第36話 なにこれ……!



 チチチ……。

 小鳥の鳴き声で目が覚める。


「ん……?」


 ぬくぬくとした布団の中で、僕はなんとなく感じた違和感に、ハッとする。


「もしかして、また……」


 がばっとベッドから起きて、あたりを見る。


 見たことのある場所。

 いつも泊まっていた宿の一室だ。


 眠りに落ちた時と、一見何も変わっていない風景。


「……違う」


 しかしすぐに、僕は眠った日の翌朝ではないことを確信した。


 テーブルの上に置いておいた瓶の水が、覚えておいた量より減っている。

 また記憶がない間になにか起きる可能性を考え、毎日眠る前に量を覚えておいたのだ。


「それにこの感じ……」


 僕は立ち上がり、手を握ってみる。

 この力がみなぎる感じ……。


 僕はステータス画面を開く。


「レベル31になってる……」


 また知らない間に、成長してる。

 やっぱりおかしい、全然覚えていない……。


 どうして僕、記憶がなくなって……。


「うわっ」


 そこで僕は、左の手のひらに掛かれた墨の文字に気づく。


「な、なにこれ……!」


 そこには4つの文字。


 乙・彼・魔・王。


「………」


 え……?


「……おつ……かれ……魔王?」


 ……お疲れ、魔王?


 なにこれ。

 なんで僕、魔王をねぎらってるの?


 意味不明。


「よくわかんないからいいや」


 僕は持っていた布切れを濡らし、手を拭いて消す。

 今はお疲れとか言ってる場合ではないのだ。


 どこかから、ぐあぁぁ、という叫び声が聞こえたような気がしたけど、誰もいない。


「さて、やるべきことは……」


 ベッドに腰掛け、腕を組んで思案する。

 まじめにやるべきことを整理しなければ。



 □ あれから何日経っているか確認する(祝いの会は何日後?)


 □ ウェアウルフの居場所を訊く


 □ 新しい狩り場を探す




「こんな感じかな」


 まず何日記憶が飛んでいるのか、確認するところから始めよう。

 ユキナに会えるかもしれない『祝いの会』が過ぎていないことを祈るばかりだけれど。


 もし間に合うなら、ウェアウルフが狩れる場所も一応冒険者ギルドか、武器屋の店主に聞いておこう。


 レベル31になっているから、格上でも倒せた今までの感じからいけばウェアウルフも狩れるかもしれないし。


 そして、いちばん大事なのが次の狩り場を探しておくことだ。

 僕の最終目標は強くなって護衛隊に入ることだからね。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「なんだい、覚えていないのかい」


「はい、すみません」


 宿の一階に降りて、朝食がてら宿の女将に確認したところ、あれから10日以上が過ぎていたようだ。


 レベルが9も上がっているから、一ヶ月以上が過ぎているかな、と予想していたけど、案外に短かった。

 こんな短期間でよくこんなにレベル上げたなぁ。


「あんた、やけにラム肉を気に入って食べていたけど」


「へ?」


 ……ラム肉? なんで?


「『身内に持っていく』って言うから、特別にたくさん作ってやったんだよ。それも覚えてないなんてね」


 女将が洗い上げた食器を後方の棚に戻しながら言った。


「……そんなことを?」


 アイテムボックスを見ると、本当にそんなものが保存されていた。


 あれぇ……ユキナにでもあげようと思ってたのかな……?

 確かに美味しいものを食べたら、誰かにも持っていってあげようとかは、考えそうなことではあるけど……。


 でもずいぶんてんこ盛りだ。

 こんな大食いな量だと、女の人宛じゃないな。

 実家に持っていこうと思っていたのかな。


 他にも柴漬け、プルーン酢、醤油各種(卵かけご飯用醤油、刺身用醤油、炒飯用醤油など)、唐揚げ弁当、最後のマヨという調味料に関しては、何年分?? なくらいに、かなりどっさりと買い込まれている。


 どんだけ気に入ったんだろ、マヨ……。


「………」


 ふと、後頭部に突き刺さるような視線を感じて振り向いたけど、誰もいない。


 まあそれはともかく、10日以上が過ぎているとなると、『祝いの会』の参加はちょっと怪しくなってきたな。

 たしかカノーラさん、あの時に2週間後とか言ってた気がするし。


「女将さん、『祝いの会』って知ってます?」


「あるってのは聞いたけど、いつだったかねぇ……」


 女将さんが、壁に貼られたカレンダーに目を向けて、うーん、と思案する。

 そこにはお得意様の予約や宅配などが綿密に書き込まれているが、『祝いの会』は記載がなかった。


 それはそうだよね。

 全く重要じゃないしね。


 もう終わっちゃったかもだけど、一応冒険者ギルドに聞きに行ってみようかな。

 あそこなら誰か知ってるはずだし。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「『祝いの会』ってもう終わりました?」


 冒険者ギルドに来た僕は、受付でバナナを抱えて食べている100kg超えのおばさんに訊ねた。


「ああ、聖女様たちの『祝いの会』かい、そりゃ明日だろ」


「あ、明日……」


 僕はそのまま立ち尽くす。

 そっか……まだ終わってなかったのは良かったけれど、どの道ダメかな。


 今日一日で、時間に追われながらウェアウルフを探して狩るとか、無謀だよね。

 レベルが間に合ってない人のやることじゃない。


「あ、来るの早ーい」


 と、そこで聞き慣れた声がした。


 振り返ると、ピンクがかった銀髪のあの人が、木箱を抱えて入り口に立っていた。


 カノーラさんだ。

 今日は防具はつけておらず、以前に見た白と黒のミニスカメイド服になっている。


 太ももまでの黒ストッキングのせいか、脚がすごく綺麗に見える。


「カノーラさん」


「おっはよ~。ちょっと待っててね」


 いつものように明るく声をかけてきたカノーラさんは、そのまま奥に荷物を入れに去っていく。


「まだ30分以上あるのに、早いね」


 戻ってきたカノーラさんは、僕にそんな事を言った。


「何がですか」


「会う約束してたじゃん」


「あー……」


 そうだったのか……。

 なにはともあれ、すっぽかさなくてよかった。


 約束は「覚えてない」では済まされないからね。

 でもこの人にはきちんと話しておいた方がいいな。


「すみません、僕、最近記憶がおかしくて」


「えっ?」


「ここ10日くらいのこと、覚えてないんですよ」


「えぇぇ!?」


 カノーラさんが目を丸くして驚いている。

 そこまで驚くか、というほどだった。


「じゃあキュノケファルスを倒してくれたのも、覚えてないの?」


「キュノ……なんです?」


 僕はしきりに瞬きをする。

 そんな名前は初耳です。


「一緒に行ったじゃん~……もー」


 カノーラさんがひどく悲しそうな顔をしている。


 聞けば、馬で2時間かけて離れ村に行き、ウェアウルフが化けた『キュノケファルス』という魔物を、僕とカノーラさんで倒してきたらしい。


「かっこよかったのにぃ」


「か、かっこよかった?」


 ……僕が?


「まぁいいんだけどさ。やってくれたことが失くなるわけじゃないし」


 カノーラさんがニコニコしながら、僕の腕を取って組む。


「………」


 僕は目が点になる。


 ……え? なんでしょうね、これ。


「そういうことだから、ウェアウルフならもう狩ったよ。討伐証、持ってない?」


「えっ」


 言われて、僕はアイテムボックスを開いて探した。


「あ、あった……」


『青い爪』というアイテムが見つかる。

 これこそ、『ウェアウルフの討伐証』で間違いない。


「やった……倒してたんだ」


 胸がどうしようもなく高鳴る。

 望まないようにしていたけれど、これで、ユキナに会えるのだ。


「ところでテルルくん、仮面は買った?」


 感動にも似た気持ちに包まれていると、カノーラさんが訊ねてくる。


「仮面? どうしてですか?」


「明日の『祝いの会』、仮面舞踏会だし」


「えぇぇ?」


 か、仮面舞踏会? 

 本で読むような、顔を隠してやるあれですか?


「じゃあ顔は明かせないんですか?」


「勇者様や聖女様、『四紋』の方々は挨拶の関係で外すだろうけど、あたし達は外しちゃだめだと思うよ」


 罰則とかあるわけじゃないけどね、とカノーラさんが付け加える。

 つまり、舞踏会中は自分のことを明かしてはならないというルールで行われるわけだ。


「そうなんですか……」


 変な企画つきの会だなぁ。

 いったい誰が考えたんだろ。


「ま、会って話せるだけでいいじゃん。こちらからは顔を見れるわけだし。会いたかったんでしょ?」


 カノーラさんが僕の顔を見ながら言った。


「そうですね」


 まあ、話だけでも和ませることができればいいな。


「ふーん……」


 カノーラさんが僕をじっと見る。

 なんだろ、今日はやけに……。


 いや、気にしないで話を振ろう。


「今気づきましたけど、カノーラさんも行くんですか?」


「うん。ヒマだし、ユキナさん見てみたくなった」


 これ言うの2回目だけどね、と、カノーラさんが付け足す。


「あ、すみません」


「いいよ。でも明日の18時には遅れないでね」


 テルルくんと二人で行けるように準備しておくから、と言ってくれる。


 そっか。僕と行ってくれるんだ。

『エンゼルスカート』の方はいいのかな。


 カノーラさん、確か、ユースと付き合ってるんだったよな。


「………」


 そっちはいいんですか、と聞こうかと思ったけど、また二度同じことを言わせたりしてもなんなので、やめた。


 でもカノーラさんが居てくれるのは大助かりだ。

 いろいろしっかりしている人だし、こういうのは行くまでの方が絶対大変だからね。


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