第40話 修羅場
(作者より) 今回はポルカ恒例の修羅場回となっております。
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「……私が『魔王から守ってほしい』とか言ったから、気にしてくれたのだな」
「違うよ。ただユキナを死なせたくないだけだ」
「いずれにせよ、もういいのだ」
ユキナが握っていたテルルの手を放す。
「……ユキナ?」
ユキナはテルルに向き直ると、その顔に微笑を浮かべる。
「済まなかった。あの時の私はこれからのことが怖くて、テルルに甘えていただけなのだ」
「ユキナ……」
ユキナの笑みがどこか痛々しく感じられて、テルルは言葉に詰まる。
「今は運命に向き合えたよ。『四紋』としての人生を遂げる覚悟もできた」
「……どういう意味さ、ユキナ」
「………」
テルルは真剣な表情になって、一歩ユキナに近づく。
「ユキナ。それは『死ぬ覚悟』をしたってこと?」
テルルの問いに、ユキナは微笑むだけで答えない。
「だからもう……テルルに守って欲しいなんて言わない。第一、今の私を守ることができるとしたら、同じ『四紋』か勇者様しかいないしな」
ユキナは断定的に言ったが、テルルは首を横に振った。
「大丈夫。僕がユキナを死なせないから」
「馬鹿なことを」
ユキナは小さく笑った。
「テルル。『
「ユキナ、聞いて」
「聞かない」
今度はユキナが首を振った。
「私はテルルにだけは絶対に死んでほしくない」
「あのねユキナ、僕、まだレベルは低いけど――」
テルルはできるだけ落ち着いた言い方で、ユキナと話そうとする。
しかしユキナはその言葉を遮った。
「――テルル、今日は会えて本当に嬉しかった。心からそう思っている」
ユキナは真顔でテルルを見つめた。
「でも死にに行く私に付き合うことはない。もう私のことは忘れろ」
「――忘れられるわけないだろ!」
テルルはユキナの両肩を掴み、声を張り上げた。
さすがに我慢がならなかった。
「……テ……」
テルルの言葉が胸に響いたのか、ユキナが言葉に詰まる。
その目に、じわり、と涙が浮かぶ。
「……テルル、聞いてくれ」
しかし、ユキナは動揺してしまった自分を振り払うように頭を振ると、心を決めてテルルに言った。
「テルルが他の誰かと結婚して、幸せな人生を送ってくれたら、もう私はそれでいいのだ」
「ユキナ、そんなの――」
「――へぇぇ。そんなんでいいんだ。安心した」
突然、横から声がしていた。
二人が振り返ると、そこにはピンクがかった銀髪を背に流す、スタイルの良い女が立っていた。
「ユキナさん。あなた、テルルくんの言ってること、ハナから無理だと決めつけるのね」
女はスタスタと歩くと、テルルの横に寄り添うように立つ。
「……誰だ?」
ユキナがテルルとやってきた女の間で、目を行ったり来たりさせる。
「あー、名乗ってなかったわね。はじめまして。ユリフィス・カノーラよ。あたしのこと知らない?」
「カノーラ……」
ユキナがハッとする。
その轟いた名は、当然ユキナの耳にも入っていた。
「……まさか、『エンゼルスカート』の?」
「そう。それがあたし」
カノーラは自然な動作で仮面を外し、髪を後ろに払った。
ふわり、と甘い香りが二人を包む。
「おおぉ!?」
仮面を外した女の存在に気づき、あたりがどよめいた。
「……おい、見ろよ。あれ、カノーラだったんだ」
「【四紋】の美女とやりあってるぞ」
面白そうなやり合いに気づいた参加者たちがぞろぞろと寄ってきて、テルルたちの周囲に人だかりができていく。
「ユキナさん。あなたテルルくんの幼なじみらしいけど、彼のことなんにも知らないのね」
カノーラは会心の笑みを浮かべながら、ユキナを見る。
「なに」
「テルルくん、すっごく強いんだけど?」
「……は?」
ユキナが呆然とする。
「『キュノケファルス』って、とっても強い魔物知ってる? 2メートルもある棍棒を振り回してくる『古代種』でさ」
「こ……『古代種』だと?」
ユキナが耳を疑う。
当然、そんな魔物の名前など聞いたことがなかった。
「あたしも初めて戦ったんだけど……彼ね、そこで何度もあたしを守ってくれたの」
カノーラは言いながら、テルルを隣からじっと見つめる。
「……カノーラさんを……守った?」
テルルは驚きながら、他人の話のように聞いていた。
大雑把には聞いていたが、詳細は初耳なのである。
「……テルルがそんな魔物を?」
ユキナも眉をひそめる。
到底信じられない話である。
「そう。体を張って、レベル121のあたしを守ってみせた。それがどういう意味か、わかる?」
「………」
ユキナは瞬きを忘れる。
つい先月まで、テルルは剣の振り方すら、わかっていなかったのである。
「嘘だ。テルルはそんなに強くない」
「ふーん。じゃあそう思っていればいいわ。あたしの方がテルルくんのことを知ってるってことだから」
「……なに」
ここにきて陰湿な女の掛け合いを感じとり、ユキナがカノーラを睨んだ。
到底聞き流せない言い方だった。
「あのさ」
だがカノーラは引かない。
涼しげな顔のまま、むしろそんなユキナに近づいていく。
「『他の人と幸せになって』とか余裕かましてていいの?」
「なに」
カノーラが、ユキナの肩に手をおいて、そっと耳元で囁いた。
「大事なテルルくんに、『変な虫』がついちゃうか・も・よ?」
「………!」
ユキナは、胸がどきり、とする。
「……どういう意味だ」
「そのままよ。あたし、もうテルルくんのことが好きなの」
「………は?」
テルルが呆ける。
「………」
その一方で、ユキナの表情は一気に険しいものへと変わっていく。
しかしユキナはすぐに気づいて、フッと笑った。
「残念だが、貴殿がいくらテルルを好きでも、テルルは――」
「よかったー。ユキナさんのお許し出たし、こそこそしなくていいね」
ユキナの言葉の最中にも、カノーラはテルルの首に腕を回した。
ユキナが目を見開く。
「ねぇテルルくん……今晩しちゃおうよ……♡」
カノーラはテルルに抱きついたまま、その頬にキスをする。
そしてテルルの親指だけを握ると、こっそり上下にトントンさせた。
ユキナは頭が真っ白になった。
「――て、テルルに触るなッ!」
ユキナが間に割り込み、二人を強引に引き離す。
今のユキナは、誰にも渡さないとばかりに、テルルをしっかと両手で抱えていた。
「アハ。最初から素直にそうすればいいのに」
カノーラがくすくすと笑う。
「ねぇユキナさん。あなたのどこが、忘れてほしい女なの」
「………」
ユキナはカノーラを鋭く睨みつける。
「素直が一番よ。ちゃんと彼のこと大切にしてね」
「お前が言うか」
ユキナは完全にカノ―ラを女狐扱いしていた。
「あらら。教えてあげたのにひどーい」
カノーラは笑いながら、女らしい仕草でピンクがかった髪に手ぐしを通した。
言うまでもないが、カノーラは決してそんな女ではない。
ただ、ユキナの第一印象としてそう刻まれたというだけのことである。
「ところでユキナさん、『四紋』だから今度の大会には出るんでしょ?」
「……なんの大会だ」
ユキナはテルルの手を掴むだけにとどめたが、まだカノーラに強い眼差しを向けている。
「王国主催の『剣武世界大会』」
「もちろん出るつもりだ」
『剣武世界大会』は、ミュンヘン王国で数年に一度行われている有名な大会である。
その名の通り、剣を扱う者だけが参加できる。
この世界には剣以外にもさまざまな武器が存在しているが、やはり剣の地位は高い。
勇者の武器が常に剣だからということもあるが、歴史的に様々な舞台で人間たちを救ってきたのがこの武器だからである。
大会自体は開催され始めてからすでに280年を数え、知名度も上がり、参加者は年々増加の一途を辿っている。
勝者には希少なアビリティカードが与えられるのがウリで、王国が各国の市場に出回っている希少なカードを買い上げ、参加者を募っている。
カードはほとんどが【Epic】だが、まれに【Legend】が混ざることもあり、【四紋】や護衛隊を志す者がいる場合は優先的に参加枠が与えられることになっている。
「そう。ならそこでテルルくんの実力を見るといいわ。あと、あたしも」
「……お前も参加するのか?」
「そう。あたしに負けたら、テルルくんのことは金輪際諦めてね」
「まだ言うのか!」
「ふふ。それじゃあね、ユキナさん」
感情をあらわにするユキナを笑顔で受け流すと、カノーラが仮面をつけ直し、人の輪から出ていく。
輪の中がテルルとユキナだけになると、面白い見世物だったとばかりに、拍手が起きた。
「………」
ユキナが赤面したままうつむき、唇を噛んでいる。
それでも、テルルの手は放さなかった。
「テルル」
人だかりがなくなった後、ユキナがテルルを険しい顔で見る。
「……まさか、この一ヶ月で、もうあの女と寝たのか」
ユキナはすぐそばからテルルを見つめている。
嘘など看破すると言わんばかりの勢い。
「いや、寝てないよ」
テルルは胸を張って言いたい。
しかし、ここのところ数日の記憶がないのである。
一体何があったのか、その間に、カノーラは変わってしまった。
「本当に?」
「たぶん」
「……たぶんだと?」
ユキナがギロリ、とテルルを睨む。
「い、いや絶対寝てないよ! 本当にそんな仲じゃないから!」
テルルは懸命に否定するのであった。
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