第30話 人狼との戦い


「な、なに……これ」


 カノーラが唖然としていた。


 驚くのも当然。

 斬り捨てたはずのウェアウルフ3体が、地面にうつ伏せに倒れたまま、モゾモゾと奇怪に動いているのである。


 3つの亡骸が、ゆっくりと地を這い、集まって重なっていく。

 斬り裂かれた破片までもが、意思を持っているかのように。


 そうやって不気味な様で出来上がっていくのは、巨大な人の形。


「………」


 カノーラは、息をするのを忘れていた。


 そうしている間にも、大きな一体の魔物が、カノーラの前に立っていた。


 体長3メートル超。

 鮮やかな血の色に染まった毛を生やし、その顔には、同じく鮮紅色の3つの目。


 どこから得たのか、その手には2メートル超はある巨大棍棒が握られている。


「……な、なんなの、こいつ」


 カノーラが青褪めた表情で、呟く。


 これはウェアウルフの上位種、『キュノケファルス』という魔物である。


 現代種となったウェアウルフは【死後融合】する能力を喪失しているため、『7日間の不和』以前にしか存在しておらず、カノーラは当然初見であった。


 なお、今でもウェアウルフが群れる理由はこれである。

 現代種となり、キュノケファルスとなることができなくなっても、その名残りで常に3体で行動するのである。


「グェッグェッ……」


 魔物がよだれを垂らしながら、カノーラを見下ろす。


「なんでこんな大武器持ってるの……」


 カノーラが無意識に一歩下がる。


 棍棒、大金槌など、重量級の武器と打ち合う方法はなくはない。

 高い武器熟練度があれば、カノーラの持つ片手半剣バスタードソードであっても渡り合うことは理論上は可能である。


 しかし、カノーラの武器熟練度は33。

『エンゼルスカート』の者たちであっても、一番高くて38である。


 これらの数字では、自分と同サイズの棍棒を受け流すのがせいぜいである。

 2メートル超など、とても受けられる気がしない。


「……オォろかァもノめェェ……!」


 キュノケファルスが、喉を絞るような声で唸る。


「こ、こいつ、言葉を……?」


 どろりとした恐怖が、カノーラの頬を撫でる。


 カノーラが言葉を恐れたのは他でもない。

 話すということはつまり、魔法を唱えてくる可能性もあることを意味しているからである。


「くっ……」

 

 全身に鳥肌が立つ。

 魔法は、どうしても嫌だった。


 今回、テルルに単身で同行しようと決めたのは、ウェアウルフが格下であることはもちろんだが、なにより魔法が使えない魔物だったからなのである。


「………」


 体が幼少の頃に受けた虐待を思い出し、小刻みに痙攣し始めていた。


 魔法で動けなくされ、焼かれ、泣き叫んだあの日。

 傷は跡形もなく癒えようとも、あの恐怖と痛みはトラウマとなって残っている。


「……なによ、関係ないわ」


 それでもカノーラとて、歴戦の『エンゼルスカート』のメンバーである。

 戦う前から怖気づいて動けなくなるほど、やわではなかった。


「ウェアウルフが大きくなったところで、雑魚は雑魚よ!」


 カノーラが大きく飛ぶ。


「グルル……」


 キュノケファルスが魔法を唱えるかのごとく大棍棒を構える。


「―――!」


 それを見たとたん、カノーラは自分の体がこわばっていくのを感じた。


 が、カノーラは構わず大技に繋ぐ。

 こちらの技の出の方が絶対に早いと確信したからである。


「――【蒼の花】!」


 再び描かれる連続剣の軌跡。


 カノーラの予想通り、魔法が発揮される前に、剣は幾度もキュノケファルスを捉え、その体を斬り裂いた。


 しかし。


「グェッグェッ……!」


「なっ」


 カノーラがぎょっとする。

 あまたの斬撃が終わった後も、キュノケファルスは平然と立っていた。


 キュノケファルスが強いのではない。

 魔法への恐怖からカノーラは技の発動を急ぎ、無意識に踏み込みが甘くなっていたのである。


 そのため、いつもならこの技で深手を負わせて有利に戦いを進められるはずが、できていなかった。


「うそ、効いてない……?」


 カノーラは動揺してしまっていた。

 自分の落ち度も理解できないほどに。


 カノーラにとって【蒼の花】は、最強の技。

 消費するAPも極端に多い。


 しかも先ほど、【天翔け】まで使ってしまっている。

 残された手立てがなくなっていた。


「……殺スゥゥ……!」


 キュノケファルスが牙をむき出しにしてカノーラを見下ろす。


 そうやってカノーラが驚いている間にも、キュノケファルスの体はみるみる癒えていた。


 自己治癒オートヒールしているのである。


「う、うそ……『自己治癒オートヒール』まで……!?」


 カノーラは絶望に囚われ、息も絶え絶えになっていた。


 自己治癒オートヒールはレベル150を超える『Legend』クラスの魔物が持っていることが多いとされる。

 つまりは、ボスクラスであることを意味している。


「なんで、こんなのが……」


 目の前のことが信じられず、カノーラは立ち尽くしていた。

 なぜウェアウルフが、『Legend』クラスの魔物になる?


「グェッグェッ……!」


 キュノケファルスは三つの赤眼を細め、喉を鳴らすように笑う。


(どうして……)


 頭の中が白くなっていく。


 ウェアウルフなど、カノーラのレベルが低かった頃は、カモにしていたくらい大量に狩ってきた相手である。

 目をつぶってても狩れる相手と内心は馬鹿にしていた。


 なのに。


「なんで、こんな……」


「――死ィィネェェ――!」


 大棍棒が大きく振りかぶられ、カノーラに向けて、振り下ろされる。


 頭が働かなくなっていたカノーラは、ことの重大さがわからない。

 立ち尽くしたまま、それを目で追うだけ。


「きゃっ」


 カノーラは突然、横から抱きかかえられる。

 そのまま、地面を転がった。


 テルルがカノーラを抱き、その一撃を躱したのである。


「……て、テルルくん」


 そこでカノーラは、やっと我に返った。

 自分が命のやり取りをしていた最中であったことも。


「古代種なんですよ、こいつらは」


 テルルはそんなカノーラを背にかばって剣を構えると、静かに呟いた。


「……こ……古代?」


「聞いたことはありませんか」


「あるけど……てか、そんなの、絶滅してるじゃん!」


 カノーラはテルルの背中に声を張り上げた。

 混乱した頭に恐怖がのしかかっていて、すでに発狂しそうだった。


「『キュノケファルス』という魔物でしてね。強そうに見えますが、レベルは100程度です」


 それでもテルルは落ち着いた様子で、カノーラに語りかける。


「……えっ」


 カノーラが、その名の魔物を見上げる。


「……こいつ、あたしより下なの?」


 テルルは頷いた。


「間違いないです」


「で、でも『蒼の花』が」


「ただ踏み込みが甘かっただけですよ。こいつがやせ我慢してるだけです」


「……えっ……」


 カノーラが、はっとする。

 テルルの言葉を聞いただけで、急に魔物の威圧感が消え去った気がした。


 そう。さっきまでの自分は、独り相撲をとっていた。

 相手を勝手に想像して、勝手に圧倒されていたのである。


「……て、テルルくん、どうしてそんなことまで」


「――グルル!」


 キュノケファルスは割り込んできたテルルを無視し、カノーラを狙って大棍棒を振りかぶる。


 テルルは狙われていないことを知り、先手で地を這うように飛ぶ。

 気を引かせるために斬りかかったのである。


「テルルくん、あぶな――!」


 キュノケファルスはテルルの攻撃に気づき、大棍棒でいなそうとしたが、テルルはその根棒を縫うように地を蹴って、キュノケファルスの右脚をばっさりと斬りつけた。


 テルルはそのままカノーラに意識を向けさせまいと、彼女とは反対側に立つ。


「グルル……!」


 鋭く斬り裂かれたその創は、決して浅くない。

 キュノケファルスは与えられた痛みに唸り声を上げ、いったんはテルルを睨んだものの、くるりと踵を返し、やはりカノーラに向きなおる。


 それで確信したテルルは、剣を構えたまま回り込み、再びカノーラの前にやってくる。


「……テルルくん、やるじゃない」


「カノーラさん、カードか何かで自身のヘイトを上げていますね?」


「………」


 テルルの問いかけに、カノーラが黙り込む。


「カノーラさん」


「……だって、敵がテルルくんに向いたら危ないもの」


 カノーラは小声で独り言のように言った。


『ヘイト』とは敵からの憎しみの度合いを表しており、戦闘中に常に変化する。


 これが高い状況では、その敵からの攻撃を受けやすくなる。


 攻撃を受けるたびにヘイト値は下がり、0になると狙われ方は他と変わりなくなるが、躱し続けているとヘイトは下がらないため、ずっと狙われ続けることになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る