第25話 気遣い魔王、ギルドに行く
「ウェアウルフはどこにいる」
気遣い系早起き魔王は、冒険者ギルドの受付で前のめりになり、100キロ超えの中年女性にそんな質問を投げかけていた。
「だから言ってるだろ。わたしゃ冒険者じゃないからそういったことはわからないんだよ」
「なら、どこにいけば教えてもらえるのだ?」
「そういうことはね、酒場で呑んでる冒険者たちにおごって教えてもらうんじゃないのかい」
ほう、なるほど。
そうすればよいのか。
「感謝する。では行ってくる」
「今じゃなくて夜だよ夜」
「ほう」
「……あ、テルルくん! 来てくれたの!?」
中年女に背を向け、立ち去ろうとしていた魔王に、別の方向から声がかかった。
「む?」
「おっはよー」
冒険者らしい格好をした若い女だった。
たしか名前はカノーラといい、テルルに『旧国立墓地』という新しい狩り場を教えてくれた女だ。
恩はある。
「おはよう。先日の件は感謝する」
「アハハ、なに固いこと言ってんの」
そこで魔王は話し方に気をつけねば、と気づく。
この身に魔王らしさを出していいことはひとつもないのである。
「てかテルルくん、思い直してくれたんだ?」
「なにがでしょう」
咳払いをし、言い直す。
「一緒に来てくれるんでしょ? 今日、レベル上げに誘ったじゃん」
そこで、あー、と思い出す。
確かこの女が指定した待ち合わせの時間が、今日の朝だった。
「いや、それには行かないですよ」
「え~」
どーして、どーしてよせっかく来たのにぃ、と、カノーラが顔を寄せてくる。
また甘い香りが、魔王の鼻をくすぐった。
(ふむ……)
リリスの香りも素敵だが、この女の香りも悪くないな。
まあ、一番気に入ったのは、あの聖女の……。
「ちょ、ウケる! なんで自分で頬打ってんの?」
「い、いや変なことを思い出してしまい」
ちがう、気に入ったのではない。
一番嫌だった匂いだから、覚えているだけだ。
「てか、フツーそうやって解決する?」
カノーラが楽しそうに笑っている。
「それよりウェアウルフはどこにいますか」
魔王は強引に本題を切り出した。
「……ウェアウルフって、もしかして?」
予想外だったのか、カノーラが鳩豆的な顔になる。
魔王は頷いた。
「聖女が来る『祝いの会』に参加するので、ウェアウルフを狩りたいんです」
真面目に告げたが、カノーラは今度は吹き出すように笑った。
「……テルルくんって、マジかわいいね」
「はぁ?」
見つめられる魔王は、意味がわからない。
「お目当ては『リノファ様』じゃないくせに。わざとそういうふうに言うんだから」
「………」
魔王は閉口していた。
勝手に誤解して、かわいいと言われても。
◇◆◇◆◇◆◇
「……見ろよ、あの
「おいおい……まさかほんとに連れて行くのかよ」
テルル(魔王)とカノーラのやり取りを、ギルドの外から眺めているのはユースら、『エンゼルスカート』の面々である。
「はて。でもカノーラさん、
魔術師の男が顎をさすりながら言う。
「そんなことはなかったと思うけどな」
ユースも同じように顎をさする。
「ユース、このままだとカノーラを取られるぞ」
槍使いの男に冗談めかして言われたユースは、ダハハ、と大声で笑い飛ばした。
「ばーか。カノーラはこの魔法剣士様にぞっこんなんだよ。
「ハハハ! そりゃそうだな」
「……つーかよ、あいつのために、今まで俺がどんだけ痛い思いに耐えてきたと思ってんだよ……」
ユースが急に真顔になり、腕に残っている古傷に目を向ける。
「その傷、関係ないですよね」
魔術師の男がぼそっと言うと、3人は、ぷぷ、と吹き出す。
「ハハハ、そうだった」
「ブハハハハー!」
そうやってひとしきり笑った後も、ふざけ合いは続く。
「こわーい、ユース、助けてぇ~」
槍使いの男がカノーラの声真似をして、腰をくねくねさせ始めたのである。
すると見慣れた光景なのか、魔術師の男も、「助けて助けてぇ~ん」と並んで真似らしきことをした。
「最近、それを放置するのがマイブームなんだよな」
「ダハハハハハハ――!!」
ユースがぴしゃりと言った言葉に、残る二人が大爆笑した。
「つーか、カノーラ来ねぇなら、ちょっと呑んでようぜ」
ユースが緑色の髪をかきあげると、顎で料亭側をさす。
「ユースはいつも、いいこと言う」
「景気づけにいいですね」
カノーラが話し込んで出発が遅れるのを良いことに、彼らは隣の料亭に入り、朝からエール酒を注文するのであった。
◇◆◇◆◇◆◇
「それでテルルくん、ウェアウルフを狩れるくらいにレベルが上がったの?」
「まだ22だけど、倒せます」
「こら」
カノーラは魔王のおでこを、つん、と人差し指で押した。
「なにをする」
おでこを押さえ、つい本気で抗議を始める魔王。
「なんで急に焦り始めたの? もっとレベルを上げてからじゃないとだめじゃん」
カノーラはお姉さんらしく言いながら、腕組みをした。
「気遣いはありがたいですが、心配無用ですよ。で、ウェアウルフはどこにいる」
とってつけた対応なだけに、魔王は言い方がごちゃまぜになっていた。
「危ないからだめだって。見過ごせないわ。3日くらい待ってくれたら、あたしが一緒にいってあげられるかもだけど……」
カノーラが予定を思い出すように、視線を斜め上に向ける。
「ウェアウルフごとき、ひとりで十分ですよ」
「だーめ」
人差し指を立てて、顔を近づけられる。
「テルルくん、レベル22じゃ街のすぐ外だって危ないくらいなの、わかってる?」
「………」
やれやれ、と魔王は心のなかで肩をすくめた。
魔王である証拠は見せたくない。
この人からウェアウルフの場所を聞き出すのは諦めたほうが良いな。
あと一時間話していても教えてもらえなさそうだ。
まあそれでも、心配されて悪い気はしなかった。
人間という生き物は、知り合って間もない相手にここまで気遣いできるのかという驚きもあった。
「ありがとう。じゃあもう少しレベル上げしてからにしますね」
カノーラから背を向け、魔王は立ち去ろうとする。
しかしその手を、後ろからぐいと掴まれた。
「こら。別な人からウェアウルフの場所を聞いて狩りに行くつもりでしょ」
「……そ、そんなことは」
図星過ぎて、反応が遅れた上に、どもる。
そんな魔王を、カノーラは優しい目で見ていた。
「……テルルくん。ユキナさんのこと、本当に好きなんだね」
「ほえ?」
「そんなに一生懸命に好かれて、ユキナさんはとっても幸せだと思うよ……って、えー!? ちょっと!」
そこでカノーラが突然、不満に満ちた声を上げた。
その視線の先には、料亭の方で高笑いし、ジョッキを空け続けるユースたちがいたのである。
「もー。あいつら行く前から……どうしてあーなの……」
カノーラがうんざりしたような声を発していた。
今日はテルルを連れて魔物を狩る予定だった。
低レベルを守りながら戦うだけでなく、自分たちが以前失敗したクエスト攻略も兼ねているのだ。酒など飲んでいいはずがない。
(ちゃんと謝るとか言ってたくせに……)
あの態度では、元からそんな気などなかったのだろう。
あの人、どうしていつもいつも……。
「――もういいや。テルルくん、行こ」
カノーラがテルルの腕を掴んでぐい、と組むと、引張るようにして歩き出した。
「ファ?」
「危ないからあたしが一緒にいったげる」
そうやって魔王とカノーラは二人で冒険者ギルドを出た。
「あれ、カノーラさん、どこかに行くんじゃなかったです?」
「いいの!」
カノーラは立ち止まりがちなテルルを無理やり引っ張るようにして、冒険者ギルドを出た。
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