第32話 謎の終わり方
テルルは跳び、時には後退し、棍棒の乱撃をひとつひとつ落ち着いて見切って躱す。
さすがに10回以上も棍棒が空を切る音が聞こえると、カノーラも目を開けていられるようになった。
「すごい……」
テルルの腕の中で、カノーラは嘆息を漏らす。
自分ですら気を抜けない攻撃を、テルルは苦もなく躱し続けている。
しかも、自分を抱いたまま。
(……全部嘘なんだわ……レベル22だとか、
棍棒がかすりもしないとか、あり得ないもの。
弾き返すとか、魔法が効かないとか、あり得ないもの。
だってそんなの、カッコ良すぎるもの。
「………」
ちら、とテルルの横顔を盗み見る。
こうするのは、もう何度目か知れない。
(もしかして、魔法タンクもできる人なの……)
カノーラは熱風がやってきた、さっきのあの場面を思い出し、思案し始める。
するとすぐに、テルルの言葉も脳裏をよぎった。
――覚えておけ。
――『守る』とはこういうことだ。
「……もう」
思い出さなくてもいいことを思い出して、頬が勝手に紅潮してくる。
さっきの言葉が、なによりも深く心に刻まれていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「グルォォォ――!」
キュノケファルスの唸り声は、完全に憤慨したものに変わっている。
テルルが棍棒の振り下ろしを避けながら与え続ける負傷は、キュノケファルスの自己治癒を明らかに上回っていた。
それを示すように、キュノケファルスの動きが、だんだん鈍くなってきている。
カノーラは攻撃が治癒を上回っている理由がわからなかったが、それはテルルの攻撃がただの斬撃ではなく、【闇】の斬撃だったからである。
「もう十分だろう」
そう言うと、テルルはキュノケファルスから距離をおき、抱きしめていたカノーラをそっと放す。
「あっ……」
離された途端、カノーラは無意識に、名残惜しげな目でテルルを見ていた。
「どうかしたか」
「……な、なんでもない」
カノーラは頬を染めたまま、取り繕うようにうつむく。
「ここにいろ」
「……う、うん」
現実を無視して湧き上がってしまっていた気持ちに、カノーラは戸惑いを隠せなかった。
「コロス……! 全部コロスゥゥ!!」
キュノケファルスがテルルを睨み、牙を剥き出しにしている。
なお、現在はテルルの繰り返した攻撃でヘイトが蓄積したため、テルルが狙われている。
テルルが剣を下段にし、ゆらりと構える。
それに応じるように、漆黒の刀身が冷たい輝きを放つ。
あたかも、そこに宿る魔物が睨み返すように。
「グルォォォ――!」
「――終わりだ」
剣を握り直し、テルルが踏み込んだ。
一気に大技で仕留めようという気合を感じ、カノーラは固唾を呑んで見守る。
「………」
しかしどうしたことか、テルルが二の足を踏んだ。
テルルはそのまま、顎を胸につけるようにしている。
その時だった。
「ヒィィィ――!」
何もされていないはずのキュノケファルスが、突然悲鳴のような甲高い声を発した。
赤く血走っていたその目が、白くなっていく。
「……えっ?」
カノーラは二度見していた。
あれほどに殺意に満ちていたキュノケファルスが、怯えているように見えるのである。
カノーラの推察は、間違っていなかった。
見る間にも、キュノケファルスはテルルから一歩、二歩と後ずさっていく。
「あれは……」
そこでカノーラが気づく。
テルルの頭上に、四角い板のようなものが現れたことに。
それは額縁に入った、大きな絵のようなものだった。
ゆっくりと回転するそれには、翼を持つ白い乙女のような姿が描かれている。
だがその絵は少し変わっていた。
女はなぜか、その美しさと相反する漆黒の檻のようなものを携え、立っているのである。
その檻は黒い茨でできており、そこだけがやけになまなましく、不気味だった。
キュノケファルスの3つの目は、ゆるやかに回転し続ける絵にくぎ付けになっている。
「ヒィアァァ――!」
やがてキュノケファルスは大棍棒を捨てると、こちらに背を向け、防御もへったくれもない様で逃げ出そうとする。
戦意を喪失しているのが、カノーラにもありありとわかった。
「どうして、急に……?」
そう思った、次の瞬間。
キュノケファルスの姿が、音もなく消えた。
「……えっ……?」
カノーラはしきりにまばたきをした。
本当に消えていた。
跡形もなく。
死を覚悟したほどの戦いは、こうして謎の終わり方を遂げた。
◇◆◇◆◇◆◇
〈キュノケファルスを討伐しました。
〈称号【三位一体恐るるに足らず】を手に入れました〉
周りにドロップが現れ、討伐完了が示される。
「………」
微妙な空気の中、己はやり場をなくした剣をそれとなく下ろす。
最後は魔王必殺の『〆切』でとどめを刺す予定が、空撃ちすらさせてもらえなかった。
そう、フリアエがキュノケファルスを【肖像画】の中に囚えたのである。
「………」
突然の出来事に首を傾げてはいまいかと、ちらと後ろを振り返り、自分の肩越しにカノーラを見る。
が、カノーラは様々なことが衝撃だったらしく、立ったまま見事に放心していた。
「なんか倒したみたいですね」
「………あ」
「よかった。カノーラさん、手伝ってくれてありがとうございました」
己はたいしたことではないように話を進める。
こういう時は先手で話の流れを作るに限る。
「……あ、うん……」
「脚は大丈夫ですか」
カノーラはある時から右脚をかばい出したのを知っていた。
「だ、大丈夫。歩けるし」
返事をするカノーラは、どうしたのか顔が赤い。
ふむ、いろいろあって気持ちが高ぶったせいかもしれぬな。
「なら、こっちで一緒にドロップを分けませんか」
己は【ウェアウルフの討伐証】となる『青い爪』を懐に入れながら言った。
「………」
「カノーラさん?」
「……うん」
再三の呼びかけで、やっとこっちに来てくれる。
ほっ。これで流れはつくった。
さて、相場はわからないが、おおよその価格で2つに分けていくか。
互いに欲しい物があれば交換したりして……。
「……いっぱいあるね」
甘い香りがふわりと香る。
「………」
安心するのは早いことを思い知らされる。
ためらいがちだった割に、カノーラは至近距離に立っていた。
顔を動かしてはならない気がして、目だけで窺う。
視界の端で、カノーラは髪を触りながら己を見つめているのがわかる。
ていうか、いっぱいって言いながらドロップ全然見てなくない?
「……それよりさ、テルルくん」
「ア、ハイ」
なにかを感じ取った己はドロップに視線を戻し、せっせと手を動かして作業に忙しい様を装う。
「さっき、あたしの命令聞かなかったでしょ」
「なんのことでしょう」
目を合わせず、とぼける。
「自分でわかるでしょ」
「………」
己は話す間もないとばかりに、手を速くする。
目を合わせたら、負ける。
「テルルくん」
あ、手、握られた。
作業中なのに。
そのまま、引っ張られるようにして、立たされる。
「『破ったら針千本』って言ったでしょ」
「なんのことかサパーリ……」
「テルルくん」
カノーラが両手を己の首の後ろで組むようにして、自分の方を向かせた。
「ファ?」
「『針千本』と、『代わりの命令』を聞くのと、どっちがいい?」
二択来た。
しかも一つを強引に選ばせるやつ。
「ちなみにだけどね」
「あ、はい」
「あたし処女じゃないけど、色々知ってるから上手よ」
「………」
いや、いつそんなこと訊ねましたか?
ていうか、何がどうなったら、その話に?
「ねぇ、二択どっち?」
顔を傾げながら、己の顔を30cmほどのところから覗き込む。
ピンクがかった髪が、目の前を美しく流れている。
「早く。3,2,1……」
「め、『命令』で」
「いいよ。じゃあさっきみたいに抱きしめて」
カノーラがにっこり笑うと、飛びつくように抱きついてきた。
甘い香りに包まれっぱなし。
「か、カノーラさん?」
「あは。あたし、やばいかも」
カノーラが両腕に力を込める。
……なんでこうなってる??
ドロップ分け、どこいった?
―――――――――――――――
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
こちらで第一部終了となります。
気遣い魔王は、いかがでしたでしょうか。
第一部ヒロインのカノーラは明るくて裏表がなくて、今どきの話し方ですけど、とってもいい子です。
お楽しみいただけましたなら、すごく嬉しいです。
執筆意欲が湧きますので、もしよろしければ★評価、ご感想、レビューなどお待ちしております。
また、いつもご支援を頂戴しておりますサポーターの方々に置かれましては、こちらで感謝の言葉を申し上げたいと思います。
毎月ご支援を賜り、本当にありがとうございます。
お陰様でこのような作品を仕上げることができました。
第二部はただいま準備中にございますが、ここを慌てると良いことがなかったので、今のところ3週間ほどの時間を頂戴する予定です。
すでにプロット完成、執筆開始済みにございます。ヒロインとして聖女リノファ、ユキナが登場する予定ですが、明るく元気なカノーラもしっかり絡みます。
差し支えなければ、ポルカをフォローしていただくと、再開時はわかりやすいかと思います。
それではどうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
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