第37話 祝いの会へ


 明日の『祝いの会』に向けて、正装用の衣服を借りた。

 次に着ることがあるとは思えなかったから、買わずにここはしっかり節約だ。


 あと、仮面の方は雑貨屋で安いものを買っておいた。

 立食パーティだと聞いたので、口元を塞がない、顔の上半分を隠すタイプのものだ。


 王都には『仮面屋』というものが存在するほど、世の中には仮面の需要があるらしい。

 聞けば古代王国期に随分と流行し、魔法効果のある仮面も多数作られたという。


 お店の人は『仮面は大人向けの用途がある』って言ってたけど、その用途とやらは、いくら考えても僕にはわからなかった。


 まあ、それはともかくこれで今回の準備は大丈夫なはず。


「それにしても、これすごいな……」


 何度もアイテムボックスを見ているうちに、僕は懐に変わった弓が入っていることに気づいていた。


 魔法の発動体としても用いることのできる、美しいデザインの弓だ。

 しかも持つと、明らかに視力が良くなる気がする。


「こんなの、いつの間に……」


 あのドワーフ店主の名前が刻まれているので、あそこで作ってもらったらしいけど、相当な高級品なのは間違いない。





 ◇◆◇◆◇◆◇





 翌日の18時。


「おまたせ」


 待ち合わせの噴水前に現れたのは、レッドワイン色のワンピースドレスに身を包んだカノーラさんだった。


 両肩が大胆に露出したホルターネックドレスで、肩紐が首の後ろで結ばれ、それが胸を支えるデザインになっている。

 スカートは太ももが半分以上見えるタイトスカート。


「………」


「どうかした?」


「いえ、なんでも」


 カノーラさん、ひたすら綺麗過ぎます。


「………」


 他の待ち合わせらしい男たちが僕に羨望の眼差しを向けてくるけど、この人は僕の彼女ではないので、いまいち胸を張れない。


「いきましょ」


「はい」


 てっきり歩いていくのかと思っていたけど、今日は馬車を借りたそうだ。

 王宮まではそんなに遠くないけど、女の人の場合はハイヒールを履いていたり、歩きづらいタイトスカートだったりするから、そういうものらしい。


 ひとつ勉強になりました、はい。


「やっとユキナさんに会えるね」


 馬車内で僕の向かいに座ったカノーラさんが、足を組みながらそう言う。

 ちなみに幌の中は、カノーラさんの膝とちょくちょくぶつかるくらいの広さだ。


「僕が王都にいるとは思ってないだろうから、ユキナはびっくりするでしょうけど」


「大丈夫。きっと喜んでくれるよ」


「そうだといいです」


 ガタゴトと揺れる馬車はとても心地よい。

 何年ぶりだろ、馬車に乗ったの。


「見えてきたね」


 カノーラさんが小窓を覗きながら言った。


「あれが王宮……」


 王都に来たのは初めてじゃなかったけれど、王宮側に来る理由がなかったので、見たことがなかった。


 夜の王宮は、幻想的だった。

 白い石造りの壁が月明かりと煌びやかな照明に照らされ、夜空に浮かんでいるように見える。


 もう少し近づくと、建物の壁面に緻密な彫刻や装飾が美しく彩られているのが見えてきて、とても神秘的だった。


 まるで別世界に迷い込んだかのような感じだ。


「そろそろ仮面をつけないとね」


 カノーラさんが懐から取り出した仮面をつける。

 彼女のものも顔上半分を覆うものだが、孔雀をイメージしたような上品な形になっている。


「了解です」


「へぇ。テルルくん、その仮面かっこいいね~」


 僕が仮面をつけると、カノーラさんがまた、じーっと僕を見ている。


「安物です」


「ふぅん。でもテルルくんって仮面が似合うね」


「ありがとうございます」


 それって褒められてるのかな……?

 などと考えていると、突然、身体に力がみなぎる感じがした。


 同時に、アナウンスが鳴り響く。


仮の者ペルソナの条件が満たされました。以後、仮面装着時のみ、抑制ステータスが完全解放されます〉


「え?」


〈職業固有スキル【隠密】が解放されました。以後、仮面装着時のみ使用できます〉


「………」


 あまりの驚きに、言葉が出なくなる。

 でも言われてみると、なるほどと理解が追いついてきた。


「……そういうことなのか……」


 仮の者ペルソナって、こんな特殊な設定があったから、気づかれずに弱い職業と誤解されていたのか。


「テルルくん、どうかした?」


 カノーラさんが怪訝そうな表情で僕を見ている。


「なんか仮面をつけると、ステータスが伸びて」


「ええぇ?」


 カノーラさんも一緒に驚いてくれた。


 ステータス値を見てみると、仮面をつけることで、どうやらステータス全体が25%増しになっているようだ。

 こんなに上がっていいものか。


「職業固有スキルというものも現れて」


「えっ、スキルも?」


「はい、仮の者ペルソナって、仮面をつけることで強くなる職業なんですね」


 スキルを見てみる。


【隠密】……5分間、素早さが50%増加する。


(うへぇ……)


 仮の者ペルソナって素早さでごり押せる職業なんだ。


「テルルくん、ちなみに上がった状態の素早さってどれくらいなの」


「825です」


「は!? あたしよりあるじゃん!?」


「え? そうなんですか」


 なんで?

 レベル、たかが31なんですけど?


「だから、かっこいいんだ……」


 カノーラさんが頬を軽く染めて、僕の隣に来る。

 そのまま、体を預けるように、ぎゅっ……と抱きついてきた。


「……へ?」


 これ、なんなんでしたっけ?

 脚も絡んでるんですけど。


「――お客様、到着です」


 そんなことをしている間に、馬車が停止する。


「ありがとうございました」


 馬車は後ろに何台も列をなしており、僕たちはそそくさと降りる。


「さすが王宮。きれいだね~」


「ほ、ホントですね」


「いこいこ~」


 仮面をつけたカノーラさんが僕の腕をとって組むと、カツカツ、とヒールを鳴らして石畳を歩いて行く。


「………」


 カノーラさん、どうしたんだろ。

 なんか最初のころと、距離感が変わったような……。


 まあいいか。世の中には分からなくていいこともある。


 王宮の入り口まで続く石畳の道は、両側にいくつも篝火が置かれていて、それだけで歓迎されている気分になった。


「素敵。住んでみたい」


「僕も圧倒されてました」


 両手に広がる庭園も素晴らしい。

 手入れの行き届いた花壇や剪定された樹木が照明によって幻想的に映し出されており、噴水では、カラフルに照らされた滴が舞っている。


「いらっしゃいませ。冒険者枠の方たちですね。受付はあちらになります」


 僕たちは巨大な扉の前で受付を済ませ、祝いの会のマナーについても確認される。

 簡単にまとめると、こんな感じだ。



 □ 名は名乗りたければ名乗っても良いが、仮面をつけて終始過ごすこと


 □ 顔を隠しているからといって、むやみなことはしないこと 


 □ 来賓が他人と話している間は、割り込まずに気長に待つこと



 割り込まずに待つこと、か。

 ユキナ、僕と話す隙間があるといいけど……。


(まあ仕方ないか)


 ユキナはもう友達というレベルの人じゃない。

【四紋】なんだもんな。


 遠目ででも見れたら、それでいいか。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「リノファ様、顔色が幽霊の域に達しています」


 ドリーンが神妙そうな顔つきで、鏡越しに声をかけてくる。

 笑わせようとしてくれていることに気づき、リノファの顔にわずかに笑みがさした。


 ここは王都、第二王宮・夕蝶の間・西控室。

 まもなく始まる『祝いの会』のための着付けが終わり、二人は鏡の前に横並びで座り、入場を待っているところであった。


「大丈夫、と答えたいところですけれど……」


 あの勇者に会わねばならないと思うだけで、食べ物は全く口を通らなかった。

 リノファは、もう3日もそんな調子である。


「会話は私ができるだけ繋ぎますから、なんとか2時間しのぎましょう」


 髪を結い上げたドリーンがリノファの後ろに立つと、両肩に手を置き、鏡越しに微笑む。


「ありがとう。今はその言葉が救いですよ」


 リノファは肩に置かれた温かい手に、そっと自分の手を重ねた。


 こうやって苦しむたび、なぜ【勇者の呪い】などというものが必要なのかと考えずにはいられない。


 なぜ聖女は、常に勇者と結ばれねばならないのだろう。

 誰が決めたのだろう。


 そのせいで、生きることがこんなにも苦痛で仕方がないというのに。


「……ネックレス、やっぱりダメですか」


 リノファは魔王のボタンがついたそれを今だに握りしめながら言った。


 本当はここまで持ってこず、自室の宝石箱に仕舞ってくる予定であったが、あまりにつらくてそうできなかった。


 今はこれが、極上の癒やしだった。


「気持ちは痛いほどわかりますが」


 帰ってきてから慰めてもらいましょう、とドリーンが言う。


「……わかりました」


 リノファはネックレスを懐に仕舞うと、目を閉じ、自分の中で自分と向き合う。

 そうしたまま、静かな時間が過ぎる。


「ドリーン。もう大丈夫ですよ」


 リノファが笑顔を見せる。


 聖女であるとともに、自分はこの国の王女でもある。

 人前で迂闊な姿は見せられないのだ。


「――聖女様。お時間です」


 そこで控室の扉がノックされる。


 リノファが立ち上がり、鏡の前で体を捻りながら、身なりの最終確認をする。


「参りましょう、ドリーン」


 ドリーンが言う前に、リノファが誘う。

 凛とした王女らしい顔つきに戻ったリノファを見て、ドリーンは敬意の眼差しを向けながら頷く。


「これだけ頑張るんですし、どうかリノファ様には良いこともありますように」


「魔王様に会えるとか、ですか」


「リノファ様。それだけはいけません」


「ふふふ」


 自然な笑顔になりながら、二人はいよいよ大広間へと向かうのだった。

 待ち受ける運命を知らずに。





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