」


「間違いありません」


 リノファは真顔で断言し、カップをソーサーの上に置くと、もう一度、自信ありげにドリーンを見てきた。


「………」


 ドリーンはやれやれと言わんばかりに、ため息をつく。


 昨晩、ドリーンは勇者に打ちひしがれたであろうリノファを慰めるために、様々に手を尽くしていた。

 リノファの自室を花で飾り、湯にも香草を包んで入れ、取り寄せた希少エッセンシャルオイル入りの高級石鹸も用意しておいた。


 しかし終わってみるや、リノファは全く慰められる必要がなかった。

 むしろ、歓喜しながらドリーンを自室に引っ張り込んで、どうしましょう、と言いながら、いきなり抱きついてきた。


 ――まさかユキナさんとあの男性とのやり取りが、変な刺激になって……?


 そうやって、ドリーンに軽く貞操の危機を感じさせながら、リノファは言ったのだ。


 ――魔王様がいました、と。


 完全にトランス状態に入ったリノファを落ち着かせることはなかなかできず、「とりあえず夜も更けているので」と強引に話を切り上げ、日を変えて話をすることにした。


 そして翌日の今日、互いに日常業務をこなし、空に月が出た今の時間、やっと向き合って座ったところである。


「……わかりました。それで、リノファ様はどうされたいと?」


 ドリーンが真顔を装いながら訊ねる。


「もちろん探します」


 リノファは言うまでもない、とばかりに答える。


「どうやってお探しに?」


「私にいい考えがあります」


 リノファが得意げに胸を張った。


「わたくしに是非お聞かせください」


 ドリーンはこんなに何かに一生懸命なリノファを見たことがなく、嬉しさの反面、少しからかいたい気分にかられていた。


「ハンカチを拾っていただいた男性にお礼をしたい旨を、国の各地に貼り出すのです」


「……なるほど」


 ドリーンはそれらしく腕を組み、神妙な顔つきになる。


「つまり、『ハンカチ落とし』を決めた王女様がいることを各地に通達すると」


「かかと落としみたいに言わないでください」


「ともかく姫様のドジを国内各地に貼り出すわけですね?」


「……そ、それくらいなんでもありません」


 リノファは顔を赤らめて言い返す。

 ドリーンはふむふむとそれらしく頷く。


「百歩譲って張り出せたとしましょう。で、1000人くらいは来ると思いますけど、どうされるおつもりですか」


「……そ、そんなに?」


 リノファが目を丸くする。


「当たり前ですわ。ご自分をなんだと思っているのです」


 相手は聖女にも選ばれるほどの、絶世の美女である。

 ハンカチを拾ったふりをして良い思いをしようとする男など、星の数ほどいるであろう。


「こ、声は覚えています。それに……」


「それに?」


 ドリーンは問いただすように訊ねる。


「手を握ればその人かどうかわかりますから」


「なるほど。全員と握手会をなさる、と」


 ドリーンの目が鋭く光る。


「し、仕方ありませんから……」


 リノファは軽く言葉に詰まった。


「それこそ千人ではきかなくなりますよ」


「………」


 顔を青くするリノファに、ドリーンはまたため息をつく。

 どのみち自分が一肌脱ぐしか方法はないだろう、とドリーンはすでに考えていた。


 ――姫様が喜ぶなら、別に構いませんけど。


「わかりました。大々的に動かねばなりませんので、もう一度確認ですけど」


 ドリーンがリノファを見る。


「はい」


「その男性と手が触れ合った時、ホントのホントに、【勇者の呪い】が消えたのですね?」


「間違いありません」


 リノファは即答した。


「本当にですか? ちょっとした感じ方の変化だったのではなく?」


「絶対に消えました。あの時の感覚は忘れません」


 リノファは断言してみせる。

 そう、魔王城で触れたあのときと、全く一緒だったのである。


「もしかしたら、私を憐れんだ魔王様が直接……いえ、そういった力を持つ方を遣わしてくださったのかも」


 リノファは感激した様子で言う。


「それは遣わしたのではなく、『世に悪魔を放った』と言うんです」


「やはり魔王様が来てくださっているのかもしれません」


 リノファはここにきて、確信に至ったようであった。


「………」


 ドリーンは頭を抱えた。

 この聖女、全く話を聞いていない上に、ことの重大さもわかっていない。


「リノファ様。もし本当に魔王が地上にやってきたとしたら、人類の危機ですよ」


「どうしてですか」


 リノファは曇りのない瞳でドリーンを見る。

 なにがいけないことなのか、本当にわからないという表情であった。


「この世界をめちゃめちゃにしていくかもしれないじゃないですか」


「魔王様はそんなお方ではありません」


「なぜそんなふうに言い切れるんですか」


「この目で見てきたからです」


 リノファは意を決したように、立ち上がった。


「魔王様は宿命だから勇者たちと戦うだけで、それ以外はとても真摯に私達と向き合っているのです」


 リノファはやはり、曇りのない瞳でそう告げる。

 ドリーンの心が先に折れた。


「……わかりました。今日中に姫様が『ハンカチ落とし』を決めた件を掲示して参ります」


「だから技みたいに言わないでください」


「ふふ、わたくしも真似させていただきますわ。良い男が引っかかるかもしれませんから」


 ドリーンがいたずらっぽく笑うと、リノファがそんなつもりじゃ……と顔を赤くした。


「それはさておき、国内は随所に貼りますが、国外はひとまず冒険者ギルドと主だった集会広場に掲示をお願いしておきますよ」


「ありがとう、ドリーン」


「期間は一週間でいいですか」


「念のために二週間で」


「………」


 ドリーンがひそかにため息をついた。


 この言い方、二週間で見つからなくとも、どのみち延長の流れですわ。

 まぁ姫様のためですから、別に構いませんけど。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 あの舞踏会から10日が過ぎていた。


「……もしかしてこれ、僕のことかなぁ」


 僕は冒険者ギルドに張り出された王宮からの手紙をまじまじと読んでいた。


 聖女がハンカチを拾ってくれた男性に、直々に礼をしたいというのだ。

 貼られてすでに一週間以上が過ぎているらしいが、酒場側に貼られていたので、今頃になって気づいた。


「テルルくん、そんなことしたの?」


 隣に並んで一緒に張り紙を覗き込むのは、カノーラさんだ。


 先日、舞踏会で一芝居打ってくれたことに礼をしに言ったら、笑いながら「バカ」と、おでこをツンとされた。

 まっすぐに礼をされて照れていたのかもしれない。


 それはともかく、頭を下げてすごく感謝していることは伝えた。


「落ちてたのを拾ったら、たまたま聖女様のものだったんですよ」


 どうして予知みたいなことができたのかは、自分でも全くわからない。

 そんなことは後にも先にもそれだけだ。


 もしかしたら、記憶のない時間になにか関係があるのかもしれないけれど……。

 聖女様、なにか会ったことがあるような気もしたし。


(でも)


 現実問題、たった半月やそこらで、王女様の香りがわかるほどお近づきになれるはずもない。

 そもそもなんのコネもない田舎出の僕が、王宮になんて簡単に入れるはずがないんだから。


「どこにあったの?」


「テラスです。ちょっと人酔いして出た時に拾ったんです」


 カノーラさんは、ふぅん、と意味深に僕を見る。


「改めてお礼をしたいなんて、相当大事にしていたハンカチだったんだ」


「でも渡した時にきちんとお礼をされましたから、わざわざ行かなくてもいい気がします」


「そお? なにかいいものくれるかもしれないじゃん」


「そんなのいいですよ。気に入られようとしてやったことじゃないですから」


 決めた。

 やっぱいかなくていいや。


「聖女様に気に入られてたら、護衛隊に入りやすいかもよ?」


「やっぱ今日行ってきますね」


「アハハ、テルルくんてば、ホントにユキナさんのことしか頭にないんだから」


 カノーラさんがケラケラと笑っている。

 ちぇっ。全部見透されてる。


 まぁいいんだ、別に笑われたって。

 護衛隊になるのが、僕にとって一番大事なことなんだから。


「へぇ。やっぱりそいつがお前の彼氏になったのかよ」


 そんなふうに盛り上がっていると、横から言葉が挟まれた。


 見ると酒場の奥から、こちらにやってくる男がいた。

 後ろにはさらに二人の男がいて、ニヤニヤしている。


 見たことのある3人だった。

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