第39話 【四紋】のユキナ
聖女の後は『四紋』の挨拶となった。
並んでいた順番に、男、女、男、女で、最後にユキナという名の女の挨拶になる。
ここまで来るとすでに30分近くが過ぎており、客たちは立食の料理に手を伸ばし、雑談を始める者もいた。
「『四紋』のひとりとなりました、ユキナと申します」
ユキナの挨拶は、親しんだテルルから見ると少し堅苦しい印象を受けたものの、総じて『四紋』らしい堂に入ったものであった。
胸を強調した白のワンピースドレスから、すらりと伸びた脚。
その美しく着飾られた容姿のせいもあって、テルルはユキナが遠くに行ってしまったように感じて、寂しかったくらいである。
「それでは皆様しばしご歓談ください。なお、仮面の方は外さぬようお願い致します」
挨拶が終わると、歓談の時間が始まった。
テルルたち一般客はビュッフェ形式で並べられた豪勢な料理の好きなものを皿に取り、各自の立食テーブルでそれを口にし始める。
「アーヴァン・ルイス卿。このたびは多大なご支援を賜りまして」
一方、勇者パーティの6人は壇上から降りると、すぐに金銭的支援の提供者たる来賓たちに次々と挨拶をして回り始めた。
もちろん、言葉を発するのは聖女リノファの役目である。
魔界への旅には、さまざまなアイテムが必要になる。
【衣食住】においては、丈夫で防寒効果もある衣類、長期保存のきく食糧、日々の野営のための小道具類、そして寝泊まりを安全にしてくれる『野営結界』。
【戦闘】では治癒薬、消費したMPを補充するアイテム、難敵に相対した際に用いる一時的に強化バフをもたらしてくれる戦闘支援アイテム各種。
また、時には希少な【アビリティカード】や強化効果の高い希少武器までも無償提供するなど、来賓たちは魔王討伐において非常に心強い存在であった。
実は今回の舞踏会の開催も、彼らの資金によって半分以上が賄われている。
ちなみに、そんな来賓も今日は規定に従って仮面を着用している。
が、席からして格の違う扱いをされているため、仮面の意味はないに等しい。
テルルは設置された円形の立食用テーブルの前で、そんな来賓まわりをする勇者パーティの方をずっと見ていた。
「……どう? ユキナさんは」
テルルの隣で豆と白身魚のワインソテーに箸をつけながら、カノーラが訊ねた。
「余裕がない顔をしてます」
「こんな会だしね。お披露目される側は大変よ」
カノーラが皿をテーブルに置き、テルルのグラスに紅茶を注いで渡した。
「そうですよね……」
テルルは受け取った冷紅茶を口にしながら、再びユキナの横顔を見つめる。
「でも周りとうまくやってるみたいね。よかったじゃない」
「はい、なによりでした」
カノーラの言葉に、テルルは頷いた。
だが、今のユキナは食事も喉を通らないくらい緊張していることも、テルルにはわかっていた。
やがて全ての挨拶回りを終えた勇者パーティはいったんばらけて、各々が知り合いや家族のもとへと向かい、肩を叩きあったりなど、楽しげに談笑を始める。
そんな中、ユキナはぽつんとひとりになっていた。
「あ、あれ絶対ヘンデルおじさんだ~」
カノーラが突然、嬉しそうな声を発した。
「知ってる人ですか?」
「うん。グレーテルおばさんもいる。ちょっと挨拶してくるね」
カノーラが席を外し、テルルもちょうど一人になるが、ユキナのことばかりで頭がいっぱいだったテルルは、そのタイミングの良さには気づかなかった。
(今しかないな……逃したら話せずに終わりそうだし)
テルルはひとりで居づらそうにしているユキナへと歩いて行く。
ユキナは誰もいない小テーブルでひとり、グラスの冷紅茶を口にしている。
「ユ――」
しかし話しかけようとしたところで、貴族らしい老人がやってきて、ユキナに話しかけた。
テルルはそれが終わるのを待ち、近くのテーブルでしばし待つが、5分、10分と経てど、なかなか終わらない。
最後はユキナが笑顔で避けるような感じで移動し、終わる。
一人になったのを見てとり、テルルが行こうとするが、今度は婦人たち数人にユキナが囲まれてしまう。
「あらまあ。雪のように白いからユキナさんというのね」
「勇者様は夜の方もお盛んみたいですわよ。オホホ」
聞こえてくるそんな笑い話(?)が途切れるのを少し離れたテーブルで待ち、フリーになった隙にユキナに寄ろうとすると、同じように待ちかねていた別の男がすぐさまユキナに話しかけていた。
勇者クリードであった。
「………」
先ほどと違い、何を話しているのかはテルルには聞こえなかった。
が、勇者が手を差し出しているので、「よろしく」といった内容で握手を求められているようにテルルには見えた。
しかしユキナは頭を下げるのみで、結局その手を握らなかった。
勇者は笑顔を失い、グラスをテーブルに叩きつけるように置くと、あからさまに不服そうに立ち去る。
それでも、やっとユキナがひとりになった。
テルルはそれを逃さず、ユキナに近づいた。
「……オホン。ちょっとお話いいかな」
「あ」
ユキナが近寄ってきた男に気づき、慌ててテーブルにグラスを置いた。
男と向き合い、とっさに作り笑いをする。
「はじめまして。『四紋』のユキナと言います」
ユキナがスカートを持つと、テルルに丁寧な礼をする。
そんなユキナを見て、テルルは仮面の下で優しく笑っていた。
「なんてね。僕だよ」
「………」
ユキナが、きょとんとする。
だがその声と似た容姿が、ユキナに懐かしさを感じさせていた。
「え……えっ?」
ユキナの顔が一気に明るくなっていく。
「わかる?」
「……まさか、テルル?」
「そう」
仮面のままだったものの、テルルが頷くと、ユキナの顔はぱぁぁ、と明るいものに変わる。
「うそ!」
「うそじゃないよ。ほら。ユキナに稽古でいじめられた跡もある」
テルルは右腕についているかさぶたを見せた。
もちろんこれは、ユキナとは全く関係がない。
「アハハ! バカ」
ユキナの張り詰めていた表情はどこかに消え、テルルがよく知る、かつての無垢な笑顔に変わっていた。
「テルル……会いたかった」
ユキナはひと目を気にすることなく、かさぶたで出していたテルルの右手を取って握った。
テルルもユキナの手をぎゅっと握り返す。
「僕もだよ。離れて一ヶ月も経ってないのにね」
「うん」
嬉しそうに、ユキナが頷く。
ユキナの笑顔が見れて、テルルも心が満たされる思いだった。
「……でもテルルはどうしてここに?」
「僕、剣を握ることにしたんだ」
「……え?」
ユキナが耳を疑う。
「冒険者になって、強くなるんだよ」
テルルは握り合っていない反対の手で、拳をつくってみせた。
「……テルルが? 【職業持ち】だったのか」
「うん。
ユキナが、ペルソナか……と口の中で呟き、わずかにその笑顔を翳らせた。
「でも、ここにいるということは、ウェアウルフを倒せるくらいにはなったということだろう」
「……あ、うん」
期待の眼差しを向けてくるユキナに、テルルは自信を持って答えることができない。
自分で倒した記憶が一切残っていないからである。
「すごいじゃないか。あんなだったテルルが!」
「全くだね」
「もう、自分で言ってる! アハハ」
二人は屈託なく笑い合う。
二人の脳裏には、幼い頃から続けてきていた稽古の情景が蘇っていた。
「テルル、『タイラント』はどうだ? 倒せるか」
ユキナは反対の手も指を絡ませながら言った。
「いや、まだ見たことすら無いよ」
『タイラント』はオーガの上位種に位置づけられた二足歩行の魔物で、多くの冒険者が初めて『Rare』のカードを手に入れる対象となりやすく、上級者への登竜門とされている。
『Rare』ゆえにステータスや固有アビリティの性能がぐんと良くなり、自身を大きく強化できるのである。
「そうか……まだまだだが、いずれが楽しみだな」
「見ててよ。これから強くなって『護衛隊』になるから」
「……えっ?」
ユキナが固まる。
「『護衛隊』になってユキナを守るんだ」
「……テルルが?」
「そうだよ」
繰り返されたテルルの言葉に、ユキナは言葉を失っていた。
歓喜に満ちていたユキナの顔が、唐突に色を失っていく。
「……ユキナ?」
「………」
ユキナはテルルから視線を逸らし、思い出したようにテーブルにあった紅茶を口にする。
そのカップをそっとテーブルに戻すと、目を合わせぬまま、ひとりごとのように呟いた。
「……私が『魔王から守ってほしい』とか言ったから、気にしてくれたのだな」
「違うよ。ただユキナを死なせたくないだけだ」
「いずれにせよ、もういいのだ」
ユキナが握っていたテルルの手を放す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます