第38話 勇者たちの挨拶
見事なシャンデリアが下がる大広間。
そこに立っているのは、司会進行役や会場スタッフの者たちを除くと7人であった。
勇者、聖女、そして【四紋】の4人に、すでに護衛隊入りが決まっている第二宮廷魔術師ドリーン。
大勢やってきている一般客は、まだ大広間の手前で入場待ちさせられている。
今のこの時間は、初対面の勇者たちが互いに挨拶を交わし、段取りを確認し合うためのものである。
「お前が聖女か」
揃った途端、リノファに無骨に話しかけてくる男がいた。
リノファが目を向けると、そこには初対面の以前から顔を知っている男が立っていた。
「はじめまして。お噂はかねがね」
リノファが頭を下げ、淑女の礼を踏まえて挨拶をする。
「そうか。お前は俺が勇者だとわかるのだったな」
しかし勇者は挨拶を返すこともなく、おまけに名乗ることすらしない。
ただ、片方の顔を吊り上げる笑いを浮かべるのみだった。
「なら話は早い。聞け」
勇者はリノファに一歩近づくと、小声で言った。
「勇者と聖女は結ばれるべき定め。それは世間も知っている」
「……はい。承知しています」
リノファは足先を見るようにしながら、頷いた。
「今日は民が安心するよう、そして良い噂が流れるよう、お前と仲睦まじい様子を見せねばならん」
「………」
予想はしていたが、リノファはすぐに頷くことができなかった。
「おい、お前は耳が悪いのか」
「具体的に、どのようにすればよいでしょう」
リノファの前向きな返事に、勇者は笑みを浮かべて頷く。
「常に俺の隣に立ち、腕を組んでいろ」
「……わかりました」
「嬉しそうな笑顔も忘れるな」
「わかりました」
リノファは素直に頷く。
これぐらいのことならば、まだ良いと安堵していた。
この場で、いきなり親密なことを強制される覚悟をしていたくらいである。
「お前にも朗報だ。俺は今までの勇者とは違う。今回こそは必ず魔王のやつを倒してやろう」
「その心意気に敬服いたします」
リノファはもう一度頭を下げる。
(………)
顔を上げた際、チラと見たドリーンは眉を吊り上げ、腕を組んでおり、大層不機嫌そうである。
理由は言われずとも察しがつく。
勇者とはいえ、一刻の王女たる自分に、かけらの敬意も払わなかったのが無礼に見えたのだろう。
だが、残念なことにたとえ王位にあろうと、この世界では勇者には誰も敵わない。
◇◆◇◆◇◆◇
壮麗なシャンデリアが天井から輝く大広間。
豪華な装飾が施された壁や大理石の床はシャンデリアの光が反射し、会場全体がきらびやかな雰囲気を呈している。
参加者たちは様々なデザインの仮面を身に着けていて、それぞれ個性豊かで美しい装いであった。
特に貴族たちがつける仮面は繊細なレースや羽根、宝石などで飾られていて、それがファッションの一つになっている。
こういう会に慣れた貴族たちは、豪華なドレスやタキシードを身にまとい、エレガントに舞踏会を楽しむのである。
すごい世界だなぁ、とテルルは感服していた。
初めて見る舞踏会。
隣に場慣れしたカノーラが立っているからサマになっているものの、ひとりで来ていたら絶対に浮いて挙動不審になっていたとテルルは思った。
カノーラは仮面をつけていながらも、そのスタイルの良さから、多くの男性の視線の的になっている。
これがかの有名な『エンゼルスカート』のカノーラと知ったなら、人気のほどは如何ばかりか、とテルルは考えてしまう。
その後まもなくして、会場の前方に設置された壇上に、仮面をつけていない人がぞろぞろと現れた。
男3人、女3人の6人。
「あ、ユキナ……!」
テルルは、すぐに気づいた。
見慣れたクリーム色の髪を結い上げて、いつもと違う色っぽい格好をしているが、あれはユキナに違いない。
彼女はぎこちない、硬い笑みを浮かべながら、壇上に並ぶ。
仮面をつけているテルルには、当然のように気づいた様子はなかった。
「――皆さん、拍手を! 彼らこそが、当代の勇者パーティです!」
そこで、司会の男の拡声された声が会場に流れる。
会場の参加者から、一斉に拍手が送られた。
テルルも拍手を送りながら、登壇している6人に目を向ける。
年代はテルルより少し上の人が多いようだが、すべて同年代ではないようだ。
ひとり、幼く見える亜人っぽい少女が混ざっている。
そしてもうひとり、彫りの深い顔をした、鍛え上げられた両腕を見せている老人がいた。
後ろに流した白髪よりも、その顔では白眉が一番印象に残る。
「おい、見ろよ」
「アランじゃないのか、あれ……」
拍手の後、会場がざわざわとし始めた。
初めて目にする勇者と聖女のせいかとテルルは思ったが、そうではなかった。
意外な人物が【四紋】に混ざっていたのである。
「テルルくん、『アラン・ブルーム』って知ってる?」
そこでカノーラがテルルにそっと耳打ちをする。
「……えっ!?」
テルルは愕然とする。
辺境に住んでいたとはいえ、テルルでもさすがに知っている。
『生ける伝説』、そして『白眉の達人剣』の別名を持つ男。
「有名人だものね」
「もしかして、あの人が?」
「らしいね。あたしも初めて見たし」
幼い子供たちがよく聞く童話として、『ブルームの剣』という物語がある。
大地に突き刺さったまま誰も抜けなかった剣をアラン・ブルームという男が抜き去り、現れた心優しき白竜を従えて、村を襲っていた赤竜を倒す話である。
テルルにとっても、生まれて初めて聞いた童話であり、何度も聞かせてもらっても胸を躍らせたものだ。
もちろんそれは実話で、それを為した人が目の前にいるというのが感激であった。
しかしテルルの知る限り、これほどに高齢の人が『四紋』に選ばれるのは初めてのはず。
そういった理由で、会場のざわつきが止まらないのだと知った。
「諸君」
間もなくして、勇者の挨拶が始まった。
「ようこそ集まってくれた。待たせたな。俺が魔王を倒す勇者クリードだ」
金髪を撫でつけたようにオールバックにした男が、自信に満ちた様子で挨拶を始める。
テルルよりは数歳上に見える。
「約束しよう。このクリードはかつての勇者とは違う」
当初は皆と同じように話に耳を傾けていたが、テルルからすると、クリードの鼻にかけた話し方がいちいち気になった。
が、勇者ほどの力を神に与えられれば、誰でも自身に陶酔もしてしまうのではなかろうか。
そんな同情をもって向き合っていたテルルでも、中盤からはもはや聞くに堪えない自慢話ばかりになった。
テルルは軽く聞き流しながら、他に目を向ける。
勇者の隣には、黒髪の女が親しげに腕を組んで寄り添っている。
(あれは……)
アラン・ブルームに目がいってちゃんと見ていなかった。
仮面もしていないことから、あれがこの国の第二王女、そして聖女のリノファという人物なのだ、と知る。
「………」
あまりの絶世の美女ぶりに、テルルはどんな言葉で表現したら良いのかわからない。
少なくとも、自分の相手にはもったいない、と納得がいくほどの美しさではある。
「気のせいかな……」
テルルは穏やかな微笑を浮かべている聖女をじっと見る。
「どうかした?」
カノーラがテルルの独り言に反応して、テルルの横顔を見る。
「あ、いえ、なんでもありません」
テルルは頭を掻きながら作り笑いをすると、カノーラに移した視線を王女に戻す。
「……というわけだ。今回こそは確実に魔王を葬り去ってやろう。もっと聞きたいだろうが、これで終わる」
ぐっと拳を握って、勇者の長かった挨拶が終わる。
勇者が下がると、次は聖女リノファの挨拶となった。
「私が聖女の大役をお受けすることとなりました」
一転して、慎ましい挨拶が始まる。
仕草のひとつひとつが細やかに洗練されているのは、やはり王族だからであろうか。
「勇者様、そして心強い【四紋】の方々と協力して――」
「………」
話の最中、たった一瞬だが、テルルは聖女と目が合った。
そこでテルルは、はっとする。
(どうしてだろう……)
テルルは、先ほどの違和感を再び感じていた。
この聖女様、どこかで会ったことがあるような気がするのだ。
会う機会なんて、あるわけないのに。
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