第28話 二人の語り部


「いろんな足跡があるね」


「はい」


 カノーラと二人で、村を囲む森に足を踏み入れ、探索していた。

 森は陽射しが入らぬほどに鬱蒼と茂っており、足元は比較的柔らかい土が、最近降ったらしい雨水を溜めている。


 そんな地面をよく見て進んでいくと、少し先で獣道が出来上がっているのがわかった。

 そこにある足跡の他、木々についた傷や食べ残しなどを、二人で丁寧に観察していた。


「鹿、ばかりかな……」


 カノーラが腰を折り、前かがみになりながら、足跡を追っている。


「テルルくん、探索アビリティ持ってないよね」


「はい、残念ながら」


 百眼竜や巨人アルゴスなどのアビリティカードを持っていると、強力な探索アビリティが手に入る。

 その他に身近なハイエナなんかでも、ゴールドレアのカードであれば探索アビリティが出るはずである。


「でもカノーラさん、こっちの足跡が似てそうです」


「ほんと? どれ?」


 己が指さした先には、手のひら型の跡が残されていた。

 大きさの割に他より深く沈み込んでおり、二足歩行の可能性がある。


 追跡は難しいが、2,3体いるように見て取れる足跡の塊があった。


「確かに怪しいね」


「はい」


 ここからでは確証まではもてないが、付近に似た人型の魔物がいることは間違いなさそうである。


「いないね……」


「いないですね」


 そのまま付近を3時間ほど探索したものの、ゴブリンにすら遭遇できなかった。

 出遭ったのは大鹿、ジャッカルという獣の魔物、そしてワイルドベアくらいである。


 明らかにあの足跡の魔物ではない。


「うーん……」


 カノーラが懐から取り出した水を口にしながら、辺りを見回している。

 森からわずかに見える外の景色は、赤い夕日に染まっている。


「カノーラさん、夜の方がいいでしょうか」


 ウェアウルフは当然夜行性だが、空腹となれば日中にも現れる。

 できればカノーラが見やすい日中に狩りたかったところだが、そうもいかないようである。


「かもね~。待ち伏せが賢いか」


「確かに」


「暗いのはあまり好きじゃなかったから。でも仕方ない。戻ろうか」


 そう言って、カノーラが来た道を引き返し始めた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 外で野営する準備をしていると、おばあさんがやってきて、家に泊まっていきなさいと一階の小部屋を貸してくれた。

 窓がある部屋で、ちょうど正面に畑も見える。


 窓は開ければすぐに外に飛び出すこともできる。


「ありがとうございます」


「準備したから、ご飯も食べていきなさい」


 おばあさんはそう言って、己らを食堂へと案内する。

 おばあさんはもともとそうするつもりだったらしく、食卓には大きな鍋が置かれ、湯気を上げていた。

 味噌の良い香りがすでに食堂に広がっている。


 カノーラと己は目を合わせ、ここまで用意してもらって断るのも失礼だろうと、食事を頂戴することにした。


「ほら、たんとお食べ」


 おばあさんは大きな器にたっぷりと注ぎ、己の前に置いてくれた。

 牛モツの味噌鍋だ。


「こんなに、いいんですか」


「いいのいいの。なんだか子供を育てていた頃を思い出してね、おばあさん、すっかり気分が良いの」


 一宿一飯の有り余る好意に、己はただ恐縮していた。


 二人でごちそうになりながら、畑荒らしのことをいろいろ訊いたが、やはり目新しい情報はなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「ここにいる間は昼夜問わず使ってくれていいから」


「はい、ありがとうございます」


 湯を借りた後、己とカノーラは借りた部屋に入った。


 恋人同士でもない(むしろ向こうに恋人がいる)のに同室で一夜をともにするというのは、少々人間の常識としては外れるかもしれないが、己はもちろんカノーラも全く気にしなかった。


 現実問題、寒さ雨風をしのげるということが大きかったからである。

 まあ、おばあさんは己等二人を恋人同士と踏んだのかもしれないが。


 いずれにしろ、討伐完了まで何日かかるかわからないので、細かいことは気にせず、疲れはとれるうちに取っておくのが賢明だろう。


「こっち向きで敷いていい?」


 カノーラが部屋の角に置かれていた布団を広げ、敷き始める。


「手伝います」


 二人で二人分の布団を並べる。


「よしOK」


「あ、はい」


 出来上がった二人分の布団がぴったりくっついているんだが、いいのだろうか。

 まあいいか。交代で見張るから、夜に一緒に寝る時間はないも同然だしな。


 昼間は……まあ、明るいから二人で寝てもいいはずだ。たぶん。


「テルルくん、眠い?」


「いえ、全然大丈夫ですよ」


「じゃあもう少し二人で見張ろっか」


 そう言って、己等は室内の明かりを消すと、窓に張り付き、二人で外を警戒する。


 当初は見つけやすいように灯りを近くに灯そうかという話もあったが、今夜は月が明るいので、目が慣れれば十分見えるだろう。


 己は関係ないが。


「月がきれいね」


「はい、ウェアウルフ日和ですね」


「アハハ、ホントだ」


 カノーラがいつものようにクスクスと笑う。


 窓は座ったままでも覗ける高さにあるので、カノーラは右半身を壁につけるようにして窓際に座り、窓枠に右肘を置いて頬杖をついている。


 ミニスカートから伸びる白い脚は足首だけで組まれており、窓とあぐらをかいた己の間にその脚が並んでいる。


「……あのさぁ」


 ふいにカノーラが、窓の外を眺めながらぽつりと言った。


「はい」


「ユースって、変なやつでしょ」


「えーっと」


 いきなり話が変わったので、頭の中を入れ替える。

 ユースとは確か、テルルが冒険者ギルドに行った時に絡まれた男の名だったか。


「少し話した程度でしたから、まだ」


 相手の話の意図が見えないので、差し支えのない返事を返す。


 変な奴には違いなかろう。

 挨拶もなくテルルを罵ったあたり、完全に人を食っていた。


 テルルの力量を読めていない。

 そもそも仮の者ペルソナは弱い職業ではない。


 Aランクとやらであの程度ならば、中身はろくでもなかろう、というのが己の中での評価である。


「前も言ったけど、あんなんでもあたしの彼氏なんだ」


「はい」


 そんな話を聞いた気がする。


「……あたし、昔から魔法が苦手でさ」


 カノーラは胸元に降りたピンクがかった銀髪を指で遊びながら、話を続ける。


「パーティに魔法タンクできる人がいるところを探してて……ちょうどそれが、あいつだったわけ」


「【魔法剣士】ですか」


「そうそう」


 カノーラが右膝だけを立てながら、頷いた。

 白い太ももにのる蒼のミニスカートが、一緒にわずかに持ち上がる。


 魔法に対して抵抗を持つ職業、と言われたら、誰しも最初に【魔法剣士】を挙げるであろう。


 彼らはステータスで魔法防御を司る『精神』の値が異様に高く設定されており、様々な魔法のダメージや効果を半分以下にできるのである。


「知ってる? ユースみたいな【魔法剣士】ってなかなかいないの」


「はい。希少なのは知っています」


 魔法タンクができる職業はいくつか存在するものの、全体数としては極めて少ない部類に入る。

 一番多いとされる【魔法剣士】ですら、1万人の【職業持ち】の中で、一人以下とされている。


 これが人の世界において、剣よりも魔法が優遇される理由になっている。


「あいつ、性格が昔からああでさ。あたしもパーティ組んだ当初は全然好きじゃなかったんだけど……」


 カノーラは月を見上げながら、ポツリ、ポツリと言葉にしていく。


「同じ前衛職やってたら話すことも多くなって……あたしが魔法が苦手な話とかになってさ」


「はい」


「ある時ね、あいつが言ったんだ。『お前のことずっと守ってやる』って」


 嬉しくて、それで付き合うことにしたんだ、とカノーラは微笑んだ。


「頼もしい言葉ですね」


「そうでしょ、やっぱ魔法って怖いもん」


「カノーラさんくらい強くてもですか」


 一応言わねばならない気がしてそう訊くと、カノーラは苦笑いしながら、「うん」と頷いた。


「小さい頃にいろいろあってさ」


 カノーラは己から外へ視線を外すと、そう言葉を濁した。


 言いづらい話なのだと知り、己も「なるほど」とだけ言葉を返した。


 まぁ、たしかに強くなろうと、恐怖は消えはしない。

 魔王だった己とて、なかったわけではなかった。


 一番最近で恐怖を感じた時といえば、1000年以上前になるのだが。


 そう、単身でやってきたフリアエと向き合った時だ。

 恥ずかしながら、魔王なれども膝が震えたのを覚えている。


「ともかくそうやってさ、魔法が来ても大丈夫って言い聞かせて、なんとか前向きに冒険者やってる」


「ユースさんのおかげですね」


 うん、とカノーラさんは照れながら頷いた。


「まあ、一年近く一緒にいてもさ、実際に守ってもらったことなんて一度もないんだけどね」


 カノーラは外を見ながら、けらけらと明るく笑った。


「そうなんですか?」


「ほら、体張って守ってくれたり、横から代わりにやっつけてくれたりとかあるじゃん。ユースはそういうの、一度もないんだ」


 カノーラは少し寂しげな笑い方をした。


「……魔法からも守ってくれないんですか?」


「うん。案外、普通に飛んできて食らってる」


 あれれぇ、と自分で突っ込んで笑うカノーラ。


 その横で、己はふむ、と腕を組む。

 それはちょっと変かもしれぬな。


「……ユースはいつもね、『他の敵を倒すことで間接的にお前を守ってやってるんだ』って言ってくれるんだけどさ……」


 わかるんだけど、それだとやっぱり……と、カノーラが言葉に詰まる。


「違ったらすみません、カノーラさんが強いからそこまでは不要だとかではなくて、ですか?」


「そうかもだけどさ……」


 カノーラは視線を外に移し、言い淀む。

 その後のカノーラはいろいろな場面を思い返しているのか、しばらく無言だった。


 だがやがて、ぽつり、と言う。


「……だから、テルルくんが羨ましかった」


「僕が、ですか?」


「うん。だってユキナさんのために護衛隊になって、命をかけて守りにいくんでしょ」


「あー……」


「いざとなったら、自分の体を盾にして守ってみせるんでしょ?」


「ええ、まぁ……」


 なるほど。

 それであんなふうにテルルを……。


「そんなに大切に想われて、羨ましいよ」


 カノーラはいつかのように、こちらをじっと見た。

 己のことではないので、答え方がわからず、言葉が出てこない。


「……あのさ、あたしの、この『もっと守ってほしい』的な願いって……贅沢すぎるのかな」


 カノーラが不安げに訊ねてくる。

 今までの前置きは、この質問のための話であったことを悟る。


「そんなことはないですよ」


 己は即座に否定した。

 

「ユースも『守ってやる』と約束した以上は、多少芝居がかっていても、一度くらいそういうのがあっていいと思います」


 己が胸を張って答えると、カノーラの表情が、ぱあぁと明るくなる。


「よかった。そうだよね……」


「ただ、そういった場面はこれから来るだけなのかもですから、辛抱強く待ってみてはどうでしょう」


「うん、うん。そうだよね」


 ありがとう、とカノーラは今日一番の笑顔を見せた。

 よっぽど悩んでいたんだな。

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