第27話 気遣い魔王 家を訪ねる


 行き先は王都の近辺にあるテムズ村というところ。

 カノーラが馬を出してくれて、二人で跨ることになった。


 ――落ちないようにちゃんと掴まっててよ。

 ――あ、はい。


 馬の後ろに乗せることはあっても、自分が乗せてもらうことはかつてなかった。


 ――いい? あたしのおへそのところで、しっかりぎゅってしててよ。

 ――はい。


 ――手、上とか下に動かしたらダメだからね! あたし彼氏いるんだから!

 ――はい。


 ――やんっ、ちょっ、ダメ!

 ――はい?


 そんな感じで進むこと、2時間ほど。

 カノーラの背中に張りつく時間は、己の1500年の人生の中でも、不思議な体験となった。


 途中で馬の休憩がてら、草原にぽつんと一本生えた大樹の陰に座り、買ってきた唐揚げ弁当を二人で食べた。


「ごちそうになります」


「ふふ、テルルくんて、ホント礼儀正しいね」


 カノーラは己の隣に女の子座りで座り、お弁当を膝の上で広げている。


「おお、うまい! 添えられたこれ、なんですか」


 さっそく唐揚げを口に運んだ己は、目を瞠る。


「……え? マヨ知らないの?」


 カノーラが不思議そうに首を傾げている。


 ジューシーな唐揚げを、添えられたマヨネーズというものが異様に引き立ててくる。

 なんなんだこれは。


 格別すぎるだろ。


「『マヨ』って普通に売ってますか」


 己は急に真顔になって訊ねる。


「瓶詰めされて売られてるよ。それだけ買うなら、養鶏場のそばにあることが多いかな」


 話によると、冷やしておけば保存もそれなりにできるらしい。


「ありがとうございます」


 決まりだ。

 リリスの土産、これで決まりだ。

 甘辛ラム肉と合わせて持っていこう。


「ふふふ。ずいぶん感動しているところ悪いけれど、今後のこと、ちょっと相談しておいていい?」


 カノーラがお弁当に視線を落としながら言う。


「あ、はい」


 真面目な話のようなので、己はその場で居住まいを正す。


「テルルくんって、パーティでのバトルは初めて?」


「一応、そうですね」


 魔王となって1500年。

 当たり前だが、それからは一人で戦い続けている。


 一応、と言ったのは、フリアエがいるからだ。


「あのね、これは基本中の基本なんだけどさ……」


 カノーラがそう前置きした。

 その表情はさっきまでと違い、硬いものに変わっていた。


「戦いになったら、あたしの指示に従ってね。勝手な行動は厳禁よ」


 カノーラの言い方は、有無を言わせぬものに変わっていた。


「命をかけた戦いでは、正確な判断が生死を分けるの。その判断はあたしがするから」


「自分で考えず、カノーラさんの指示で動けということですね」


 カノーラがそうそう、と深くうなずく。


「もちろん攻撃の指示だけじゃないわ。逃げてと言ったら、どんな状況でも必ず逃げて」


「……どんな状況でも?」


 その言葉が気になって訊ね返す。


「そう、例えばあたしが傷ついて動けなくなっていても、逃げろと言ったら逃げるの」


「いや、それは無理ですよ」


 魔王は義の生き物である。

 一宿一飯以上の恩がある相手を置き去りになどできない。


「命を無駄にしないためには、絶対に必要なことなの」


 一応ウェアウルフだから、まず心配は無いと思うのだけど、とカノーラがつぶやく。


「できません。無理なものは無理です」


 己は首を振り、断固として拒否する。


「約束できないなら、ウェアウルフのところには行けないわ」


「だから約束できると言っています」


「こら」


 頭を優しくコツン、とされる。


「またそうやって口先だけでやり過ごそうとしてる」


 おかしい。なぜやり過ごそうとしたとわかる?


「見た感じ、テルルくんはレベル以上に強いよ。剣の熟練度は20以上あるよね?」


「ええ。まあ」


 さすが、さっきのでそこまでわかってくれていたか。

 もちろん20ではきかないが。


「だからきっと大丈夫だとは思ってる。でもね。戦いはいつも、予想外のことがつきものなの」


「はい」


 カノーラの言葉は、経験に裏付けられた重みがあった。

 そこはもちろん、己も共感できるところではある。


「ほら。ちゃんと約束できるの?」


 カノーラが己をじっと見ている。


「もちろん約束します」


 己は真摯に頷いた。


「じゃあ指切りしよ」


 カノーラが小指を差し出す。


「……指切り?」


 初耳の言葉だった。


「知らないの? 小指出して」


「まさか小指を切る?」


 己は軽く青ざめながら言った。


「バカ」


 カノーラがくすくすと笑い出す。


「違うの。こうやって……」


 そう言ってカノーラは己の手を取ると、小指と自分の小指を絡ませた。


「嘘ついたら針千本飲~ます~。指切った」


 繋いだ小指を揺らしながらそんな歌を歌うと、カノーラが絡んだ小指同士を離した。


「は、針千本?」


「そう。嘘ついたらそうなるからね。くすくす」


 カノーラが長い髪を揺らして、にこっと笑った。

 かわいらしい、人を惹きつける笑顔だった。





 ◇◆◇◆◇◆◇





 テムズ村はテルルが生まれた故郷に似て、周囲を深い森に囲まれた村だった。

 森は黒壇の香りが深いので、その木々を切り出して生計を立てている集落のようだ。


 村に入り、踏み慣らされただけの道を歩いていく。

 家の庭を歩く鶏や犬たちが、興味津々(?)にこちらを見ている。


「ごめんください~」


 案内の紙に書かれていた通りの建物を見つけ、入り口の扉をノックする。

 大きな畑のある家だ。


 広々とした畑には芋のほか、苺、トマトなど、みずみずしい実が成っているのが見えるが、荒らされた場所なのか、一部は何も植えられていないところがあった。


「あらあら」


 ニコニコした、腰の曲がったおばあさんが出てきた。


「こんにちは。冒険者ギルドにご依頼のあったウェアウルフの討伐に来ました」


 カノーラの言葉に、ニコニコおばあさんは、ああそうかい、と頷いた。


「こんな可愛い子がふたりで来てくれたのかい。よう来たねぇ。どうぞお上がり」


 お家に入れてもらい、茶菓子をもらいながら話を聞いた。

 道中、案外に強い陽射しにやられていたので、氷の入った冷水がありがたかった。


 なお、氷は『フロストスライム』というありふれた魔物から得られる素材を水に合わせるだけで簡単に調合することができるため、安価に世に出回っている。


 さて、話によると、数夜に一度の割合で、この村の畑を荒らす魔物が現れているという。

 村人たちの目撃情報はなく、ウェアウルフという確証はないことがわかる。


「ウェアウルフは決まって3体で現れます。窓から見えたことなどはありますか」


「怖くてねぇ。いつも布団をかぶっとるから」


 村人の中で『職業持ち』はいない。

 それゆえ、夜に外に出るという愚を冒さないようにしているとのことだった。


「影だけでもいいです。人ぐらいの大きさだったとか、わかりませんか」


 カノーラは魔物の正体をつかむべく、冷静に質問を進める。


(さすが、といったところか)


 そこを徹底的に洗うカノーラに好感を覚えた。


 畑の荒らし方からウェアウルフに似た手口とは思われるものの、冒険者である以上、違う魔物の疑いも持っておかなければならない。

 このあたりの油断が、命取りとなるからである。


「わかりました。ありがとうございます。これから数日かけて森の方を調べてみますね」


 カノーラが早速立ち上がったのを引き止め、おばあさんが懐をごそごそした。


「これ、手付金ですからお収めくださいまし」


 おばあさんが¥20000を己たちに差し出す。

 しかしカノーラはそれを受け取らず、お返しする。


「3日でわからなければお金は結構ですよ」


「そんな、来て探索してくれてるんだから、前金だけでも受け取っておくれ」


「お役に立ててからにさせてください。そうでなければこんな大事なお金、受け取れません」


 カノーラはきりり、とした表情で言う。

 本当にきちんとしている人だ。


 ……が、それはさておき、この村に3日も留まるということか?

 すぐ終わると思っていた己が甘かったか。


 まあ、まだ時間に余裕はある。

 ウェアウルフを狩って終わっていることを祈っておこう。





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