第35話 気遣い魔王 帰る準備をする
夕日が山の先に消えて見えなくなり、西の空には茜色だけが残っている。
キュノケファルスを倒してから、今日で一週間が過ぎていた。
「ありがとさん。こんなに買ってくれて……ここのところ売れ残りが当然だったから、ホント助かるよ」
「こちらこそ。どうぞ達者で」
互いに深々と礼をする。
こうして己は本日16件目の店を後にする。
「よし、これで回りたいところは全部回ったな」
アイテムボックスを開き、買い漁った土産類を確認する。
お金の残高が半分ほどまで減ってしまってテルルには申し訳ないが、まあ許してもらおう。
明後日には、早くも例の『祝いの会』が控えている。
そう、あの聖女に接触し、記憶を消し去ることができる日である。
それゆえ、己はひそかにこの世界を立ち去る準備を始めているのだ。
せっかく降りた人間の世界。
美味なものや珍味はやはり、持って帰って配下に味わわせたいのである。
「♪~いつかは~♫」
終わりが近いと思うと、いつもの歌にも力がこもる。
さて宿への帰路の間に、先日のキュノケファルスのドロップについて説明しておこう。
――――――――――――
<先日の収穫>
アダマンタイト 2kg 12個
獣の牙 18本
闇の輝き 8個
キュノケファルスの大棍棒 1個
血眼 3個
¥ 89134
――――――――――――
お婆さんからの討伐成功報酬も合わせているので、取得金額が異様に多く感じられるのは、そのせいである。
アダマンタイトは、人間の世界においては希少な原石である。
『7日間の不和』の際に使われた光の魔法のせいで、その多くが変性し、ただの石となったためである。
カノーラ曰く、価格はおそらく、キロ単位¥50万以上にはなるであろうということだった。
この原石は硬度を持ちながら、粘土のような柔らかさも兼ね備える。
武器を作る際に使う素材のため、売らずにテルルに残しておくことにした。
次の『獣の牙』はどこにでもある素材だが、『闇の輝き』がまた希少アイテムだ。
体幹防具の魔法防御力を上げる効果があり、8個で、魔法の効果を8%低下させることができる。
頼もしい強化といえよう。
カノーラと相談し、『闇の輝き』は全てカノーラにあげた。
これだけあれば、彼女を苦手な魔法から守ってくれよう。
――ホントにもらっていいの?
――全然いいですよ(そもそも魔法無効だし)。
――テルルくん、マジで優しい……ちゅっ。
―― ………。
そのせいか、カノーラは終始ご機嫌で、他のドロップは全て己に譲ってくれた。
というか、受け取ってもらえなかった。
おばあさんの謝礼すら断られたので、分配予定だった¥5万近くは、己の懐にしか行く先がなかった。
さて、さらに好ましいドロップだったのが、キュノケファルスが落としていった大棍棒である。
これに、良質な樫の木の素材が含まれていることがわかったのである。
樫の木には70~80本に一本の割合で【魔力増加効果】の宿るものが混ざると言われている。
その木を素材とし、武器まで落とし込むことで、魔法の発動体として利用することができることが古くから知られている。
当然ながら【魔力増加効果】は一律ではなく、微増から倍増させるような強力なものまで存在する。
0.8倍~1.0倍が通常品、1.0~1.2倍が二流品、1.2倍以上に魔力を増加させると判断されたものが世間で一級品扱いを受ける。
ちなみに、キュノケファルスの大棍棒に含まれていた樫の木の【魔力増加効果】は1.22倍。
というわけで、さっそく例の武器屋に持ち込み、テルルへの礼も兼ねて弓を作ってもらうことにした。
キュノケファルスの大棍棒だけを素材として弓を作ると、『魔術の弓』が出来上がる。
魔法を行使でき、魔力を高める効果もある品だ。
そこに『月の砂』と『茨の蔦』を素材として合成することで、弓の物理攻撃力が8%強化された『エカテリーナの魔弓』というものになる。
加えて、キュノケファルスの『血眼』を素材にすることで、弓を持っている間は視力が強化される『三眼の魔弓』になった。
現状で、売り物としては軽く¥200万を超える代物になっているというが、テルルには体を借りているので、これくらいの贈り物は当然であろう。
加工代は割引してもらっても¥12万だが、『キュノケファルスの大棍棒』の樫が大量に余っており、どの道いらないので「余りは自由に使ってください」と伝えると、店主はそれはもう大喜びだった。
結果、タダで作ってもらえることになった上、売り代金として、¥60万ほどをもらった。
それだけではなく、今後も色々サービスが受けられそうなくらいである。
まさか、あのドでかい棍棒がここにきて福と転じるとは。
さて、ドロップ以外にも経験点もかなり良かった。
己のレベルは一気に22から31に跳ね上がっている。
キュノケファルス自体はそれほど強くないのだが、『古代種討伐』というボーナスがついたために、経験点が大量に流れ込んだのだろう。
カノーラもひとつ上がったらしい。
節目となるレベル30を超えたので、己のスキルが強化されている。
【斬撃4】……攻撃力の200%の威力で敵を斬りつける
対象武器 剣
再使用時間 30秒
【
再使用時間 30秒
相変わらず2つだけ? と思うかもしれない。
実は職業『
ただその条件は個人的にあまり好きではないし、己は固有特殊スキル『〆切』があって十分戦えるため、放置している。
そして忘れてはならぬ、フリアエ。
彼女もレベル30を超えたため、スキル強化が入っている。
〈
爆発を受けた者に『燃焼』効果を付与 5秒ごとに5回、HPを2%ずつ失わせる
射程 20メートル 再詠唱時間 1分
〈
効果時間8分 再使用時間 3分
〈
再使用時間 18秒
〈
〈
射程 60メートル 再詠唱時間 30秒
〈
これで使い勝手がいい魔法になった。
〈
〈
そして待ちかねた新しいスキル、〈
〈
実はこの魔法、レベルが上がると防御も兼ねるようになり、非常に頼もしいスキルになってくれる。
フリアエが魔界にやってきたあの日、単体で降り立った彼女に気づかぬ者はいなかった。
が、この〈
今後が楽しみだ。
続けて、称号も新しいものが手に入った。
【三位一体恐るるに足らず】 ……HP+3%、魔力+3%、精神+3%
称号もアビリティカードのランクによって、装備できる個数が変化する。
というわけで、今の己は3枠、フリアエが6枠ある。
とりあえず魔力上昇がありがたいので、フリアエにつけておこう。
「そろそろ宿に戻るか」
明日は久しぶりに冒険者ギルドに行き、カノーラと会う約束をしている。
己はそこで、彼女に丁重な礼をするつもりだった。
思えば彼女がテルルに積極的に関わってきてくれたからこそ、己の不始末の決着が早まったといえよう。
カノーラが『祝いの会』の存在を教えてくれて、そのためのウェアウルフ討伐の世話までしてくれたのだから。
感謝してもしきれぬ相手である。
魔界に戻った後も、当面は定期的に贈り物を送っておこう。
「さて寝るか」
手に【己彼魔王】としっかり書くと、己はベッドの上にごろり、と転がる。
しかし人間の世界も、案外に悪くなかったな。
もう少し長居してもいいような気分になっているのは、周りに居てくれる人間たちの良心のおかげか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます