第29話 現れた敵



 日をまたぐ頃まではふたりとも起きて外を観察していたが、その後は交代で睡眠を取ろうということになり、先にカノーラを休ませることにした。


 己はそのまま窓の外を眺め、魔物が来るのを待つ。

 まあ己は別に寝なくても数日くらいなんともないので、交代の3時を過ぎてもそのまま寝かせておいた。


 そして、東の空がわずかに明るくなり始めた頃。


(来たか)


 畑の方で【エコーロケーション】に反応があった。

 物音がほとんどなかったが、はっきりと動きが感じ取れる。


 3体いる。


 そちらをじっと睨むように見る。


(……あれは)


 己は目を細めた。


 灰色の毛並みをした、狼の顔をした亜人。

 現れたのは、たしかに3体のウェアウルフである。


 しかし体型が隆々とし、通常のものより大きく、牙の見え方も違う。

 亜種ですらない。


「ほう……古代種ザ・プライムか」


 実に珍しい。

 こんなところに2000年前のウェアウルフが残っていようとは。


 かつて地上では【七日間の不和】と呼ばれる大戦があった。

 当時、戦いを起こしたのは、今は互いに神となって共存している連中である。


 この戦いにより大地や気候は大きく変容し、人間をはじめ、多くの生物がまき添えになって死滅した。


古代種ザ・プライム』とは【七日間の不和】以前から生きていた魔物の種を指し、【七日間の不和】後に繁殖した魔物は神々の抑制魔法を受けているために弱化した形態をとっていることが多く、『現代種』として区別される。


 ウェアウルフ『古代種ザ・プライム』の知能は人間ほどではないものの、高めである。

 魔法も唱える上、少々厄介な能力を持っている。


 あれが畑を襲うだけで人を襲わないとしたら、ただ単に毎年の食糧の作り手を絶やさぬようにしているだけであろう。


 まあよい、さっさと倒してくるか。


「テルル……くん? どうかした?」


 窓をそっと開けようとした時、己の動く気配を感じ取ったのか、カノーラが目を覚ました。

 彼女を寝かせたまま狩ってこようと思ったが、まあ仕方ない。


「カノーラさん、来ました」


 己はカノーラに向き合うと、小声でささやく。


「……ウェアウルフが?」


「はい、3体います」


 目覚めたばかりのカノーラの表情が一気に険しいものに変わる。

 手早く身なりを整え、己の隣に来ると、窓から外を覗き込む。


 ふわり、と、甘い香りが遅れてやってきた。


「ホントだ。でもあたしの知ってるのとちょっと違うな……」


 カノーラが目元に落ちる前髪を耳にかけながら、真剣な表情でウェアウルフを観察している。


「もしかして、亜種かな」


 じっと眺めているカノーラが、ぽつり、とつぶやく。

 さすがのカノーラも、こいつが古代種ザ・プライムだとまではわからないようだ。


 それはそうだろう。

 古代種ザ・プライムがいたのは、己が魔王になる前の話である。


「やめておきますか」


「まさか。亜種だとしてもせいぜいレベル50程度よ。行くわ」


 カノーラは懐から碧色の石を取り出す。

 しかし窓を開けようとした手を止め、己を見た。


「……テルルくん、約束したこと覚えているよね?」


「指示に従うというやつですよね」


「そう。忘れてない?」


「もちろんですよ」


「よろしい」


 カノーラはわずかに微笑むと、次の瞬間、迷いなく窓を一気に開け放ち、碧色の石をウェアウルフたちの元へと投げた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 碧色の石は地面に落ちると、その色の光を放ち、大量の蔦を生やし始める。


『ドライアドの石』と呼ばれる魔法のアイテムであった。

 使用すると作用時間が短いながらも、〈植物の戒めドライアドルーツ〉と同じ効果が発動する。


 蔦は一番近くにいたウェアウルフ一体を見事に絡めとり、移動不可としてみせた。


「よし」


 カノーラは窓から飛び出すと、剣を抜き、捕らえたウェアウルフめがけて勢いよく駆ける。


「やぁぁぁ」


 レベル100超のカノーラである。

 テルルが窓に手をかける間にも、束縛したウェアウルフのもとにたどり着き、水をまとった剣で袈裟に斬り裂いた。


 加速移動+斬撃を果たす【天空騎士】のスキル、【天翔け】である。

 さらに『水属性』は剣を鋭利にし、一段と凶悪なものへと変化させる。


 その力ゆえに、カノーラはたった一瞬で一体を倒しきっていた。


「お見事」


 テルルも窓から外に出る。


「来るの? そこにいてもいいよ」


 ちらとその動きを見たカノーラが、声を掛けた。


「いえいえ」


「じゃあそっちから挟み込んで」


「わかりました」


 テルルは剣を抜き、カノーラに言われた通りに、ウェアウルフを挟み込むように回り込んで立つ。

 これで、ウェアウルフたちはテルルとカノーラ、どちらかに背を向けねばならない構図になる。


「グルル……」


 奇襲されたウェアウルフ二体が、顔を怒りに歪め、唸り声を発している。


 今、連中は後から現れたテルルを無視するように、二体ともカノーラの方を向いている。

 仲間の一体が倒されたため、カノーラに憎しみヘイトが向いているのだ、とテルルは理解する。


 それでもテルルに注意を向けさせる方法がないわけではない。

 カノーラよりもウェアウルフに極端に接近すればよいのである。


「………」


 しかしそうしても、ウェアウルフの意識が自分に向かなかったのを見てとり、テルルは眉をひそめた。


「――やぁぁ――!」


 カノーラが向き合っていたウェアウルフAに剣でつきかかる。

 しかしそれは素早い動作で横にかわされ、カノーラがたたらを踏んだ。


「……え? かわした?」


 カノーラは信じられない。

 レベルが50以上も下の魔物に、自分の剣が躱される理由がわからなかったのである。


 一瞬、呆然としたカノーラがウェアウルフBに横から襲われそうになるが、テルルがBの背中に斬りかからんと近づいたために、Bは何もせずに飛び退いた。


「グルルル……」


 ウェアウルフ2体が横並びで、カノーラに向かって吼えている。


「……亜種だからってこと? 舐められたわ」


 カノーラがピンクがかった銀髪を後ろに払うと、まとめて二体を屠らんと大技にうって出る。


「次はないっ!」


 ウェアウルフたちの頭上で、カノーラの剣が青い霧をまとう。


「――【蒼の花】!」


『蒼の天空騎士』の美しき連続剣。

 剣が蒼い属性光をまとって様々に振るわれると、残った余韻がまるで咲いた花のように見えるのである。


「ギャッ!?」


 ウェアウルフたちはひとたまりもなかった。

 二体とも、その連続剣に体を容赦なく引き裂かれ、大地に倒れ伏す。


「造作もないわ」


 地に舞い降りたカノーラが大きく息を吐くと、剣を拭き、仕舞おうとする。


「カノーラさん、まだ終わってないです」


「……え?」


 テルルの言葉に、カノーラがびくんとする。

 そこでカノーラも気づいた。


「な、なに……これ」


 カノーラが唖然としていた。


 驚くのも当然。

 斬り捨てたはずのウェアウルフ3体が、地面にうつ伏せに倒れたまま、モゾモゾと奇怪に動いていたのである。

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